「自分らしく正直に」を信念に、生きて来た人生だ。その意味では、悔いがない人生だ。残りの人生がどのくらいあるのかは分からない。誰にも明日のことはわからない。

 9歳の時に母を亡くした。その悲しみが私の自立心を育てたと言えるかもしれない。学習面では、特に秀でることもない小学生だった。中学で英語を学ぶことになり、横一線でスタートすることがモチベーションになった。英語の勉強を頑張った3年間だった。3年次には、受験のための英語の傾向と対策と政治経済をレポート用紙にまとめた。単なる暗記学習をすることはなかった。学習内容を整理しながら学ぶ主体的な学習方法を身につけたと言ってもいい。人間関係では、群れることを嫌っていた。一匹狼のようなタイプと言えるかもしれない。

 高校時代は、同級生の誰よりも英語の勉強したつもりだ。結果として、英語の成績だけは良かった。ワンポイント主義との言葉はないが、英語の一点において負けたくないとの思いの言葉だ。当時の高校受験は、主要5教科と技能4教科の9教科の合計点の一発勝負の試験だった。志願変更を余儀なくされた。今日の主要5教科であれば、志願変更することはなかった。新設の県立高校に進学することになった。挫折感を味わった苦い記憶が残っている。それをエネルギーに勉強を頑張ることになった。大学受験のための高校生活だった。1期生のために、過去の受験データがゼロだった。「井の中の蛙大海を知らず」との思いを抱き、授業の勉強に対しこのままで大丈夫なのかとの不安感が強くなった。高校2年生の秋から、学校の勉強から離れ、受験参考書中心の勉強を始めた。ここからが大変だった。独学は、授業中心の勉強に比べると3倍の努力を要した。1年半の間、もがき苦しみながらの勉強だった。経済的に、国公立で家から通える大学が唯一の条件だった。浪人の経験がないので、浪人生の心境はわからないが、瀬戸際の不安感は変わらないと思う。

 大学生活は、学会の活動を通じて仏法を学び、人生の師と出会いがあった。自ら生きていくための軸になるものを求めた。そのための学生時代だった。今の時代とは、時代背景が全く違う。学生運動も盛んだった。大学生活のテーマは「どうやって生きていくか」だった。大学生活を通じて、自ら生きる道を模索した。その結論が、教師への道だった。特にそのための勉強をすることはなかったが。教育は、人が人を育てる大事な職業との認識は持った。大学での専攻は、英語・国際関係だった。英語を教えることを選択した。どうやって教えるかの方法論の知識もなく、「暗中模索」のスタートだった。いかに自分らしさを持ち続けるかを自らに課した。権力への忖度をしない。自分に正直でありたいと心に決めた。定時制高校からスタートし、進学校で定年を迎えた。42年間の教員人生は、「試行錯誤」の連続であり、経験を積み重ねて学んだものだ。「経験は最良の教師なり」である。

 他人に左右されるのではなく、自分自身に正直に生きてこそ、人としての輝きがある。自分らしく正直に生きる人生に悔いはない。