建築、土木工事を本業とするわたしの会社なのですが、いつも思うことがあります。
それは、建築、土木の工事をしたその先がどうなっていくのか?
私が、観光業に携わる理由がそこにあるわけなのですが…。。
いま、但馬においては、高規格道路の延伸がすすんでいます。
八鹿氷ノ山インターから、日高にかけて、急ピッチで工事がすすんでいますし、浜坂余部間の道路も同様です。
ミッシングリンクの解消(高速道路網が切れている場所を解消していく:西日本を横断する道路網としては、中国道、山陽道がありますが、南海地震がおきると、そこが寸断され、東西の物流網が混乱するということで、北側である但馬の高速道路網の解消が急務とされています)にむけて工事が行われており、私の企業も少なからぬ恩恵を受けております。
インフラの整備によって、土建業がうるおい、それが地域にも波及することは、過去の高度成長時代がそうでありましたし、また現在のアジアの国々もそうであるように、国家の繁栄にそれは欠かすことのできない要素となっています。
そこで重要なことは、その先をどう地域は考えていくのかということ。
特に香美町のように、京阪神から遠く離れた地域は、アクセスがよくなることは都会からの流入者を増やす『要因』になるわけですから、それは好ましいことに違いありません。
しかし、私たち地域の人でその先を考えている人は、案外に少ないし、ましてアクションをおこしている人はもっと少ないと思います。
さきほど、都会からの流入者を増やす『要因』といいました。つまりは、アクセスがよくなったから人が増えるわけではないということです。
インフラ整備と同時にすすめなくてはいけないことは、そこに訪れるだけの地域の魅力、もっといえば訪れるための仕掛けをつくっていかなくてはいけないということです。
本当は、もっとこの部分に力注がないといけません。
実は地域の『景観』は過去も今もそれほどは変わっていません。
例えば、山陰海岸ジオパーク。
山陰海岸ジオパークになるなってから、玄武洞や、カエル岩の形や色が変わったという話は聞いたことがありません。
人工物については、そうではありませんが、実は、自然景観は、もちろんすべてとはいいませんが、おおむねのものが形は変わっていないのです。
むしろ、そこにまつわる人の意識が変わったというべきでしょう。
例えば、猿尾滝、これも、おそらく何百年も、何千年も前から姿形が変わったわけではないでしょう。
ですが、過去に比して、来場者は増えています。
看板やトイレなどの環境整備を整えてきたという変化はありますが、それ以上に大きいのは、それを語れる語り部が増えて、魅力的に伝える努力をしているからです。
インフラ整備は、最終目的ではありません。それは手段ということ。そのことをもっと意識したまちづくりをしなくてはいけません。
観光に力を入れること、それはそこで生活する人の、意識を変え、自分たちの町に誇りを持つこと。
そして、実践すること。
このことに他なりません。
高規格道路はできて、ミッシングリンクが解消されたけど、人は目の前を素通りするだけになってしまった…
これでは、本当の意味での地域活性化にはなりません。
だから、これまで以上にソフト開発や、人財開発にエネルギーを注ぐ必要があると私は思いますが、みなさんはいかがお考えですか?