世の中は常にこのふたつから成り立っていますが、この便利は1年ぐらいたつとあっとゆうまに、不便に代わってしまいます。
ネット環境がそうでしょう。
当初ネットをやりはじめたころ
「なんちゅー便利なもんが登場したんだろうー」とIT革命に感動したものです。
しかし、いまやネットにつながることは、当たりまえになり、単にネットに接続できる環境では、ものたりなくなり、さくさくとネットができるようにならないと不便な時代になってしまいました。
また、いまやスマートフォンがネットの主役になりつつあるいま、デスクで有線でつながるネットではもう不便になり、いつでもどこでもネットにつながるのが便利に代わってしまいました。
テクノロジーの進歩、生活様式がどんどん変化していくことで、「便利さ」はあっという間に「不便さ」に置き換えられてしまう時代になってしまいました。
しかし、いつの世の時代であっても、人間が生きることの本質、食べること、寝ること、排泄すること、みたいなものは便利不便とはあまり関係がないので、IHヒーターとかそういう調理器具の変化みたいなことはあっても、本質的なところはそうそう変わりません。
こうやって便利に置き換わっていくものを否定するのはまったくのナンセンスでしょうが、その本質的な部分を見失うことなく、たとえネットがなくてもご飯が食べられる状況をつくれることもこういう時代だからこそ、身につけておく必要があるのではと思います。
ネットでめしを食えても、そこに本当の食事が乗っかっているわけではないし、火をおこし調理しなくては、材料そのものもまた食べることもできませんからね。