【霊視 浄化】 元サッカー日本代表の松田直樹選手が死去 松田選手の伝えるメッセージ
身長が183センチの筋肉隆々の鍛え抜かれた身体を持った松田直樹選手が、練習中に心筋梗塞に倒れ亡くなってしまいました。本当に悲しい事故です。松田選手があるニュース記事のイメージを通じて伝えて来ますメッセージがありますので、私の霊視的なイメージを通じてそのメッセージについて書きたいと思います。
(ニュース記事)
長野県松本市のグラウンドで2日、練習中に急性心筋梗塞(こうそく)で倒れた元サッカー日本代表DFの松田直樹選手(34)は4日午後1時すぎ、入院中の松本市の信州大医学部付属病院で死亡した。2日午前に心肺停止状態で搬送され、一度も意識は回復しなかった。葬儀などの日取りは未定。
松田選手が所属する日本フットボールリーグ(JFL)の松本山雅(まつもとやまが)FC(松本市)によると、松田選手は2日午前10時ごろ、グラウンドで15分間のランニングを終え、脈拍を計測中に突然倒れた。搬送後、集中治療室(ICU)で人工心肺装置をつけて治療を受け、微弱ながら心臓の鼓動が戻ったが、3日夜から徐々に血圧が下がり、4日午後1時6分、心拍が停止した。
会見した百瀬能成・同病院医師によると、松田選手は心臓の左冠動脈が詰まったことで心筋の一部が壊死(えし)し、心停止の一種「心室細動」を誘発したという。今年2月のメディカルチェックでも前兆はなく「極めてまれなケース」と述べた。同FCの加藤善之監督は「今でも立ち上がって仲間のところへ戻ってきてほしいと思う」と語った
(松田選手の経歴)
1996年、アトランタオリンピック、2000年のシドニーオリンピックの代表。
トルシエジャパンのフラット3と呼ばれた3バックでは不動の右サイドバックで、2002年の日韓共催のW杯ではベスト16入りに貢献。ジーコジャパンでは代表入りするが、起用法を巡っての意見が監督とは合わずw杯予選のバーレン戦以降、日本代表へは招集されていない。2006年、横浜Fマリノスのチームキャプテンに就任。
2007年、怪我と当時に監督との確執の問題が噂され、ベンチ入りこそするが出場機会に恵まれなかった時期があった。2008年から仲間の負傷により、守備的MFに抜擢され、最終ラインを守る仲間から「DFの前にDFがいる」と高く評価されていた。(2007年、2008年、「会社が苦しいから」と年棒がカットされても1回目の契約更改でサインし、2008年のホーム最終戦のヒーローインタビューでは「これからも長くマリノスでやって行きたい」とコメントし、Fマリノスに骨を埋める覚悟を表明していた。)
2010年、以前から慢性的な怪我を抱えていた右ひざの手術を行った影響で出遅れたが、後半はほぼ先発として起用された。2010年のシーズン終了後にマリノスで現役を終えたいと16年間(公式戦335試合出場)マリノス一筋で頑張って来た松田選手へマリノス側からの突然の戦力外通告を受け退団となる。
2011年、JFLの松本山雅FCと契約、2011年7月23日のHonda FC戦まで15試合に出場。
Jリーグの第1線のプロとして17年間300試合以上もの試合に出場し、日本代表までなって、しかもW杯で鉄壁のディフェンスをこなし、ベスト16入りに貢献できる実力者。こんな経歴を持つ鉄人のような鍛えぬいた身体を持つ選手が練習中に突然倒れ急死するなんて・・・・(なんと言っていいのか言葉にならない気持ちです。)
亡くなった松田選手に霊視的な焦点を当ててみますと、松田選手はやはり凄く強い意思を持った方のようで、意識がない中でも「みんなに迷惑をかけてはいけない」とファンの方やみんなの心配や応援の気持ちを、しっかり受け止めらて居たようです。
松田選手のイメージに入って行きますと亡くなる前の松田選手のイメージは、松田選手はとてもガッツがあって、ファンや仲間の方々の事を、そしてFマリノスのJの世界での選手として戦う自分の勇姿を諦めない気持ちを持って居たようです。
怪我に泣き、怪我に負われ、本当に苦しい時間が合ったけど、最後までプロサッカー選手としての闘志という気持ちだけはいつも消さないように、日々欠かさずトレーニングに励んで居たようです。
松田選手の伝えます言葉のイメージとして
「カズさんも居るし老いも怪我も自分の気持ちの持ち方、そして気持ちの維持の仕方でどうにでもなる。唯一自分のサッカー生命を蝕むものは、諦めの心と自分を守るための言い訳だけ。心が折れそうになって弱気が生まれそうになった事もあったけど、ファンや仲間の気持ちやプロとしての闘志を持ったプレーが
そんな自分の弱さの部分を大きな力で包んでくれて。
そんな大きなサポーターが居るマリノスが大好きで。サッカーに全身全霊で取り組む事が勇気だった。ファンの方や仲間そして家族、こんな不器用な私を今まで応援してくれてありがとう。感謝しかない。もう一度人生があるとするならば、やっぱり日本のサッカー界で、そしてマリノスで試合が出来たら最高だね。本当にみんなありがとう。」というイメージを伝えて来ます。
松田選手はやはりその人生課題としていろいろな物を背負って居たようです。
しかし、壮絶な最後という私達にとっては大きな課題でも松田選手は自分としての出来る事を、最後の最後まで勇気を持って、全国の方々の応援に答えて居たようです。そして、しっかり自分の背負っていた人生課題をそのまま霊界に自らの力で成仏の世界へと導かれて行かれたようです。
(その人生においてやり遂げる事あ出来なかった事をこだわり続けて居た先祖エネルギーの因縁など、松田選手に関わるエネルギーはすべて浄化されたようです。)
「本当にみんなには感謝しかない。自分の出来る事として勇気を持って前に、そして前に・・・・・・」
最後の最後まで、感謝を込めた温かいイメージを伝えて来ます。
サッカー選手としても、そして人間としても、本当に素晴らしい方だとイメージを通じて私はそう思います。
松田直樹選手、今まで沢山の勇気と感動をありがとうございます。
心よりご冥福をお祈りいたします。
にほんブログ村 にほんブログ村 癒し・ヒーリング