押し付けられる宗教 | 河童の川流れ 「いい夢見ろよ~ あばよ!」

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T教会が、悩む二世会員に対して、同じく二世で昇格させた任命幹部たちにお悩み対応させるとかいう会見を見た。

何を考えているのか。

視点がズレている。

 

多くの二世が、勝手に入会させられたことや、家族からの指導、活動の押し付けに我慢ならないことは容易に想像がつく。

それをあっち側のMCされている二世幹部が分かったような顔をして寄り添うフリをする。

丸め込むのが目的のバリ活二世が非活二世を指導する。

話が合うはずはない。

 

改善するならそこぢゃないだろう。

成人してから自分の意志で入会を決める仕組みとか、家庭内で信仰・活動を押し付けないとか、信仰が家族に及ぼす影響の制限とか……こんなことが守られるように、直属幹部に対する適切な指導の実施が必要なのに、怖そうな男たちを並べてどうする。

上層にそんな気がサラサラないからこんな小手先の話になる。

 

こっちの会も似たようなもんだ。

ワタシは二世ではないが、環境的にはほぼ同等だった。

ワタシも二世の非活者に随分とアプローチした。

本音を語ってくれる人はあまりいないが、言葉の端々から不平不満の原因は、誰しも大体同じようなことなのが分かる。

 

しかし残念ながら、それらは会の基本的活動だし、一家和楽の名のもとに親がヤイヤイ言うのもデフォだから、ワタシは何の解決策も提示できない。

気が向いたら会合に出てね、今度イベントやるから覗いてよ、と言うのが精一杯。

 

教義という共通の言語が確立していないのだから、一般論の常識で迫って来る相手の納得が得られるはずもない。

丸め込もうなんて気はサラサラなかったが、気が変わってくれたらな、とはいつも思っていた。

 

今思うと愚かなロボットをやっていたと激しく後悔する。

宗教は自分で求めて自分で活用するもの、手放すのも自分だと、つくづく思う。

人に押し付けられたり利用されるためのものぢゃない。

本当にいいものなら、黙っていても拡大していくはずだ。

 

「21世紀になれば相手の方から入れてくれ、

という時代になる」

 

何度聞かされたことか。

そんなやつ知らない。