今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。
懲りずに、「もしもタイムマシンがあったなら行ってみたい演奏会」シリーズの続きである。
これまで、フルトヴェングラーの指揮によるベートーヴェン、ヴァーグナー、ブラームス、ブルックナー、マーラーの実演を聴いてみたい、と色々妄想を書いてきたが、ここ数回は彼の振ったR.シュトラウスの演奏に思いを馳せている。
「サロメ」「エレクトラ」ときたので、今回は、これらに続くR.シュトラウスきっての名作オペラ「ばらの騎士」を…と言いたいところだが、実はフルトヴェングラーは「ばらの騎士」を生前一度も演奏していない(「ばらの騎士」から抜粋したワルツは一度演奏したようだけれど)。
確かに、フルトヴェングラーのドラマティックな悲劇性と、「ばらの騎士」の洗練された貴族趣味は、水と油のようなものかもしれない。
というわけで、「ばらの騎士」は飛ばして、今回は「ナクソス島のアリアドネ」を取り上げたい。
フルトヴェングラーがその生涯で行った「ナクソス島のアリアドネ」の公演は、以下の通りである。
①1916年12月19日、1917年1月3、16日、12月21日 マンハイム歌劇場での公演
前々回の記事で取り上げた「サロメ」と同じく、フルトヴェングラーが30歳そこそこの若き日に、就任して間もないマンハイム歌劇場で数回振っただけ、ということのようである。
上記公演のうちどれかを聴きに行けるとすると、せっかくならプレミエの
1916年12月19日、マンハイム歌劇場
指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
管弦楽:マンハイム歌劇場管弦楽団
プログラム
Strauss: Ariadne auf Naxos
(Hans Godeck, Hugo Voisin, Lisbeth Korst-Ulbrig, Walther Günther-Brau)
が良いだろうか。
ただしタイムマシンはまだないし、またこの演奏会のライヴ録音も残されておらず、別の機会に収録された音源等も「ナクソス島のアリアドネ」については全く存在しない。
R.シュトラウスならではのユーモアと洗練をきわめたこのオペラが、フルトヴェングラーの手にかかるとどれだけ重々しいミスマッチな演奏になったのか、ぜひとも聴いてみたかった。
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