よくまちづくりでキーになる人は、このみっつが必要だといわれている。
昨年から、O氏という方にしりあいになった。
その人は、もともと都会に住んでいたが、有機農業がやりたくて、この村岡にわざわざ越してきた人だ。
村岡も百姓のまちだから、まわりは百姓だらけなのだが、ご年配の人たちは、慣行農法に固執していて、そういう有機農法を敬遠しているという。
でもそのO氏は安心安全な有機農法をやっていこうと日々思考錯誤している。
私はこのまちが好きだ。でも、自分が生まれ育ったという事実を消し去ることはできないので、ある意味呪縛のようにそう唱えて自分に暗示をかけているかもしれない。
しかしO氏は数ある選択肢の中からこの村岡を選んでわざわざここにきたのだ。
だから、まったく私たちとそこに対する思いのスタンスが違うわけだ。
こういう人たちにこそ私たちは学ばなくていけないと思う。
不平、不満をいっても一時的な、自分へのなぐさめにはなるのかもわからないが、それで自分の生活が豊かになるわけではない。
それよりも、O氏のように、この町のポテンシャルに自分の人生の可能性をぶつけていくことこそが必要だと思う。
O氏が町を変革するよそものであることを期待したい。