アンジェラ・ヒューイット
ピアノ・リサイタル
バッハ・オデッセイ6
【日時】
2018年5月24日(木) 開演 19:00 (開場 18:30)
【会場】
紀尾井ホール (東京)
【演奏】
ピアノ:アンジェラ・ヒューイット
【プログラム】
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 (アリアと30の変奏曲) ト長調 BWV988
アンジェラ・ヒューイットのピアノ・リサイタルを聴きに行った。
曲は、「ゴルトベルク変奏曲」一曲。
ヒューイットの生演奏を聴くのはこれが初めて。
ピアノによるゴルトベルク変奏曲の録音で、私の好きなものは
●シフ(Pf) 1982年12月セッション盤(NML/Apple Music/CD)
あたりである。
もちろん、シフ2001年盤、それからあまりにも有名なグールド1955年盤、1981年盤、その他のライヴ盤もそれぞれ良い。
また、ヒューイットの弾くゴルトベルク変奏曲の録音も新旧2種類あって、それらもなかなかの名盤となっている。
今回のヒューイットの演奏は、基本的には上記新旧録音と同じアプローチだった。
旧録音から20年近く経っているが、解釈が不変で、テクニック面もかなり保持されているのがすごい(技巧面での不足をあまり感じなかった)。
シフの演奏が隅々まで計算しつくされ、驚異的なまでの精緻さでコントロールされているのに対し、ヒューイットのほうはもう少し自由度が高い。
シフのような「計算された崩し」はなく、結構かっちりしたストレートな演奏なのだが、その中でもときにテンポを一瞬タメたり、ある声部のワンフレーズを強調したりといった工夫が、計算ずくというよりは直観的な趣を伴って聴かれる。
ペダルも、比較的自由に使っているようだった(私の席からはしっかりと見えなかったが)。
ペダルを使っても濁ることはあまりなく、終始カラッとした華やかな音がしていたのは、ヒューイットの個性であるとともに、ファツィオリのピアノであることも一役買っていたかもしれない。
最初のアリア、これはグールド1981年盤ほどには遅くないにせよ、やや落ち着いたテンポで奏された。
第1変奏はグールド1955年盤に近いくらいに速く、逆に第6変奏(2度のカノン)や第12変奏(4度の反行カノン)は遅めのテンポだった。
第21変奏(短調の7度のカノン)の後の第22変奏(Alla breve)や、第25変奏(短調変奏のうち最後のもの)の後の第26変奏では、グールドのような強音ではなく、シフのような弱音で弾かれていたのが、私には嬉しかった。
特に、繊細な弱音で奏される第22変奏には、まるで静かな夜明けのような美しさがある(なお、ここで客席から携帯電話の着信音が鳴ったのは残念。ヒューイットは第21変奏の後しばらく待っていたのだが、なかなか鳴りやまないため仕方なくそのまま第22変奏を弾き始めたのだった…)。
聴かせどころの第25変奏は遅めのテンポでじっくりと奏されたが、最後の数オクターヴにわたる下行音型において、バロック音楽とは思えないほどの、かなり情熱的なクレッシェンドが聴かれたのが印象的だった。
第29変奏のものものしい「タメ」は、上記録音にも共通した、ヒューイット固有のやり方である。
第30変奏(クオドリベット)は、快活なシフのテンポではなく、ゆったりとしたグールドのテンポ。
ただし、この変奏の最後はグールドのように静かに終わるのでなく、フォルテで決然と終わる。
そして、最後に冒頭のアリアが戻ってくるのだが、冒頭と同じように弾くのではなく、グールド1981年盤のように、より遅いテンポで弾く。
そうすることにより、「元に戻る」というよりは「昔日を回想する」といった趣となる。
こういうやり方は、いくぶん「ロマン派的」といえる。
また、彼女は最後の一音を長く長く、20秒ほど伸ばして曲を終えたのだが、これもまたバロック的というよりはロマン派的である(なお、20秒のうち5秒くらいのところで、拍手が一瞬入って止まった。拍手は焦らないでほしい…)。
ここだけでなく、上述のように変奏によってテンポを自由に変えたり、大きくクレッシェンドしたりするのも、慎ましやかな範囲内ではあるけれども、ロマン派的な解釈といえるように思う。
シフならば、こういうことはしないだろう。
彼の演奏は一見とても優しいようでいて、実は常に厳しさが底流しており、バッハの音楽がバロックを飛び越えてしまうことを許さない。
各変奏のテンポはきわめて一貫した無理のないものとなっているし、デュナーミクの幅も大きく取ることをしない。
最後のアリアも、冒頭とほとんど同じテンポで奏する。
私は、シフのこうした「様式感」を大事にする姿勢を、心から敬愛している。
とはいえ、それが唯一絶対の方法とまでは考えない。
今回のヒューイットのやり方も、モダン・ピアノらしい味があって悪くないと思う。
それに、演奏の質はきわめて高い。
自由でエモーショナルな、カラッと明るいバッハを肩ひじ張らずに楽しむことができた。
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