(クレア・フアンチ インタビュー記事) | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。

好きなピアニスト、クレア・フアンチのインタビュー記事がヤマハのサイトにアップされていることに気づいたので、少し長くなるがここに引用したい。

 

 

 

 

 

 数々の国際コンクールで輝かしい成績を収め、新たな時代を担うピアニストとして注目を集めているクレア・フアンチさん。9歳の時にカーネギーホールで演奏、10歳の時にはクリントン大統領夫妻に演奏を披露するという神童ぶりを発揮した少女時代から今日に至るまでの道のりを振り返り、今後の抱負を語ってくださいました。

恵まれた環境で才能を開花させた少女時代

 中国出身の科学者の両親のもとにニューヨークで生まれた。フアンチという姓は、父の姓「黄(Huang)」と母の姓「慈(Ci)」を合わせたダブルネームだという。ピアノとの出会いは6歳の誕生日。

 「父は生物学、母は化学の研究者で、私が生まれてすぐにフィラデルフィアに移りました。6歳の誕生日に、我が家に小さなグランドピアノが来た時のことは今でも覚えています。正式に習い始めたのは7歳になってからです。ピアノは大好きでしたが、練習は嫌いで、よく両親に「練習しないなら、ピアノを売ってしまいますよ」とか「鍵をかけて弾けなくしますよ」と言われて、あわてて練習したものです(笑)」

 7歳というのは、ピアノを習い始める年齢としては早い方ではないが、みるみるうちに上達し、9歳の時にカーネギーホール、10歳の時にホワイトハウスで演奏し、天才少女として注目を集める。

 「いくつかの子どものコンクールで優勝し、そのご褒美としてカーネギーホールやホワイトハウスで演奏しました。いずれも20分くらいのプログラムで、クレメンティのソナタ、ショスタコーヴィチのプレリュード、ベートーヴェンのロンドなどを弾きました。でも、その頃はまだ小さかったので、将来ピアニストになりたいと思っていたわけではありません」

 数多くのピアニストを輩出した名門カーティス音楽院のあるフィラデルフィアは、ピアノを学ぶ環境としては最高だった。11歳からエレーナ・ソコロフ女史のプライヴェート・レッスンを受ける。

 「ソコロフ先生はピアノ音楽をあらゆる側面から教えてくださる素晴らしい教師でした。毎週新しいバッハの作品1曲、ベートーヴェン、モーツァルトなどの古典ソナタ1曲の譜読みをして聴いていただきました。今考えるとこれはとてもよかったと思います。この時期に、クラシック作品の精髄を学んだと感じています」

 13歳でカーティス音楽院に入学し、ラン・ラン、ユジャ・ワンほか多くのピアニストを育てた名伯楽、ゲイリー・グラフマン氏に師事する。

 「カーティス音楽院には、凄いテクニックを持つ学生がたくさんいて驚きました。3、4歳くらいから英才教育を受け、猛練習してきた人ばかりなのです。グラフマン先生のクラスの3学年上にユジャ・ワンがいましたし……、これは大変なところに入ったと思いました(笑)。グラフマン先生は感性豊かな方で、ロシア作品の解釈など、今でも大きな影響を受けていると感じます。テクニックを重視する教え方でしたが、それまでの私に足りなかったものを与えてくださいました。ソコロフ先生とグラフマン先生、まったく個性の違う2人の教師に学び、ピアニストとしての基礎を固めることができたと思っています」

 

浜松国際ピアノコンクールが人生の転機に

 16歳で浜松国際ピアノコンクールに参加し、奨励賞を受賞。このコンクールが人生の大きな転機になった。

 「初めて参加した大きな国際コンクールでした。たくさんの曲目を準備するのは大変でしたが、聴衆の方たちが温かく聴いてくださり、気持ちよく演奏することができました。あのコンクールを通じて知り合った友人は、今でも私の最も大切な友人です。また、審査員の中村紘子先生、アリエ・ヴァルディ先生に出会い、私の人生は変わりました」

 コンクールの翌年、アリエ・ヴァルディ氏に師事するため、ハノーファー音楽演劇大学に入学した。

 「浜松国際ピアノコンクールの後、カーティス音楽院からディプロマを得て、高校の課程も修了し、これからどうすべきかいろいろ考えました。一般の大学に進学するという道もありましたし、さらにカーティス音楽院で学ぶ、ジュリアード音楽院やエール大学で学ぶという道もありました。でも、私は浜松で出会ったヴァルディ先生のもとで学びたいと思い、生まれて初めて家を離れ、ひとりでドイツに渡る決心をしました。
 ヴァルディ先生は広い視野と深い教養を持った方で、ひとつの作品に様々な角度から光をあて、生徒自身にどのように弾くべきかを考えさせます。ですから、彼の生徒はそれぞれみな違います。ドイツに来て10年になりますが、17歳の時の選択は間違っていなかったと思います」

 2016年に逝去した中村紘子さんとの思い出も多く、心から尊敬していると語る。

 「浜松国際ピアノコンクールの後、2008年に浜松国際ピアノアカデミーに参加してレッスンを受け、2010年に王子ホールで演奏した時はウィーンに留学している高木竜馬さんと一緒に聴きに来てくださり、終演後、食事をしながら3人でおしゃべりしました。2時間か3時間、とにかくいろいろなことを話しました。最後にお目にかかったのは2012年です。私のためにいくつかコンサートを企画してくださり、ピアニストとして壁にぶつかっていた私の悩みを聞き、誠実にアドヴァイスしてくださいました。その後、お目にかかる機会がないままお別れすることになり、本当に残念です」

 浜松国際ピアノコンクールでヤマハコンサートグランドピアノCF3Sを弾いて以来、ヤマハのピアノには厚い信頼を寄せている。

 「私が表現したいことに応えてくれる楽器だと思いました。CF3Sはコントロールしやすく、ブリリアントな音色が魅力でしたが、CFXはさらに響きが重厚になりました。CFXを初めて弾いたのは2010年、マイアミで開催された全米ショパンコンクールで優勝した時ですが、様々な可能性を持った楽器だと感じました。私の感情の動きに敏感に反応して、色彩豊かな音色で歌ってくれます。ダイナミクスも広がり、深い低音からきらめくような高音まで、自由自在に表現できます。ステージにCFXがあると、あぁ、よかったと安心します」

 

神童から真のアーティストへ

 ドイツに渡って10年、現在はヨーロッパ、アメリカを中心に演奏活動を続けながら、ハノーファー音楽演劇大学でアリエ・ヴァルディ氏のアシスタントを務めている。

 「ヨーロッパでの演奏会は、ドイツ、スイス、オーストリアなどドイツ語圏を中心に年間60回くらい。アメリカには2カ月に1度は戻って演奏しています。最近は室内楽の演奏会も増えました。ドイツで活動しているフランス人のヴァイオリン奏者、チェロ奏者と2013年からユニットを組んでロシア作品、ドヴォルザークなどを演奏しています。来年はドビュッシー・イヤーなので、ドビュッシーのピアノ三重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタを組み合わせたプログラムを考えています」

 リリースした3組のアルバムは、いずれもピアノ音楽の新鮮な魅力を探求する充実した内容で、高い評価を得ている。

 「最初のアルバムでは、プロコフィエフ《ロミオとジュリエット》とチャイコフスキー(プレトニョフ編曲)《眠れる森の美女》を取り上げました。ピアノで色彩豊かに情景描写できるオーケストラの編曲作品は大好きです。
 2作目は、スカルラッティのソナタ。555曲のソナタすべてを弾いて39曲を選び、2枚組のアルバムにしました。1枚は同じ調性の6曲か7曲を1組にして、バロックの組曲のように仕立てました。もう1枚もやはり同じ調性の5曲くらいずつを選んで、第1楽章、第2楽章、第3楽章と古典派のソナタのように並べてみました。スカルラッティは古典派の作曲家に大きな影響を与えたバロックの作曲家なので、そうした関係性を浮き彫りにしたかったのです。時間のかかるプロジェクトでしたが、やりがいのある仕事でした。
 最新の3作目のアルバムは、私にとってきわめて大切な作曲家、ショパンのノクターン全曲を取り上げました。ショパンの作品を弾くたびに、今の自分の人生を奏でているような気持ちになります。『A Chopin Diary』というタイトルには、そんな想いを込めました。全21曲に《忘れられたノクターン》も加え、チェロとの二重奏の《エチュードop.25-7》でアルバムを締めくくっています。ショパンの作品は、年齢を重ねるほど表現したいことが増え、弾けば弾くほど難しいですが、一生弾き続けたいと思います。来年は、ショパンのコンチェルトとパデレフスキーのコンチェルト、ラフマニノフのプレリュード全曲などを録音する予定です」

 ショパン、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスなどをレパートリーの核に据え、あまり知られていない作品も発掘して弾きたいと語る。

 「カバレフスキーが編曲したシューベルト《幻想曲D.940(ピアノと管弦楽版)》、ベートーヴェン自身が編曲した《ヴァイオリン協奏曲》のピアノ独奏版、ディヌ・リパッティ《ピアノ・ソロのための幻想曲op.8》など、素敵な作品がたくさんあるのです! リサイタルのプログラムは、それぞれの作品を関連づけてストーリー性のあるものにしたいといつも考えています。その方が聴きやすく、楽しんでいただけると思うのです」

 弾いてみたい作品を見つけるとワクワクすると目を輝かせる。みずみずしい感性あふれる演奏でピアノ界の新たな時代を切り拓いていくことだろう。

 

Textby 森岡 葉

 

 

 

―クレア・フアンチへ5つの質問―

Q1.自分で影響を受けたと思われるアーティストは?

指揮者のクラウディオ・アバドです。私は交響曲を聴くのが好きで、子どもの頃から彼が指揮した録音をたくさん聴いています。マルタ・アルゲリッチとのコンチェルトなども……。ドイツに来てからは生の演奏も何度か聴きました。緻密な解釈、色彩豊かな音楽表現に魅了され、大きな影響を受けました。ピアニストでは、グリゴリー・ソコロフですね。

Q2.ヤマハピアノに対するイメージと印象は?

大きい楽器でも小さい楽器でも、ヤマハのクオリティは高く、私の表現したいことに確実に応えてくれます。パワーと繊細さを兼ね備えた最高のピアノだと思います。コンクールやコンサートで、ステージにヤマハのピアノがあると、懐かしい友人に会ったような幸せな気持ちになります。

Q3.あなたにとってピアノとは?

私の人生そのものと言っていいでしょう。ピアノは自分自身を表現する唯一の手段です。

Q4.印象に残っているホールは?

ベルリンフィルハーモニーホールです。初めて演奏したのは2010年で、なんて大きなホールだろうと怖気づいたのを覚えています。自分がとても小さく感じられました。オーケストラとラフマニノフ《パガニーニの主題による狂詩曲》を演奏したのですが、ピアノを弾き始めると素晴らしい響きが広がって、恐れが喜びに変わりました。その後、ソロや室内楽で4回演奏していますが、私も年を重ねて経験を積んだので、ホールがそれほど大きいとは感じなくなりました。客席でも様々なコンサートを聴いていますから、今ではホールの特性がよくわかっています。今年の6月、オーボエとのデュオで演奏しましたが、温かく美しい響きに包まれて嬉しくなりました。

Q5.ピアノを学ぶ(楽しむ)方へのメッセージ。

私の経験から言えるのは、ピアノを毎日7時間も8時間も練習するような生活はしない方がいいということです。ピアニストを目指す若者にとって、最も大切なのは、広い視野を持ち、人間として豊かに成長することだと思うのです。人生を楽しみ、本を読んだり、美術館に行ったり……。様々な作品に触れることも大切です。現代作品や室内楽作品もたくさん演奏するといいでしょう。フォルテピアノやチェンバロなど、古楽器を弾くのもいいと思います。とにかく、小さな瓶の中に閉じこもるようにピアノを弾いていてはいけません。今のクラシック音楽界は淘汰が厳しく、次々にスターが生まれては消えていきます。何でも弾けるオールラウンドの演奏家が望まれる傾向にあるので、幅広く学び、視野を広げる必要があります。

 

 

 

 

 

以上、ヤマハのサイトより引用した(引用元のページはこちら)。

 

 

ファンとしては、こうしたインタビューは大変ありがたい。

今回知ったことを列挙すると、

 

・フアンチは、「蜜蜂と遠雷」の登場人物である栄伝亜夜と同様、子供の頃にカーネギーホールでリサイタルをした(コンチェルトではないようだが)。

 → 以前の記事(こちら)にも少し書いたとおり、やはりフアンチは栄伝亜夜のモデル(の一人)なのではないか。

 

・11歳からエレーナ・ソコロフのもとで学び、毎週新しいバッハの作品1曲、ベートーヴェン、モーツァルトなどの古典ソナタ1曲の譜読みをしていた。

 → 毎週新しい曲だなんて、子供なのに驚異的としか言いようのない学習ペースである。鍛えられ方が違う。

 

・グラフマン先生のクラスの3学年上にユジャ・ワンがいた。

 → さすがはカーティス音楽院、すごい学習環境である。

 

・16歳で参加した浜松国際ピアノコンクールが、人生の大きな転機になった。

 → 彼女にとって浜コンがそれほど大きな意味をなしていたとは、浜コンファンとして嬉しい限りである。

 

・高校修了後、浜コンで出会ったヴァルディ先生のもとで学びたいと思い、生まれて初めて家を離れ、単身ドイツに渡った。

 → カーティス音楽院は世界中から留学生が集まる名門校なのに、あえてそれを蹴り、ドイツはハノーファー音楽演劇大学に留学した彼女だが、アリエ・ヴァルディに学ぶためだったとは。

彼は、ガヴリリュク、ホジャイノフ、ユンディ・リ、イム・ドンヒョク、ベアトリーチェ・ラナといった錚々たる若手ピアニストたちの師匠であるらしい(英語版ウィキペディアより)。

よほど教え方が巧みなのだろうか。

確かにフアンチも、2010年ショパンコンクールでの演奏は、2006年浜コンでの演奏よりもさらに少し成熟しているような気はする。

 

・フランス人のヴァイオリン奏者、チェロ奏者と2013年からユニットを組んでロシア作品、ドヴォルザークなどを演奏している。2018年はドビュッシーのピアノ三重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタを演奏予定。

 → 室内楽にも力を入れているとは。色々聴いてみたい。

 

・2018年は、ショパンのコンチェルトとパデレフスキーのコンチェルト、ラフマニノフのプレリュード全曲などを録音する予定。

 → 楽しみである。パデレフスキのコンチェルトとはマニアック。

 

・カバレフスキー編のシューベルト《幻想曲D.940(ピアノと管弦楽版)》、ベートーヴェン作/編《ヴァイオリン協奏曲》のピアノ独奏版、ディヌ・リパッティ《ピアノ・ソロのための幻想曲op.8》などが好き。

 → 思った以上にマニアックである。同じマニアとして嬉しい。

 

・指揮者ではクラウディオ・アバド、ピアニストではグレゴリー・ソコロフから大きな影響を受けた。

 → 私もアバド大好きであり、気が合う。アバドの自然体かつきわめて精妙な音楽づくりは、確かにフアンチと共通したところがあると言っていいかも。晩年のアバドを生で聴いたとは羨ましい!

ソコロフは、私も好きな録音がいくつかあるが、噂では多くのピアニストが「ソコロフはすごい」と言っているとのこと。生で聴いてみたいが…。

 

・印象に残っているホールは、ベルリンのフィルハーモニー。

 → さすがはカラヤン監修のホール、やはり音の響きが良いのか。一度行ってみたい。

 

・人生を楽しみ、本を読んだり、美術館に行ったりというように、広い視野を持ち、人間として豊かに成長することが肝要。

 → 彼女の驚くべき表現力の豊かさは、こういった幅広い興味や経験に基づいているのかもしれない。

 

 

以上である。

私にとっては、大変興味深いインタビュー記事だった。

そして、目下のところ、上記の通り予定された録音が楽しみである。

 

 


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