今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。
前回と同様、「もしもタイムマシンがあったなら行ってみたい演奏会」シリーズの続きを書きたい。
これまで、フルトヴェングラーの指揮によるコンサートがもし聴けたならということで、彼の振るベートーヴェン、ヴァーグナー、ブラームス、ブルックナー、マーラー、R.シュトラウスについて延々と書いてきた。
そして最近は、チャイコフスキーについて書いている。
今回は、フルトヴェングラーの指揮によるチャイコフスキーの交響曲第5番を取り上げたい。
今回もこれまでと同様、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルの演奏による、ベルリンでの演奏会で、かつ1929~1934年頃に行われたもの(できれば1929年のもの)から探してみたいと思う(その理由はこちら)。
探してみると、下記の演奏会があった。
1933年2月5、6日、ベルリン
指揮:フルトヴェングラー
管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
プログラム
Gottfried Müller: Variationen und Fuge über ein deutsches Volkslied
Beethoven: Violin concerto (Simon Goldberg)
Tchaikovsky: Symphony No. 5
この演奏会ではチャイコフスキーの交響曲第5番だけでなく、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲も演奏された。
この協奏曲のソリストは、当時のコンサートマスターのシモン・ゴールドベルクである。
このときのプログラムの写真が、シモン・ゴールドベルクの公式ホームページに掲載されており、見ることができる(こちら)。
また、ここに書かれたエピソードが面白いので、以下に引用したい。
なお、引用文中の「SG」は、シモン・ゴールドベルクの略である。
“SGは、フルトヴェングラーの指揮で、ソリストとしても舞台に立っている。フルトヴェングラーは、シーズンの初めに必ずベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲をSGに弾かせた。初めてのリハーサルの後、フルトヴェングラーから合わせについて何か希望があるかと尋ねられ、若きSGはこう答える。「いいえ。あとはオーケストラ・パートを練習しておいて頂ければ」。するとフルトヴェングラーは大真面目で「わかった」とひとこと言ったそうである。あとから、古くからいる楽団員に「コンチェルトの伴奏の練習をオーケストラだけでやったのは、ニキシュの時代にたった一度だけだ」と言われ、SGはびっくりして、「世の中のことを知らないとは恐ろしい。自分はいかにも子供過ぎる」と恥じ入り、後でフルトヴェングラーにお礼を言ったところ、「いや、あれは必要なことだった」との返答に、ほとほと恐懼したとSGは回想している。”
※注:ゴールドベルクがベルリン・フィルのコンマスに就任したとき、彼はまだ20歳だった。
“ベルリン・フィルでは、フルトヴェングラーが指揮する時だけ、SGがコンサートマスターの席に座るという破格の待遇を受けていた。練習風景を覗くと、「フルトヴェングラーは何かをオーケストラに指示する時、それをまずSGに伝える。するとSGはすっと立ち上がって、弦のパートも管のパートも、フルトヴェングラーの要求する表現を、ヴァイオリンで弾いてみせる。その演奏は実に鮮やかな見事なものであった」そうである。”
フルトヴェングラーが全幅の信頼を寄せていたゴールドベルク。
そんな彼らの共演、できることならぜひ聴いてみたいものである。
ただしタイムマシンはまだないし、またこの演奏会のライヴ録音も残されていないので、代わりに下記の録音を聴いた。
●ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ゴールドベルク(Vn) ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィル 1950年1月14日ニューヨークライヴ盤(Apple Music/CD)
●ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 メニューイン(Vn) フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管 1953年4月7~9日セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●チャイコフスキー:交響曲第5番 フルトヴェングラー指揮RAIトリノ響 1952年6月6日トリノライヴ盤(NML/Apple Music/CD)
(なお、ミュラーの「ドイツ民謡による変奏曲とフーガ」は、おそらくフルトヴェングラーによる録音が残されていないため割愛)
ゴールドベルクとフルトヴェングラーの取り合わせによるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の録音は残されていないため、それぞれ別々にゴールドベルクによる録音、フルトヴェングラーによる録音を聴いた。
メニューインももちろん素晴らしいのだけれど、ゴールドベルクの音のまろやかな美しさは、他に代えがたいものがある。
ただし、1950年のこのライヴは、美しいながらも音程などに若干衰えもみられる。
例えば、彼の1932年のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番第2楽章の録音だとか、あるいは1930年のフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルのR.シュトラウス「ティル」の録音のヴァイオリン・ソロ部分だとかは、これ以上望めないほどの素晴らしさである。
20歳そこそこの頃のゴールドベルクの演奏は、私にとってヴァイオリン演奏の理想形の一つとなっている。
上記1933年のフルトヴェングラーとの演奏会、どれほど素晴らしい演奏だったことだろう。
(なお、この1950年のライヴでは、自筆譜に基づいたゴールドベルクによる編曲版が用いられている。詳しくは上記の公式ホームページを参照されたい)
そして、話がそれたけれど、チャイコフスキーの交響曲第5番。
これは前回の第4番にも増してフルトヴェングラーの得意曲だったようである。
ただ、録音としてはRAIトリノ響とのものしか残されていない。
ベルリン・フィルやウィーン・フィルならば、もっと壮絶な名演だっただろう。
それでも、振り慣れているわけではないはずのイタリアのオーケストラから、ここまで重厚な音を引き出す能力は、さすがとしか言いようがない。
私にとっては十分すぎる名盤である。
なお、実は上記1933年のベルリン・フィルとの演奏会でのチャイコフスキー交響曲第5番は、断片ではあるがラジオ放送用に録音されていたようなのである!
しかし紛失してしまい、現存していないという。
何とも残念なことである…。
↑ ブログランキングに参加しています。もしよろしければ、クリックお願いいたします。