痛みのコントロールが出来てきたことで、
笑顔になれる時間も、
少しは増えた。
ほっとしたのも束の間、
妻が「旦那さん、お腹のここ触ってくれる?」
と、突然僕の手を誘導した。
触れた感触、
すぐに分かってしまった。
ああ…ここに腫瘍があるんだなぁ…と。
…以前より、
はっきりと分かる大きさ。
よく、ガンを克服する方法を紹介する書籍で、
「ガンである事を受け入れて、ガンであることを忘れるくらい、楽しく生活をする」
とあるけれど、
自分のお腹を触る度に、
こんな恐ろしいものがあったら、
嫌でも毎日思い起こされる。
そんな恐怖と、
毎日妻が戦っていると考えると、
胸が苦しくなる…。
今日は、久しぶりのデートだったけれど、
車椅子に座っていると痛みが増すみたいで、
早めに帰宅した。
最近は、2時間を超えると、
痛みがやってくる。
フェントステープの時間管理もシビア。
昨日はオキノームを飲んでも、
全身が痛いと言うので、どうしてと思ったら、
24時間を過ぎてしまっていた…。
そして、
次に熱がやってくる。
解熱剤のナイキサンを飲んで、
あずきのチカラをチンして身体を温めて、
熱が引いたと同時に、
今度は汗が吹き出して、
また、蒸し暑さとの戦いのループ。
普通の風邪であれば、
夜眠れば、
次の日は少し楽になったりするけれど、
癌は眠っても良くならない。
みんなが持っている眠りにつく、
幸せすら与えてもらえない。
誰だって疲れてくるよ…。
こんな生活…。
妻のダブルストーマ。
脱水症状対策の点滴。
それだけじゃない。
健常者の方であれば、
ダブルストーマになっても、
自分自身のケアや、
気分転換くらいは、
出来るのかもしれないけれど。
妻は元々が障害者だ。
難病指定の脊髄の障害を持っていて、
支えがなければ、
1人で歩くことが出来ない。
今の病気で、
筋力もなくなったので、
部屋の中を歩くのに、
歩行器でも、3分と持たなくなった。
1人では家の外にも出れない。
目の前の歩行器に、
24時間ずっと、管3本で繋がれた毎日。
おとなしくしていても、
結局、激痛と高熱がやって来る。
こんな生活を、
どう楽しめというのだろうか…?
生活が一変してから、
何をするにも、
時間が掛かるようになってしまったけど、
妻が傍にいてくれるのであれば、
僕はどれだけでも頑張れる。
けれど、
あまりに妻がしんどそうだと、
自分がどうあればいいのか、
分からなくなる時がある…。
代替治療だって、
効果があるかどうかじゃない。
支える家族にとっては、
何かをしてあげられているという、
心の救いになる。
何も出来なかったと、
自分を責めないで済むように…。
でも、それが本人を、
苦しめてしまうのであれば、
何も出来ず、見守ることしか出来ない。
縛られてるのは、
ストーマと点滴だけじゃ、ない。
でも、こうしていたい。
それでも、
妻にずっと傍にいて欲しいから。
ある日から、
買い物をしている時に、
どうしても、
見れなくなってしまったコーナーがある。
季節毎に設置されるキッズコーナー。
息子がいなくなった現実を、
突き付けられてしまう。
でも、妻と一緒にいる時だけは、
「〇〇くんに買ってあげたかったねぇ、
一緒に入れるような大きなプール」
そうやって、
息子のことを大切に思ってあげられる…。
けれど、
もし、妻がいなくなってしまったら、
僕は一体、
何処を見ればいいのだろう。
外を出歩くことをやめて、
家にいればいい?
この家だって、
バリアフリーを取り入れれば、
妻の生活も楽になると、
建てたばかりなのに。
病気に仕事を奪われてしまった妻が、
家にいる時、
つまらないだろうから、
イルミネーションを設置してみたり、
昼間、少しで心が落ち着けばと、
木を置いてみたり。
もし、私一人になったら、
私はこの中庭を、
どんな思いで見るのだろうか…。
妻が病気でも何でもない時に、
テレビを見ていて、
「もし、俺が死んだらどうする?」
と、冗談のつもりで言ったら、
「旦那さん、お願いだから私より先に逝かないで…」
と、突然大泣きをさせてしまったことがある。
けれど、僕は、
一生を共にする妻が、
目の前にいる妻で本当に良かったと、
初めて自分の人生に納得ができた気がして、
救われていた。
最近は、
薬の影響で、
妻は眠っている時間が増えた。
いつもみたいに、
2人でテレビを見て過ごす時間は、
減ってしまった。
そんな他愛もない幸せだけで、
よかったのになぁ…。
明日から、また仕事。
1週間があっという間に過ぎていく。
今日も明日も、
妻が一日中穏やかで、
幸せな毎日を過ごせますように…。





