ドイツのボンで、2017年ボン・テレコム・ベートーヴェン国際ピアノコンクールが開催された(公式サイトはこちら)。
もうファイナルまで終了しており、結果については下記を参照されたい。
今大会には、私の好きなピアニストの石井楓子が出場していたが、一次予選で落ちてしまったようである。
残念…。
彼女が演奏した曲は、以下の通り。
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第20番 イ短調 BWV865
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 op.109
ベートーヴェン:6つのバガテル op.126
演奏をネット配信で聴いてみたが(こちら)、少し瑕はあるものの、やっぱり素晴らしい演奏である。
特に、ベートーヴェンのソナタとバガテル。
ソナタのほうは、彼女の他の演奏動画も以前からアップされている。
この曲は、後期のベートーヴェン特有の幻想にあふれた珠玉のソナタである。
第1楽章がまるで幻想曲のようなのは、「月光」ソナタにもすでにみられた特徴だけれど、この第30番ではよりいっそう自由になっている。
和声が半小節ごとに移ろい、なんとも色彩的だし、テンポを変える指示も頻繁にあって、かっちりした他の大きなソナタや交響曲などとはまた違った繊細な味わいがある。
きっと、「第九」とか「熱情」だけでなく、この第30番のような曲も、のちのロマン派の作曲家たちに影響を与えたのではないだろうか?
そんな曲だから、演奏もその特徴を活かすようなものを期待したい。
くるくると移ろう美しい和声進行、これを表現するために、ベートーヴェンは半小節ごとに右手の音を保持させている(左手は保持なし)。
この右手の保持音と左手の非保持音を、どのようなバランスで配分して鳴らすのか。
また、速い部分と遅い部分とが交互に出てくるけれど、これらを対比させながらも唐突になりすぎないように、どのようにしてテンポを微調整し、滑らかに移行させるのか。
そして、展開部でどのように盛り上げ、そしてクライマックスの頂点となる再現部へどのように持っていくのか。
こうした諸問題において、石井楓子が呈示する解決策は、私にとっては理想形に近い。
彼女の醸し出す和声感、テンポの揺らぎ、頂点への持って行き方と収め方、これらはまさに「幻想」をこの曲にもたらしている。
それでいて、決して甘美なロマン派のそれではなく、ベートーヴェンらしい凛としたところを失っていない。
彼女を往年のピアニストにたとえるならば、ルービンシュタインやホロヴィッツではなく、ヴィルヘルム・ケンプだろう。
ただ、彼女のようなピアニストは、コンクールでは評価されにくいのではないかと私は危惧している。
ちょうど、ヴィルヘルム・ケンプが現代のコンクールでは評価されないであろうのと同様に。
より速く、より正確に弾くタイプのピアニスト(これはこれですごいことだが)と違って、彼女の幻想的な味わい、絶妙な様式感は、点数になりにくいということがありはしないか。
優れたベートーヴェン弾きを探しているはずのベートーヴェンコンクールが今回彼女を一次予選で落としてしまったのが、もしそういうことであるならば、私はこれを「コンクールの限界」と呼びたい。
これは、ショパンコンクールがティファニー・プーンを一次予選で落としたのと、もしかしたら似ているかもしれない。
不正問題などを除いて基本的にはコンクール自体を肯定的に評価している私だが、このあたりのことについては頭を悩ませずにいられない(部外者が悩んでも仕方ないけれど)。
ともあれ、各コンクールとの相性というのは、多かれ少なかれ誰しもあると思われる。
彼女も、また色々なコンクールに挑戦すれば、どこかで高く評価されないとも限らない。
また、今回彼女の弾くバガテルを初めて聴いたけれど、ソナタと同じく大変味わい深い名演であり、彼女がこのようにコンクールに挑戦してくれてその演奏が聴けるのは、ファンとしては嬉しいところである。
これからもぜひ応援したい。
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