旧大久喜 鉱山 | 鶴嘴さんのブログ

鶴嘴さんのブログ

全国の旧鉱山や旧炭鉱の調査を行っております。

四国鉱山巡礼は大分県から愛媛県へと上陸した
一晩目は コンビニのサ◯クスさんに許可をもらいテントを設置した。

大型トラックも数台いて車体の熱で暖かかった
しかし 夜中からテントが凍り、朝になるとバイクが真っ白に凍っていた。

初日からヤマ場をむかえた…


寝袋とは凄い物で そんな寒い中でも身体にはうっすらと汗をかいていた。


洗面を終わらせ愛知県 喜多郡 内子町へと向かう
到着すると草刈りをしている方にお会いした。

その方に鉱山跡地を聞くと、

「その山を越えたところやね」

教えてもらった通りに山道を登る。

反対側の険しい方から入ったみたいだ。


少し走ると見えてきた、


変電所らしき建物、和式な建屋だ、



壁には ガイシやブレーカーが残る。

黒板には、1000kw契約電力と書かれてます。


部屋の中を見渡せば作業心得やこんな物も、

昭和47年のチャンピオンだ…

閉山間近 閉山後の物か?

鉱山跡地には古い新聞や雑誌などが残っている自分が産まれてない時期の物なので懐かしいとは思わないが その時代を感じる事ができる。


変電所を出て正面には、



山ノ神 神社でしょうか?

入口の石碑には 大久喜 鉱山労功組合の文字が彫られている。



そして 南側へと歩く、

この日は 晴天で高台から見る風景は 絶景である



そして 登り詰めると広大なズリ山 ワイヤーが垂れ下がっている。

空中索道が設けられていたのだろう、

運搬方法は 人力から空中索道にかわり最終的にインクラインとなったという。


坑口は数ヶ所あったのだが高台にあった 坑口から鉱石を選鉱所に送られていたみたいだ。





坑口は昭和坑のみ現存する、



近年まで開口していたらしいが一足遅かったみたいだ。

小さなサイズの坑門に大きな扁額が印象的だ。



続いては 選鉱所 東側へと向かってみよう。