亡き妻が教えてくれたスピリチュアル世界の真実 (その1) その基本となるもの
亡き妻がその生涯を犠牲にしてまで教えてくれました私の妻との霊界通信、そしていろいろな不浄化エネルギーの霊視浄化での絶対に曲げられない基本イメージでもあります、私の超スピリチュアル世界観イメージについて書きたいと思います。
私は北海道の最南端の松前と言う町のある漁村で生まれました。
私の生まれた漁村は人口1000人に満たない村で、漁火で有名なイカ漁を主とする海と山に囲まれた大自然満載の自然の富に恵まれた村でした。
私の家族は祖父母、両親、兄、姉2人の私を入れて8人の大家族で、家族みんなが私にその愛情を存分に注いでくれました。
私の父は漁師をしていましたが、裕福な方ではなかったと思います。
しかし、現実は貧乏でも、海の幸そして山の幸が豊富な環境で食事に困る事もなく、家族の大きな優しさに包まれて、私の心はとても裕福でした。
そんな故郷に家族にも恵まれ育った私は、自分の行動が有限実行こそ自分の存在を証明する物であり、そして、同じ間違いは2度しない努力を日々続ける事を、私の心の財産でもある超プラス思考で貫けば、絶対に悪いことは生涯起こらないと根拠もない確信が私にはありました。
しかしなのです、生い立ちにも恵まれ、そして大自然の恵みを存分に得た超プラス思考の私という曲がらない自負があっても、それまで病気の病の字もなく健康そのものであった最愛の妻が突然癌になるなど、この3次元の課題多き人間界では限界があるのが事実なのです。
最愛の妻が癌になって、私の出来ることとして、名医、代替療法、宗教団体、霊能者、自然療法等々私の納得出来る事として世間で癌に効くと噂される事は、すべてやりました。
しかし、妻の癌は治るどころか、どんどん悪くなるばかりで、身長が162センチあった妻の体重は28キロにまでなっておりました。
当時の私の考えは、どんなにプラス思考を貫いても限界のあるこの世界では期待と言う人生課題が残るばかりで私の考え方、そして生き方の何かが間違っている?のではないかというものでした。
私は妻の身体が全く効果がない抗がん剤の治療でボロボロになって始めて、自分の行動の儚さに自分としての限界を感じてしまいました。
妻も私も北海道の大地に育ち、持ち前のプラス思考さえあれば人生なんて何とかなる、自分たちが困る事なんて絶対に起らないと自負して居た、私の根拠もない居城はもう跡形もなくズタズタになってしまいました。
私は一人寝室にこもり、布団を何枚も重ね、自分の力の無さや自分の存在の儚さに大泣きしてしまった事を、今でも昨日の事のように憶えています。
本当に時間を忘れるほど声を殺し大泣きしました。
でも何故か悔しかったのです。
何が悔しかったのかはその時の私にはその意味が理解出来ませんでしたが、本当に悔しかったのです。
そしてその時に私があまりにも悔しさのあまり直感的に考えたのが、誰に対して発したのか解らない
「絶対に折れてあげない。」という言葉にもならない思いでした。
(その当時の私の考えを霊視的に通訳しますと身体や脳がその限界に心が折れても絶対に私自身の心は折ってはあげないと思ったのです。)
えっ何?どういう意味?と思える自分自身もおりましたが、私はその時ばかりは私の直感を信じ身体は折れ折の弱気でも、私として生まれた人生を信じる心は絶対に折れない事を自分自身に誓ったのです。
その時に私の無意識の中で何かが変化したのです。
それが先祖の写真を枕にして寝れば何かあるという超スピリチュアル世界でもある奇跡への階段の一歩でした。
(人間は身体、脳、魂の3つです。心には3次元界の身体、脳側の心と、魂(4次元界)の心の2つがあると私は
妻との霊界通信を通じてそう考えております。)
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