大阪フィルハーモニー交響楽団 第555回定期 尾高忠明 ブルックナー 交響曲第5番 | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

大阪フィルハーモニー交響楽団

第555回定期演奏会

 

【日時】

2022年2月10日(木) 開演 19:00

 

【会場】

フェスティバルホール (大阪)

 

【演奏】

指揮:尾高忠明

管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団

(コンサートマスター:崔文洙)

 

【プログラム】

ブルックナー:交響曲 第5番 変ロ長調

 

 

 

 

 

大フィルの定期演奏会を聴きに行った。

指揮は、音楽監督の尾高忠明が担当。

プログラムはブルックナーの交響曲第5番、一本勝負である。

楽器編成はフルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン5、トランペット4、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、弦は16型。

 

 

ブルックナーの演奏は、大まかに分けて「フルトヴェングラー」タイプ、「クレンペラー」タイプ、「クナッパーツブッシュ」タイプ、「シューリヒト」タイプの4つがあるのではないかと私は勝手に考えている(その記事はこちら)。

今回の尾高忠明&大フィルの演奏は、このうち「フルトヴェングラー」タイプに近いように感じた。

といってもフルトヴェングラーのあの激しいテンポ変化はなく、淡々とした速めのインテンポなのだが、音楽がドラマ性を帯びていて、クライマックスという“ゴール”に向けて走り抜けるという点では共通している。

 

 

具体的には、例えば弱音部は小さく軽やかに、強音部は大きく情熱的に、と音量や熱量の差をしっかりとつけて、音楽が今“ゴール”までのどの地点にいて、どう進んでいるのかを分かりやすくしている。

弱音部でもしっかりと鳴らしてハーモニーを強調するとか、強音部でも音を和らげてまろやかさを出すとか、そういうことはしない。

だからなのか、弱音部の存在感はやや薄く、例えば井上道義が同じ大フィルを振った同曲演奏で感じたヴァイオリンの“色気”のようなものは(その記事はこちら)、今回は感じなかった。

しかし、そのぶん強音部には迫力があり、終楽章の第3主題やコーダは今回の尾高忠明のほうが立派だったように思う。

総合的には互角といったところか。

 

 

ただ、“ゴール”を目指しての闘争や熱狂といった人間ドラマは、この曲にはあまり合わないような気が個人的にはしている。

この曲の録音では、私は

 

●クレンペラー指揮 ニュー・フィルハーモニア管 1967年3月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

 

の、熱狂的な人間ドラマを排し純音楽的な様式で冷厳に構築された、大伽藍もしくは大自然を仰ぎ見るような名演がとにかく好きで、他をなかなか受け付けないでいる。

特に、終楽章コーダの大きなスケール、どれだけ金管が咆哮しても決して耳をつんざくことなく、どこを切っても音と音との響きが美しく調和した、宇宙の壮大なる惑星運動のごとき演奏を聴くと、あまりの感動に「こういうものが生で聴けたなら」とつい欲が出てしまうのだった。

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 


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