本日は、地元大笹区(ハチ北)の祭礼。
我が人生初の祝日でない9月23日を迎えました。
近隣の地区でも9月23日に祭りをするところがあったのですが、昨日が秋分の日になったことで、22日に祭礼を変更したところも多かったようです。
調べてみると、直近では、昭和54年に、9月24日に秋分の日を迎えたようですが、23日は、たまたま日曜日で平日ではなかったようです。
今回、日程の変更するという議論は、地区の中ではあまりなかったようで
氏子の総代が
『うちの村はこの日にちでずっとやってきた、今後もそれは変わらない』
と、おっしゃっておられました。
休日でないとなると、サラリーマンなどは休暇をとらなければならないし、こどもたちも祭りに関わっているので、学校を早退するなどの影響も出ます。
そんなこともあり、他の地区では22日に行ったということなのでしょう。
伝統を守るのか、そうでないのか…。
意見はいろいろとわかれようかとは思います。
私自身は、実は日にちにはこだわりがなかったので、どちらでもというところですが…。
ただ、今後、うるう年のたびに、秋分の日はずれるようですから、そのときにまた同様のお話がでることになるのでしょうね。
しかし、それ以前に、地区の中でも最も大きなイベントとでもいうべき(とはいっても人口200人ぐらいの小さな地区ですけど)祭礼を軽んずる風潮がどんどんと出てきていることには、私は大きな危機感を持っています。
五穀豊穣に感謝をするこの祭礼こそが、地区随一の行事であります。地区の祭りは、地区民総出で行い、心一つにしてことをなすことで、コミュニティの結束を固めるというものです。
行事を通じて、先輩から後輩に伝統が引き継がれ、その中で心通わすことで、目にみえない大きな何かが創造されていくわけです。
目にみえない何かがあるからこそ、その地域に暮らすことの意義があるわけで、それらがなくなってくれば、極端な話そこに暮らす意味もなさないということになります。
まして、祭礼は、その地区を治める神と対話するということでもあります。それはすなわちここあるすべてのものに対してリスペクトすることであり、そういう気持ちがあるからこそ、地域にある宝を発掘することにつながります。それは、いまでいうところの地方創生に他なりません。
地区の祭礼を軽んずるものが、地域の本当の価値を見出すことはできないのではないか…
と私はそう思っています。
少なくとも、私自身は、地区に生き続ける限りにおいて、祭礼こそ最上位の行事と位置づけ、関わっていきたいと思います。