(144)寒紅の生彩

 

 

凍てつくような寒さの中、紅一点の花を見つけました。寒風に向って凛と咲いている寒椿です。

 

 

寒椿 大和石光寺にて

 

 

 

   寒椿 力を入れて 赤を咲く

       正岡子規

 

こどもの頃から赤い色に生きる力を感じていた子規が、寒椿の赤い花から発せられる力強い生命力に感動して詠んだ句と云われています。

 

『椿』という漢字は木へんに春です。

冬のイメージが強い花ですが、春を待つ季節に鮮やかな花を咲かせ、いち早く春の訪れを感じさせてくれることから、この漢字が付けられたようです。

 

寒椿は冬の間も枯れることなく緑色の葉を保ち、まだまだ寒いうちから赤い花を咲かせますが、この赤い色には椿の強い生命力が秘められています。

 

 

寒椿 大和長谷寺にて

 

 

椿は、メジロやヒヨドリなどが花粉を運ぶ鳥媒花です。椿は鳥を呼び寄せて花粉を運ばせるため、冬の季節に多くの蜜を用意して、目立つ赤い色をつけて待っています。

暖かい季節に花を咲かせても、鳥たちは虫を取るのに忙しくて、とても花の蜜など吸いには来てくれません。そのため椿は虫の少ない時期に赤い花を咲かせます。

 

椿が他に先駆けて寒い時期に赤い花を咲かせるのは、種を存続させるための工夫を重ねた生存戦略そのものだったのです。

 

 

正岡子規が感じ取った強い生命力を持つ椿は、古来の人々から「春を呼ぶ」「新しい年を寿ぐ」神聖な花として扱われてきました。

 

  巨勢山(こせやま)の つらつら椿 つらつらに 

    見つつ偲(しの)はな 巨勢の春野を

          坂門人足 

         万葉集(巻一 54)

 

(意訳)

巨勢山に連なった椿の木々、そして点々と連なって咲く椿の花、よくよく見て偲びましょう、春を迎えた巨勢の野を

(注)

・巨勢山(こせやま)は、奈良県御所市古瀬にある山(標高300mほど)
・つらつら椿(列々椿)は、数多く並んでいる椿の花
・つらつらに(熟々に)は、念を入れてみる様子

 

大宝元年(西暦701年)秋、持統上皇の紀伊行幸の際、巨勢の地で、坂門人足(さかとのひとたり)が『巨勢山のたくさんの椿たちよ』と、春に咲く椿の美しさを思い起こして褒め称えた歌です。

万葉時代から生命力の象徴とされる椿に、天皇の治世を重ね、巨勢の椿を誉めあげて、旅の無事を祈っています。

 

『つらつら つばき つらつらに』という言い回しがとてもリズミカルで坂門人足の笑顔まで思い浮かんできます。

 

 

椿(菊冬至) 大阪長居植物園にて

 

 

 

紫式部の『源氏物語』には、椿にまつわる物語が「若菜・上」の帖に出てきます。

 

(簡単なあらすじ)

三月末の、空もうららかに晴れた日。蹴鞠が始まります。白熱する蹴り技に夕霧と柏木も誘われ輪の中に入ります。夕映えの桜の花影に出で立つ彼らの姿はたいそう優美でした。なかでも柏木の足さばきと、艶やかで激しいその動きは比類なき美しさです。

光源氏も蛍宮(ほたるのみや)も、隅の高欄まで出てきて競技を鑑賞するのでした。蹴鞠の回を重ねるごとに、夕霧たちは身分も忘れて、冠まで乱して熱中していきます。

 

蹴鞠 (京阪電車の画像をお借りしました)

 

(~中略~)

 

蹴鞠が終わったあと、光源氏は皆を呼び集めて宴を始めました。

この当時、椿餅は蹴鞠の時に食べるもので、他に梨、柑子のような物が出されました。若い貴公子たちは、はしゃぎながら食べていますが、恋煩いの柏木だけは椿餅を食べませんでした。

(若菜・上あらすじより)

 

古来、餅は神聖な物で、椿もまた破邪の木とされました。蹴鞠の毬は鹿革で作られています。仏教で獣の皮は不浄な物なので、椿餅を蹴鞠の時に食べる風習には、その汚れを払い厄難を退ける意味がありました。

源氏物語では、柏木が椿餅を食べなかった事で、その後の不幸を暗喩する伏線として描かれています。

 

 

寒椿 近江多賀大社にて

 

 

人々は寒中でも凛と咲く椿の姿に想いを馳せるようです。

 

 

直木賞作家・葉室麟氏の小説を映画化した『散り椿』という時代劇があります。朴訥で不器用だが、清廉に生きようとする侍たちの凛とした生きざま、そして愛する女性のために命を懸けて闘う切なくも美しい愛の物語をテーマにした作品で、まさに「椿」の凛とした姿にふさわしい内容です。

 

 

「散り椿」より(主演:岡田准一)  東宝アーカイブよりお借りしました

(注)「散り椿」は2018年の第42回モントリオール世界映画祭で最高賞に次ぐ審査員特別グランプリを受賞

 

 

 

椿は地中深くに根を張るため、ゆっくり時間をかけて力強く育ちます。東日本大震災の津波をかぶっても多くが生き残り、美しい花を咲かせました。厳しい中でも気高く凛と咲く、、、古来から大切にされてきた椿です。まさに寒椿の生彩ここにありです。

 

冬枯れの枝にとまるジョウビタキ