ニコライ・ルガンスキー ピアノ・リサイタル
【日時】
2018年2月17日(土) 開演 18:00
【会場】
紀尾井ホール (東京)
【演奏】
ピアノ:ニコライ・ルガンスキー
【プログラム】
シューマン:子供の情景 作品15
ショパン:舟歌嬰ヘ長調 作品60
ショパン:バラード第4番ヘ短調 作品52
ラフマニノフ:前奏曲集 作品23 より
第1番 嬰へ短調
第3番 ニ短調
第4番 ニ長調
第5番 ト短調
第6番 変ホ長調
第7番 ハ短調
ラフマニノフ:前奏曲集 作品32 より
第1番 ハ長調
第2番 変ロ短調
第3番 ホ長調
第4番 ホ短調
第5番 ト長調
第12番 嬰ト短調
第13番 変ニ長調
※アンコール
ラフマニノフ:12のロマンス 作品21 より 第5曲「リラの花(ライラック)」 (ピアノ独奏版)
ショパン:12のエチュード 作品10 より 第8曲 ヘ長調
ラフマニノフ:幻想的小品集 作品3 より 第2曲 前奏曲 嬰ハ短調 「鐘」
カプースチン:古風なスタイルの組曲 より 第4曲「ブーレ」
ニコライ・ルガンスキーのピアノ・リサイタルを聴きに行った。
一週間前に聴いた、彼の弾くチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のいかに素晴らしかったかは、先日の記事にすでに書いた(そのときの記事はこちら)。
「現代最高のラフマニノフ弾き」と目される彼。
そんな彼の弾く、まさにラフマニノフを生で聴けるということで、今回大変楽しみにしていたのだった。
プログラムの前半は、シューマンの「子供の情景」と、ショパンの舟歌、バラード第4番。
これらの曲で私の好きな録音は
「子供の情景」
●小林愛実(Pf) 2010年12月セッション盤(Apple Music/CD)
「舟歌」
●山本貴志(Pf) 2005年ショパンコンクールライヴ盤(CD)
●ティファニー・プーン(Pf) 2015年ショパンコンクールライヴ(動画)
●中川真耶加(Pf) 2015年ショパンコンクールライヴ(動画)
「バラード第4番」
●中川真耶加(Pf) 2015年ショパンコンクールライヴ(動画)
あたりである。
小林愛実の「子供の情景」は、ややショパン寄りの解釈ながら大変美しいし、山本貴志、中川真耶加、プーンの舟歌やバラード第4番は、まさにショパンの魅力をそのまま引き出した名演である。
それに比べると、今回のルガンスキーのシューマンやショパンは、もちろん非常にうまいのだけれど、その演奏はあまりに悠々としてスケールが大きく、曲とのバランスがうまく取れないような感があった。
「子供の情景」の第1曲「見知らぬ国と人々について」からして、彼の音は実に深々として美しく、まるでラフマニノフを聴いているかの如くである。
さすがなのだが、聴き進めていくとやっぱりメロディの歌わせ方など何となくあまりに「雄大」で、シューマンやショパンらしい繊細な情感とは折り合いがつかなくなってくる。
テクニック的には全く不満はないし、贅沢な話なのだが。
まぁ、これは録音からも予想されたことだったし、彼の先達のラフマニノフやリヒテルだって、そのショパン演奏は同じく「雄大」に過ぎるところがあった。
なので、特にがっかりすることもなく、後半のラフマニノフに期待をかけた。
そして、プログラムの後半、ラフマニノフの前奏曲集からの抜粋。
この曲で私の好きな録音は、いずれも抜粋だが
●ラフマニノフ(Pf) op.23-5, op.32-5, 12 1920~21年セッション盤(Apple Music/CD)
●ラフマニノフ(Pf) op.3-2 1928年4月4日セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●ラフマニノフ(Pf) op.23-10, op.32-3, 6, 7 1940年3月18日セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●リヒテル(Pf) op.23-2, 4, 5, 7, op.32-1, 2 1959年4月セッション盤(Apple Music/CD)
●リヒテル(Pf) op.23-1, 2, 4, 5, 7, 8, op.32-1, 2, 6, 7, 9, 10, 12 1960年10月28日ニューヨークライヴ盤(Apple Music/CD)
●ルガンスキー(Pf) op.3-2, op.23-1~10 2000年セッション盤(NML/Apple Music/CD)
●マイボロダ(Pf) op.3-2, op.23-2, 10 2015年浜コンライヴ盤(CD)
●マイボロダ(Pf) op.23-4 2017年1月?(動画)
あたりである。
そして、今回のルガンスキーによる実演は、これらの録音と比べても何ら遜色ない、本当に素晴らしい演奏だった!
最初のop.23-1からして、スラヴの薫りのする、愁いに満ちた、かつ何とも深々とした透明な音による、左手の内声部と右手の高音部との美しい対話が聴かれた。
op.23-4は、ショパン風のノクターンのような曲だが、ルガンスキーが弾くと先ほどのショパンの噛み合わない演奏とは見違えるようで、ラフマニノフならではの濃厚かつ透明な情感が、微塵の違和感もない理想的な表現で美しく紡がれてゆく。
op.23-5の中間部、あるいはop.23-6は、一見簡単なようで、分厚い和音にうずもれてメロディがうまく浮かび上がってこないことが多いけれど、ルガンスキーが弾くと和音の高音部のメロディが実に美しく深々と鳴らされ、息の長いフレージングで滔々と歌われる。
そして、今回の演奏会のハイライトの一つ、op.23-7。
息もつけない激情的なパッセージ、奈落の底を覗き込むかのような低音の不気味なオクターヴ、そして追い立てられ否応なく高まりゆくアルペッジョ。
ルガンスキーの表現は、恐ろしいほどに激しくありながらも、決して無闇に叫びすぎることなく、凛とした厳しさがあり、それがまたこの音楽の威容をいや増すことになる。
すごい演奏、というほかない。
op.32のほうも、変わらず素晴らしかった。
op.32の最初の4曲は、少し地味な印象のある曲だけれど、ルガンスキーはラフマニノフ特有の分厚い魅力を存分に引き出し、曲の素晴らしさに改めて気づかせてくれた。
そして、op.32-5。
これは、今回の演奏会のもう一つのハイライトであったように思う。
シンプルながら大変に美しい、道端にひっそりと咲く可憐な花のようなこの曲が、ルガンスキーの手になるといったいどのようなことになったか。
どれほど透徹した音、どれほど幻想的な情感が、この演奏にあふれていたか。
それを言葉に換えるのは、私の能力の限界を遥かに超えている。
op.32-12も13も、文句のない美しさだった。
アンコールでは4曲も弾いてくれたが、中でもやはりラフマニノフ作品の演奏は傑出していて、「リラの花」も、有名な前奏曲「鐘」op.3-2も、理想的な音楽表現と感じられた。
ショパンのエチュードop.10-8では、彼の鮮やかな技巧が存分に発揮され、幅の広い下行・上行アルペッジョが全くムラなく滑らかに均質に流れていき、さすがとしか言いようがなかった。
ただ、ここでもまた贅沢を言ってしまうと、左手の和音が何とも力強く充実したラフマニノフ風の音になっていて、中川真耶加の同曲演奏のように「これぞショパン!」とはどうしてもならないのだった(中川真耶加の演奏はこちらの動画の13:40から)。
そうは言っても、これほどハイレベルな演奏を前に、文句など言えはしない。
ルガンスキーの今回のラフマニノフ演奏について、どなたかが「ネイティヴによる演奏」と書かれていた。
全くその通りだと思う。
厳しくも美しい冬景色を目前にするかの如き、このロシア特有の情感は、おそらくロシアの地に生まれ育っていないピアニストが出そうと思っても、簡単に出せるものではあるまい。
ただ、ロシア人であっても、このような演奏ができるピアニストは本当にごく一握りしかいない、と私は思っている。
その意味で、私はさらに一歩進めて、ルガンスキーの演奏を「限られた真のラフマニノフ弾きによる演奏」としたい。
彼は、今年11月にも来日して、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏する予定となっている。
先過ぎてまだ全く予定が立たないけれど、こちらも聴き逃すわけにはいかない。
↑ ブログランキングに参加しています。もしよろしければ、クリックお願いいたします。