びわ湖ホール名曲コンサート 華麗なるオーケストラの世界 vol.2
~生誕250年~オール・ベートーヴェン・プログラム
【日時】
2020年2月2日(日) 開演 15:00 (開場 14:15)
【会場】
びわ湖ホール 大ホール (滋賀)
【演奏】
指揮:阪哲朗
ピアノ:石井楓子 *
管弦楽:日本センチュリー交響楽団
(コンサートマスター:松浦奈々)
【プログラム】
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 op.73 「皇帝」 *
ベートーヴェン:交響曲 第7番 イ長調 op.92
※アンコール(ソリスト) *
ベートーヴェン:バガテル 変ホ長調 op.126-6
日本センチュリー交響楽団のオール・ベートーヴェン・プログラムのコンサートを聴きに行った。
というのも、下記のリブログ元の記事に書いていた好きなピアニスト、石井楓子がソリストとして出演するからである。
また、ブザンソン国際指揮者コンクールでの優勝歴があり、現在は山形交響楽団の常任指揮者を務める阪哲朗の指揮におそらく初めて接する貴重な機会でもある。
ブロ友さんにもご一緒いただき、1年半ぶりにお会いして音楽のあれこれをお話しできたのも嬉しかった。
最初の曲は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。
この曲で私の好きな録音は、
●ポリーニ(Pf) ベーム指揮 ウィーン・フィル 1978年5月セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●ツィメルマン(Pf) バーンスタイン指揮 ウィーン・フィル 1989年9月ウィーンライヴ盤(NML/Apple Music/CD)
●チョ・ソンジン(Pf) 大友直人指揮 東響 2009年11月浜コンライヴ盤(CD)
●アンスネス(Pf、指揮) マーラー・チェンバー・オーケストラ 2014年5月20、21日プラハライヴ盤(Apple Music/CD)
あたりである。
つまりは、正統派ピアニストによる整然とした力強い演奏が好きである。
ただ、これらの演奏は完全無欠でグローバルスタンダードな分、ある意味で無国籍風ともいえる。
もっとローカルな、つまりドイツ的な味を持つ名演も、本当は聴きたい。
ドイツの往年の巨匠たちによる録音もあり、それらも良いのだが、音質はどうしても古いし、また大時代的な表現がところどころ気になる。
一方、ドイツの現役のピアニストはみな「今風」で、どっしりとしたドイツ的な演奏をする人はいなくなってきている。
そこで、我らが日本のピアニストである。
たまたま前回のブログ記事で「モーツァルトらしいピアノ演奏」をする日本人ピアニスト3人を挙げたけれど(その記事はこちら)、そこにも書いたように、日本には多種多様なタイプのピアニストがいる。
「ドイツ的なベートーヴェン演奏」をするピアニストもちゃんといて、例によって3人挙げるとすると、松本和将、佐藤卓史、そして石井楓子。
彼らは独墺風の音楽性を持ち、なおかつ互いに全く異なる個性を持っていて、たとえるならばそれぞれバックハウス、グルダ、ケンプに相当すると私は考えているのだが、長くなったのでここで詳しくは触れない。
今回の、石井楓子の演奏。
実に素晴らしい「皇帝」だった。
彼女の演奏は何ともエモーショナルで、あらゆる音、あらゆるフレーズがしっとりとした歌に満ちている。
第1楽章冒頭の広大なアルペッジョ、これは上記の正統派ピアニストたちの録音で聴くと、大変華麗だけれどもいくぶん無機的な印象を受けるのに対し、石井楓子が弾くともっと人間味あふれるというか、アルペッジョでさえ「心の歌」なのである。
その後も、クライマックスであっても決して力任せになることなく、常に充実した美しい音であり続ける(その分、がつんとくるような最強音はあまり聴かれないけれど)。
第2楽章では、彼女の「心の歌」が心ゆくまで美しく歌い込まれる。
こう書くと、ショパンのノクターンのような演奏が想像されるかもしれないが、そうではない。
夢見るようなショパンのロマンではなく、かっちりとした構成感を保ちながらの、より厳格で内省的なドイツのロマンである。
これぞベートーヴェン、と言いたくなる。
終楽章も堂々たるもので、全く動じるところがなく、巨匠の風格さえ感じられる。
それでいて、巨匠にありがちな大時代的な崩しやごまかしがなく、現代的に洗練されている。
こんな演奏、今やドイツに行こうともなかなか聴かれまい。
なお、阪哲朗&センチュリー響もすっきりと引き締まっており、石井楓子のピアノとの音量的なバランスも最適で、大変良かった。
ソリストのアンコールは、ベートーヴェンの最後のバガテル。
ベートーヴェンコンクールでも弾いた、彼女の得意曲である(その記事はこちら)。
そのときの演奏はネット配信されており、現時点で私の最も好きなこの曲の録音である(動画はこちら)。
今回生で聴くと、さらに素晴らしかった。
ベートーヴェン晩年の味わいがさらりと自然に、かつ豊かに表現されていく。
オール・ベートーヴェン・プログラムということで、アンコールまでベートーヴェンに揃えてあるのも、何とも乙である。
休憩をはさんで、最後の曲はベートーヴェンの交響曲第7番。
この曲で私の好きな録音は、
●トスカニーニ指揮 ニューヨーク・フィル 1936年4月9、10日セッション盤(CD)
●フルトヴェングラー指揮 ウィーン・フィル 1950年1月18、19日セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●C.クライバー指揮 バイエルン国立管 1982年5月3日ミュンヘンライヴ盤(NML/CD)
●カラヤン指揮 ベルリン・フィル 1983年12月1-3、5日セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●西本智実指揮 ロイヤル・フィル 2009年9月22日東京ライヴ盤(CD)
あたりである。
つまりは、熱狂の中にもずっしりとした重み、凄みのある演奏が好み。
とはいえ、よりすっきりと洗練されたアバド指揮ベルリン・フィル2001年ローマライヴ盤、P.ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィル2009年ボンライヴ盤、ナガノ指揮モントリオール響2013年モントリオールライヴ盤なども好きである。
今回の阪哲朗&センチュリー響の演奏は、これらと同様のすっきりとした爽快な演奏だった。
全体的に速めのテンポで(特に第2楽章がかなり軽快)、泥臭いところは全くなく、サクサクと進んでいく。
第1楽章展開部で第2ヴァイオリンの音型を強調する、といった工夫するポイントもきちんと押さえている。
音楽の流れがさらさらと滞りない分、繰り返しの多い第3楽章あたりまで来るとやや飽きかけたが、それでも終楽章の最後はなかなかに盛り上げ、熱狂を感じさせてくれた。
センチュリー響の質の高さも相まって、まとまりのいい演奏となっていたように思う。
(画像はこちらのページよりお借りしました)
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