ギドン・クレーメル ヴァイオリン・リサイタル
【日時】
2016年6月5日(日) 開演 16:00
【会場】
芸術文化センター KOBELCO大ホール
【出演者】
ヴァイオリン ギドン・クレーメル
ピアノ ルカ・ドゥバルグ
【プログラム】
ワインベルグ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・ソナタ ト長調
ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ ト長調
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
アンコール曲
イザイ:こどもの夢
この演奏会は、他に用事があったため後半しか聴けなかった。
しかし、期待以上に素晴らしい演奏会だった。
クレーメルという人は、おそらくヴィブラートのたっぷりかかったふくよかな音よりも、線の細めの音、音程の明瞭な音を志向した、現代的なヴァイオリン奏法の先駆けとなった人の一人なのではないか、と私は考えている。
ただ、ときどき鋭くとがった音を出したり、繊細とは言い切れない瞬間もあったりして、個人的には好きではあるが大好きとまでは言えないヴァイオリニストであった。
ただ、今回こうして生演奏を聴くと、やはりすごいヴァイオリニストであることがよく分かった。
明瞭ですっきりした音で、なおかつ、より若いヴァイオリニストたち(五嶋みどり、ユリア・フィッシャー、アリーナ・イブラギモヴァなど)に比べるとヴィブラートのかかった柔らかな音色なのである。
そして、もうかなりの歳のはずなのだが、若い頃のCDと比べてもほとんど衰えがみられない。
先日聴いたデュメイとは大違いである(デュメイの演奏も、これはこれで感銘を受けたのだが)。
もちろん、ときどきとがった音が聴かれるのも変わっていない。
繊細さという意味でも、上に挙げたような若いヴァイオリニストたちよりは、少し劣るところもある。
しかし、彼は一時代を代表するような大ヴァイオリニストだ、ということは今回はっきりと分かった。
そして、伴奏者のドゥバルグ。
2015年チャイコフスキー音楽コンクール ピアノ部門第4位の彼は、まだ20歳代であり、デビューCDも出しているが、私はこれまで全く聴いたことがなかった。
今回聴いてみると、かなりの実力者である。
特に、響きに対する感性が研ぎ澄まされている、という印象を受けた。
ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ、この曲はラヴェルらしい、きわめて美しい響きをもった曲だが、出だしのピアノによる単旋律からして、実に美しいソノリティを持っていた。
テンポ設定はなかなかに個性的で、同じく個性的なクレーメルのスタイルとも相まって、全楽章にわたってラプソディックな要素が前面に出ていた。
しかし、それでいてラヴェルらしさがよく出ているのである。
私は、もっと淡々と弾くラヴェルが本来好きなのだが(例えば、イブラギモヴァ&ティベルギアンによるこのソナタのCD)、それでもこの演奏はラヴェルではない、とは感じなかった。
これは、響きの美しさ、繊細さのためではないかと考える。
よく響くのに全く濁らないこの響きは、ほかにどこで聴けたことがあっただろうか。
私は2階席で聴いていたのだが、このくらい遠い席だと、ホールの響きによって多少濁ってくることが多い(かのツィマーマンもそうだった)。
だが、ドゥバルグの場合は違うのである。
クレーメルの音もまた、響きが柔らかでとても美しいのである。
同じことが、次のフランクのソナタでもいえた。
特に印象的だったのが、第1楽章でヴァイオリンが一通り主題を提示した後の、ピアノ・ソロによる推移部。
流れるような美しい推移部で、誰しも美しく流れるように弾くのだが、ドゥバルグの場合は違う。
流れていかないのである。
一歩一歩立ち止まっては確かめているような、そんな歩みである。
そのために、メロディはさらさら流れていくことなく、せき止められ、メロディラインはむしろいびつといってもいいくらい。
しかし、ここでの一音一音の響きの美しいこと!
いびつなメロディラインはとても個性的だが決して不自然でなく、まるでドビュッシーやラヴェルを聴いているかのような繊細な響きに、存分に酔いしれるのである。
アンコールのイザイも、とても美しかった。
これほどの演奏会なのに、観客がやや少なかったのが残念であった。