今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。
昨日と同様、「もしもタイムマシンがあったなら行ってみたい演奏会」シリーズの続きである。
今回は、フルトヴェングラーの指揮によるヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を取り上げたい。
フルトヴェングラーがその生涯で行った「トリスタンとイゾルデ」の公演は、以下の通りである。
①1916~1924年 マンハイム歌劇場での一連の公演
②1924年8月21日 バイエルン国立歌劇場での公演
③1929年6月18日、12月10日 ベルリン市立歌劇場での公演
④1929年11月6、14日 ウィーン国立歌劇場での公演
⑤1931年7月23日、8月3、18日 バイロイト音楽祭での公演
⑥1932~1934年 ベルリン国立歌劇場での一連の公演
⑦1932年6月7、9日、1933年6月8、10日、1934年5月29、31日、1935年5月30日、6月1日、1938年6月21、23日 パリ・オペラ座での公演
⑧1935年5月20、24日 コヴェントガーデン・ロイヤルオペラハウスでの公演
⑨1935年6月10日、1936年1月1日 バイエルン国立歌劇場での公演
⑩1935年6月16日 ウィーン国立歌劇場での公演
⑪1936年5月24、26日 チューリヒ歌劇場での公演
⑫1940~1944年 ウィーン国立歌劇場での一連の公演
⑬1947年10月3、24、30日 ベルリン国立歌劇場での公演
⑭1950年12月17日 ベルリン・ドイツ・オペラでの公演
⑮1951年6月26、28日 チューリヒ歌劇場での公演
⑯1952年1月30日 ウィーン国立歌劇場での公演
このうち、②はミュンヘン・オペラ・フェスティバル、③の前者はベルリン芸術祭、⑨の前者は「トリスタンとイゾルデ」初演70周年記念演奏会である。
これまでの「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」に比べると、公演数が相当に多い。
やはり、フルトヴェングラーの得意曲だったということだろう。
これらの公演のうち、どれを選ぶか迷うところだが、ベルリン芸術祭における、③の前者の
1929年6月18日、ベルリン市立歌劇場
指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
管弦楽:ベルリン市立歌劇場管弦楽団
プログラム
Wagner: Tristan und Isolde
(Frida Leider, Lauritz Melchior, Sigrid Onegin, Alexander Kipnis, Friedrich Schorr)
にしておきたい。
フルトヴェングラーが脂の乗り切った全盛期というのもあるが、それに加えて、伝説的な名歌手のラウリッツ・メルヒオールとフリードリヒ・ショルが聴けるというのが大きい。
この2人は、それぞれトリスタンとマルケ王を歌ったのではないかと思うのだが(詳しい記載はないが)、フルトヴェングラーの「トリスタンとイゾルデ」においてこの2人の取り合わせが実現したのは、この公演のみだったようである。
イゾルデ役のフリーダ・ライダーも、この時代を代表するヴァーグナー・ソプラノである。
なお、伝説的なヴァーグナー・ソプラノ、キルステン・フラグスタートの歌うイゾルデが聴きたい場合には、意外にも上記⑮の公演しかない。
⑮は、他の歌手もなかなか豪華なメンバーである(カヴェルティ、ローレンツ、グラインドル、シェフラー)。
しかし、この頃のフラグスタートは全盛期を過ぎているのと、やはり20世紀最大のヴァーグナー・テノール、ヴァーグナー・バスと謳われたメルヒオール、ショルを聴きたいので(しかも1929年というと彼らの全盛期といっていい)、私は上記③の公演を選ぶことにする。
上記公演は残念ながら録音されていないが、代わりに何か聴くとすると、まずこの録音は外せないだろう。
●ヴァーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管 1952年6月セッション盤(NML/Apple Music)
(トリスタン:ルートヴィヒ・ズートハウス、イゾルデ:キルステン・フラグスタート、ブランゲーネ:ブランシェ・シーボム、マルケ王:ヨゼフ・グラインドル、クルヴェナール:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団)
録音史に名を残す名演である。
その他、上記公演により近い時期の録音としては、
●ヴァーグナー 「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲とイゾルデの愛の死 フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル 1930年セッション盤(CD)
や、
●ヴァーグナー 「トリスタンとイゾルデ」第1幕(断片) フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管 1931年8月18日バイロイトライヴ盤(NML/Apple Music)
(トリスタン:ゴットヘルフ・ピストール、イゾルデ:ナンニ・ラルセン=トドセン、バイロイト祝祭合唱団)
がある。
ともに素晴らしい演奏。
後者は上記⑤の公演の録音であり、フルトヴェングラーの現存する(一般的に入手可能な)最古のライヴ録音ではないだろうか。
ほんの短い断片ではあるが、貴重な録音である。
その他、より後年の上記⑫や⑬の公演の録音も一部残されている。
フルトヴェングラーの「トリスタンとイゾルデ」は、この曲の決定的な演奏だと思う(今さら言うまでもないかもしれないが)。
彼は、どれだけ陶酔しようとも、あるいは高揚しようとも、テンポの「厳しさ」を失わない。
それに比べると、クライバーもバーンスタインも、テンポの変化があまりに「軽い」のである(もちろん、それぞれ彼らなりの良さは十分にあるのだけれど)。
こういったことは、例えば第1幕の前奏曲のクライマックス部分とか、第1幕の幕切れ、また第2幕でのトリスタンとイゾルデの出会いの場面などにおいて、顕著に感じられる。
重く、深刻で、救いのない、それでいてすさまじいまでの憧憬に満ちたこの曲の表現において、フルトヴェングラーは突き抜けた存在だと思う。
良質な全曲セッション録音が残されていることに、深く感謝したい。
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