京都市交響楽団 三重公演 広上淳一 五嶋みどり チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ほか | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
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敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

京都市交響楽団 創立60周年記念

広上淳一×五嶋みどり×京都市交響楽団

 

【日時】

2016年9月10日(土) 16時00分開演(15時30分開場)

 

【会場】

三重県文化会館 大ホール

 

【出演者】

ヴァイオリン:五嶋みどり

指揮:広上淳一
管弦楽:京都市交響楽団

(コンサートマスター:豊島泰嗣)

 

【曲目】

モーツァルト:歌劇「後宮からの逃走」序曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」

 

※ソロ・アンコール

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調より 第2楽章 フーガ

※オーケストラ・アンコール

武満徹:3つの映画音楽より 「他人の顔 ワルツ」

 

 

 

 

 

この演奏会を、心より楽しみにしていた。

6月22日のブログにも書いたように、私は長年五嶋みどりのファンなのである。

古今東西たくさんの偉大なヴァイオリニストがいたけれども、ハイフェッツやオイストラフなど過去の巨匠たちを合わせても、私が最も敬愛しているのは五嶋みどりなのだ。

そればかりでなく、今回の曲目は、あらゆるヴァイオリン曲のなかでも特別な名曲、かつ五嶋みどりの膨大なレパートリーの中でも1、2を争うほど素晴らしいと思われる、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲なのである。

五嶋みどりがアバド、ベルリン・フィルと共演したこの曲のライヴ録音のCDは、そのむかし私がこの曲の良さを知るきっかけとなり、その後いろいろなCDを集めてみてもずっとゆるぎなく一番好きな演奏となっている。

それが今回、生で聴けるなんて!

 

いざ聴いてみると、あまりに前の方の席であったため、音が生々しく聴こえる反面、響きがデッドだった。

この曲は、ぜひ十分に豊潤な響きをもって聴きたかった。

それに、オケのサポートが何とも今一歩だった。

広上さんが流れに乗れていないのか、あるいはオケが広上さんの指揮についていけていないのか、音楽が自然に流れていかない箇所が散見された。

そのため、五嶋みどりとオーケストラがときおりずれそうになる。

また、それだけでなく、オーケストラ内でも弦と管がずれそうになる、特に管が遅れることが多かった。

原因はよく分からない。

広上さんの指揮が分かりにくいのだろうか?

思い入れのある曲なだけに、色々なところが気になってしまった。

 

しかし、である。

これらの数多の問題にもかかわらず、私はこの演奏にとても感動してしまった。

何しろ、五嶋みどりのチャイコンの生演奏が聴けるのである!

オケによる序奏が終わった後、ヴァイオリン・ソロの入りの部分、そしてそれに続く第1主題、これがこれほど心にすっと入り込んで胸を打つ演奏は、五嶋みどり以外にない。

だいたいのヴァイオリニストは、ここぞとばかりにポルタメントやグリッサンド、ヴィブラートをふんだんに用いて濃い表現に仕上げるのだが、五嶋みどりは逆にグリッサンドやヴィブラートを最小限にとどめ、朴訥とした味わいを出す。

それがこの美しいメロディにとてもよく合うのである。

そしてその1音1音の音程のあまりの正確さ、上質なシルクのようなフレーズの滑らかさといったら!

第2主題も、まったく同様である。

ここでの、少しずつ高ぶっていく切ない悲哀は、彼女が演奏して初めて表現されうるといっても過言ではないと思う。

その後も展開部、カデンツァ、再現部にコーダ、全てが最高にすばらしい。

オーケストラとテンポが合わなくてずれそうになるなど、弾きにくそうなところもあったが、そういったところでも彼女はうまいことオーケストラに合わせ、それでいて生硬にならず、相変わらず音楽的なのである。

第1楽章の最後の1音も、その直前に大きな間があったにもかかわらず、うまいことオーケストラとばっちりタイミングを合わせていて、さすが、と思った。

 

第2楽章も、本当の意味で心にしっくりくるのは五嶋みどりの演奏だけなのである。

もちろん、とても良かった。

ただ、第1楽章も第2楽章も、ホールの問題のためか座席の問題なのか、響きがかなりデッドで、可能ならもう少し豊かなホールトーンが欲しかった!

だが、そのぶん第3楽章では、速いパッセージにおける彼女のあまりに優れた演奏を、明晰に聴き取ることができた。

正確な音程、ヴィヴィッドな音色、そして徹底的にこだわりぬいた表情付け。

この楽章のいくぶん単調なパッセージ(ここでは彼女には珍しいことに、おそらく改訂版でなく原典版が使用されているように思った)が全く気にならず、ずっといつまでも聴いていたいと感じた。

そしてクライマックスに向かって高まっていき、その頂点で曲は終わりを告げる。

本当にむかしから、彼女によるこの曲のCDをずっと聴いてきて、長年待ち望んだ生演奏をついに今日聴くことができ、そしてそれがもう終わる…。

私は心から感動しながら、曲が終わるまでの間、一音一音をかみしめるようにして耳に焼き付けた。

 

アンコールのバッハが、また実に良かった。

協奏曲と異なり、音を張り上げなくても良いぶん、彼女のきわめて繊細な弱音が、最弱音として遺憾なく発揮されていた。

彼女の繊細な表現、求道的な解釈は、バッハにとてもよく合っていると思う。

フレーズの滑らかさ、各声部の描き分け、そしてちょっとしたテンポのタメの効果的なこと…。

本当に素晴らしいフーガだった。

 

最後になってしまったが、「後宮からの逃走」序曲と「シェエラザード」も悪くなかった。

五嶋みどりの演奏の前に、印象は薄くなってしまったが…。

特に、シェエラザードでのコンサートマスター豊島泰嗣のソロは豊潤な響きでなかなか良かった。

 

本当は翌日の京都公演も行きたかったのだが、油断していたら即完売になりチケットを入手できなかった。

慌てて取った三重公演のチケットだったが、こちらだけでも取ることができて本当に良かった。

五嶋みどりのこの曲を聴くことができるのは、次は何年後になるだろう。

いつまでも元気に演奏活動してほしいと祈るばかりである。