ザ・シンフォニーホール ヤング・プレミアムコンサートVol.4
ダニエル・シュー ピアノリサイタル
【日時】
2017年5月9日(火) 開演 19:00
【会場】
ザ・シンフォニーホール (大阪)
【演奏】
ピアノ:ダニエル・シュー
【プログラム】
J.S.バッハ/ブゾーニ:シャコンヌ
シューベルト:即興曲 D.899 op.90 より 第2番&第3番
リスト:「ドン・ジョヴァンニ」の回想
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
※アンコール
シューマン:「子供の情景」 より トロイメライ
ダニエル・シューの演奏会を聴きに行った。
1997年サンフランシスコ(アメリカ)生まれの彼は、2015年の浜松国際ピアノコンクール(浜コン)で第3位を受賞している。
私もネット配信で彼の演奏を聴いたが、3次予選でのムソルグスキーの「展覧会の絵」が、ケレン味のないストレートな演奏で、かつ大変にキレがあり、感心したのだった(ライヴCDも購入した)。
そして、今回の演奏会でもその「展覧会の絵」がプログラムに入っている。
さらに、彼は今月末~来月にかけて開催されるヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールにも出場予定であり、そこで弾く予定となっているリストの「ドン・ジョヴァンニ」の回想もまた、今回のプログラムに入っている。
この曲は最近、ルービンシュタイン国際ピアノコンクールのネット配信で台湾のピアニストのチェン・ハンの演奏を聴き、感心したばかりなのだが、シューもそれに劣らぬ名演を披露してくれる可能性のあるピアニストである。
そんなわけで、大変楽しみにして聴きに行った。
聴いてみると、期待通りだった。
彼は、震い付きたくなるような美しい音色をもつピアニスト、というわけではないと思う。
しかし、音に細心のコントロールを施すことで、その点をカバーしている。
こう書いたが、悪い音色というわけではない。
彼の音は最強音でも決して硬くならず、大変に充実している(リストなどにふさわしい音)。
そして、彼には類まれなるテクニックがある。
そのあたりが、彼の魅力と思われる。
最初のバッハ/ブゾーニの「シャコンヌ」からして、惹きこまれる。
例えば、(比較して申し訳ないのだが)現在開催中のルービンシュタインコンクールで同曲を弾いたSangiovanniも悪くなかったけれども、ケレン味たっぷりだったのに対し、シューはよりスタンダードなアプローチである。
スタンダードだが、決してつまらない演奏ではなく、フォルテ(強音)にせよピアノ(弱音)にせよ、音に込める集中力が強く、「聴かせる」演奏になっている。
次のシューベルトは、即興曲第2番のほうは先日のアンドラーシュ・シフの演奏会で美しすぎる演奏を聴いてしまったし(そのときの記事はこちら)、第3番のほうもシューベルトにしてはやや濃厚にすぎるロマン的なアプローチと感じたが、それでも全ての音が「歌」になるよう綿密にコントロールされていたし、ルバート(テンポの揺れ)やスビト・ピアノ(ふっと突然弱音にする)の使い方も隅々までよく考えられていて、良かった。
前半の最後は、リストの「ドン・ジョヴァンニ」の回想。
この曲は上記のように、ルービンシュタインコンクールでのチェン・ハンによる名演を聴いたばかりだし(動画)、またマルク=アンドレ・アムランによる録音もあるけれども(NML/Apple Music)、彼らはこのゴテゴテした曲を大変すっきり取り扱っているとはいえ、やはりヴィルトゥオーゾ的な演奏ではある。
しかし、シューの場合は序奏からしてコントロールが綿密で、集中度が高いというか、ヴィルトゥオーゾ的な華麗なピースというよりも求心的な感じの演奏となっている。
中間部の「ラ・チ・ダレム・ラ・マーノ」の部分も相当なコントロールで、ふっと力を抜いたり、テンポを少し緩めたりといったことを、なおざりにせず一つ一つ解釈して行っている感じがある。
テクニック的にも卓越しており、三度和音の半音階的進行など実にスムーズでむらがない。
ちなみに、版としてもチェンと同じOssia(別稿)のほうを使用していて、それも嬉しい。
そして、最後の「シャンパンの歌」の部分。
ここは本当に難所だと思うのだが、チェンやアムランとほぼ同等のテンポで(わずかにゆっくりめだったかもしれないが)、かつ彼らを上回るコントロールぶりをみせてくれた。
チェンやアムランはヴィルトゥオーゾ的な「タメ」があり、それが一種の味わいでもあるのだが、ある意味では「逃げ」にもなるのに対し、シューの場合はほとんどイン・テンポ(一定の安定した速度)で最後まで突っ切るので、部分的に相当難しい箇所があるはず。
それでも、たとえば右手のターン風の五連符など大変きめが細かく、明瞭に聴こえてくるし(ここはチェンもアムランも不明瞭)、右手のオクターヴ4回連打もあいまいにならずきわめてヴィヴィッドである(これもチェンやアムランはやや不明瞭)。
つまり、大見得を切るというよりは、あくまで正攻法のアプローチであり、格調高いと言っても良い。
五嶋みどりによるパガニーニ「カプリース」の演奏と同じで、「この曲にここまで繊細なコントロールが要るのか!?」と言いたくなるような、無二の演奏。
それでいて、音楽がこじんまりとはしておらず、フォルテの迫力はチェンやアムランと比べても遜色なく、腹にこたえるような充実した音である。
生で聴いたということである程度差し引く必要はあるかもしれないが、この曲においてこれを超える演奏は、現段階では存在しないのではないだろうか。
彼はクライバーンコンクールでもこの曲を弾くはずで、そうするとCD化されるはずであり、楽しみである。
後半のプログラムは、ムソルグスキーの「展覧会の絵」。
これは上記の通りCDも持っているが、それに全く劣らないキレのある演奏が聴けた(特に「小人」「雛の踊り」「市場」「バーバ・ヤガー」など)。
生演奏であり、かつ前から数列目の中央ブロックというとても良い席だったので、本当にすさまじい迫力があった。
そして、CDではそれほど分からなかった弱音部のこだわりも、今回はよく感じることができた(「古城」での味わいや、「テュイルリーの庭」での繊細なタッチなど)。
アンコールは、シューマンのトロイメライ。
これは、先ほどのシューベルトよりも、彼ならではのロマン的な解釈がよく合っているように思った。
それにしても、なんというコントロールだろう。
考えずに出てしまった音が一つもなく、特に和声が変わるときの音色の変化のさせ方が絶妙だった。
コントロール、コントロールと散々言ってきたが、人工的な印象を受ける演奏というわけでは決してない。
綿密なコントロールにもかかわらず、どちらかというと素直な情感を感じさせる演奏となっているのである。
トロイメライというシンプルな曲が、すっと心にまっすぐ入ってきたのも、緻密さと情感との彼なりのバランスの良さによるのかもしれない。
これだけの大曲をいくつも弾いたのに、彼は息切れする様子も見せず、演奏前も終演後も変わることなくさわやかな笑顔を見せていたのが印象的だった。
さすがの体力である。
私のほうは、このような大曲をこれほどレベルの高い生演奏で聴くのは初めてであり、聴いているだけで圧倒されてへとへとになってしまった(笑)。
今回の演奏を聴く限り、クライバーンコンクールでの優勝も十分にありうる気がする。
ぜひがんばってほしいものである。
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