西本智実プロデュース 座オペラ in 大阪松竹座
~オペラ「蝶々夫人」全幕上演~
【日時】
2016年10月27日(木) 開演 15:00
【会場】
大阪松竹座
【演奏】
指揮:西本智実
振付:井上八千代
蝶々夫人:鬼一薫
ピンカートン:藤田卓也
シャープレス:田中勉
スズキ:野上貴子
ゴロー:中井亮一
ケイト:松岡万希
子供:山田千和
祇園甲部(特別出演):真生 槇子 紗貴子 紗矢佳 真希乃 真咲 茉利佳 美月
管弦楽:イルミナートフィルハーモニーオーケストラ
合唱:イルミナート合唱団
「蝶々夫人」で、感動するとは思ってもみなかった。
ストーリーは有名かつシンプルで、要は蝶々さんは愛するピンカートンをずっと信じていたのに、裏切られてしまうという悲劇である。
ステレオタイプといえばステレオタイプなストーリーで、ワーグナーのような複雑怪奇な世界観が呈されているわけでもなく、まぁでもこの曲の実演を観たことはなかったので、経験のため、くらいに思っていた。
それが、見事に予想を裏切られた。
そもそも、この曲は海外で上演されると、演出が日本のような中国のような、妙なごった煮であることがほとんどである。
海外からみた日本とは、そのようなものなのだろう。
そして、当然タイトルロールであるプリマ・ドンナは西洋人が歌うことが多く、蝶々さんの目鼻立ちが西洋人とあっては、観ていてなかなか物語の筋に入り込めない。
しかし、今回は日本での上演である。
演出はシンプルながらも作り込まれており、ふすまや着物などに全く違和感がなく、日本の話として自然に受容できる(祇園甲部まで特別出演する)。
松竹座にはもちろんオーケストラ・ピットなどないので、舞台の右半分をオーケストラが占め、左半分でお芝居をするという工夫がされており、斬新な妙案だと思う。
そして、何よりも蝶々さん役のプリマ・ドンナが、日本人である。
目鼻立ちはもちろん、衣装の着こなしや身のこなしまで、まったくたおやかな日本人女性である(なお、なぜかピンカートンが日本人なのは気にならない)。
そして、とても美しくはかなげで、蝶々さんのイメージにぴったりである。
声も、とても良く通る堂々たる歌声というわけではないが、やや控えめな印象の節度ある歌唱で、まさに蝶々さんそのものであった。
さらに、音楽。
プッチーニは、「君が代」や「さくらさくら」、「星条旗」などを織り込みながら、とても美しい音楽を書いた。
歌詞も、ピンカートンのために良い香りの花を撒くくだりや、「スズキ、あなたはいい人ね」に始まる蝶々さんの言葉(絶望のなかにも思いやりが溢れている)など、美しいことこの上ない。
この素晴らしい曲を、西本智実がロマンティックに、かつドラマティックに表現し、節度を保ちながらもどんどん盛り上げていく。
クライマックスでの蝶々さんの絶望する場面では、涙が止まらなかった。
普段、私はコンサートを聴いて、どんなに大きく感動しても、涙までは出てこない。
どんなに陶酔しても、心のどこかでは冷静に、客観的に曲や演奏を評価しようとする動きが残っている。
しかし、今回はそのような抵抗は不可能だった。
コンサートあるいはオペラで実際に涙が出たのは、それこそ10年以上前、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル演奏のベートーヴェン「フィデリオ」を観にいって、絶対絶命の危機(レオノーレは夫を守り犠牲になろうとする)から一転、大臣の到着により救われる、あの一連のシーンに涙した、あのとき以来ではないかと思う。
本当に、かけがえのない体験をすることができた。