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本日はblogを介してかかわりをもつこととなった、RtR の会合に参加させていただきました。


折りしも、何か、どなたのお役に立つ仕事はできないものか?と悩んでいた時分。

天の声に吸い寄せられるように、手を挙げさせていただきましたが。


るみさん、ありがとうございます。


今日は日本支部のLaunching Party。Founderのその他みなさまから、貴重なお話を伺うことができました。



偶然にも、会場は友人宅。何度も訪れた場所ではあるが、何となく緊張。

一人で参加するパーティーの不安から、友人を強引に呼び出す。

しかし。当然なのだが。友人はその場では、周囲の方々に大人気。ぽつーん。
気を遣わせてしまい申し訳なかったが。さすがにそこは公人一族。そつなくこなした友人に感謝。


終盤は、同じようにスタッフに名乗りをあげた方、その他みなさまとお話することができ。

恐る恐る足を踏み入れたパーティーでしたが、様々な方にお目にかかるよいチャンスでした。

私にとって、とても実り多い時間となりました。


何か、微力でも小さなお手伝いができたらいいな。

そう思っています。


黄色いプッチのワンピースを見かけた方。ぜひコンタクトください!

出会ったみなさま。ぜひまた近々お目にかかることを楽しみにしております。


(などといいつつ。友人にちゃっかり次回ワールドカップのチケット&ツアーをお願いする私。現金。。。)

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銀座線。隣の女子のゴヤール、見たことない型。
変わったコートだなぁと見ていたら。

0120923923。ありゃ。木村佳乃さんでした。

やっぱり綺麗であります。

優れているから、女優なんだね。


隠し撮りをする失礼な私。



ステイタスどこに求めるか。ただ、それだけですが。


ある一部の方には、この話題愕かれることでしょうけれど、

いつも、Priceless!ばかり話題にするのでたまには。。。。



会員数、年会費、Criteria、限度額、その他サービス等々・・・・。

闇に包まれた"Mistique"のAMEXのCenturionカード。

いわゆる、ブラックです。


MKオルセンが持っているとなると、未成年でも持てるのねと愕いたり。

家が買える話を聞いて驚愕したり。


とにかく、話題の尽きない"ステイタス"のためのカードであります。

このカードのサービスに関しては、またいつか。知りたい方はメールでも下さい。



さて。その、センチュリオンの上を行くステイタスを持つカードがリリース。AMERICAN EXPRESS RED


なんと。年会費:Lifetime free!!アメックス初。なんと言うステイタス!!Priceless!


USのBonoらが設立したFund:(RED)。GAPやMOTOROLA、Converse、apppleも参画し話題に。

Red CardはTotal Spendの1%を、基金へ。8,500人/DAYと言われるアフリカでのHIVキャリアへの支援や

母親、教育支援ファンドに既に2500万ドルの投下をしているとのこと。

どの程度の継続支援を視野に入れているのかは不明ですが、

MILANのファッションウィークをサポートしたり、ユニークなアプローチもあるようです。


UKの銀行口座と住所、SSNが無いとダメ。ということは。残念ながら、日本ではLaunch未定のよう。


まあ、日本はチェック社会ではないため、チャージカードしか存在せず。(debitのようなものです)。

リボや分割払い、トランザクションで利益をあげるVやMブランドと違い、AMEXは基本1回払い。

年会費無料のサービスは、融資焦付きの危険を伴うことは理解しますが。

せっかく、REDに第一声名乗りをあげたらしいこのカード。日本でも対応して欲しいなと残念。


まあ、なんにせよ。AMEXといえば青のイメージですが。赤。

なんだか惹かれます。プロモーションすら行われていませんが、真っ赤なカード、いいですね。

私は、黒だったらこっちがいいな。空港のゲートで止められるなんて嫌ですもん。


しかし。その1%は、ただでさえお高いトランザクションに上乗せなのか、AMEXが捻出しているのか。

ま、後者に間違いは無いんですが、4.8bnGBPが毎週投下されているとなると気になる。

UKってAmex強いんでしたっけ?



Red ProjectのBlog (ボノも書いてます)、興味のある方はどうぞ。(このあたりMyspace全開です)。


この10日ほど、ずっと頭にひっかりながら、今ひとつ進捗しなかったapplicationがあった。

4月18日0時に締め切られるその募集を見つけたのは、2週間前。


ちょっとずつ調べ物をしたり、ドラフトを作ってはいたのだが。提出はしないつもりだった。

今の私には背伸びでもあり、逆にちょっと不釣合いでもあり。

そして、彼のいる場所に近くなってしまうことが、とても嫌だった。関係、ないと知りつつ。


ご存知の通り。一週間前の彼のバースデー。私は電話をした 。←こんなに情けなく。

もちろん、彼は電話に出ることはなく。何かのリアクションも無いままだ。


決して何かを期待して取ったアクションではないのだが、やはりどこかで気になると言うことは。

期待値がゼロではないということ。心のどこかで、何か期待していると言うことになるのだろう。


期待すると言うことは、ほぼ100%の割合で、裏切られると言うこと。

他人が誰かの期待に応えることはできないから。それは、ストレスとなり自分を苛む。

だから。皆が口を揃えて言うように。「期待しない方が、ずっと楽」なのだろう。

B男も以前言っていた。

「お前みたいに鷹揚で、性善説ばかり言って簡単に他人を信じすぎるやつは見たことがないよ」


誰もがご存知の通り、私はすぐに男性(しかも超のつくだメンズ)を好きになる。

雰囲気と感情に流されやすく。口説かれるとすぐに相手を信用してしまう。

思うにそれは、信用と言うよりも。相手に対する一種の期待だったんだと思う。



29歳の時。家族含め、長年親しくお付き合いした男性と結婚を控えていた。


28歳の夏。私は、海外に滞在していた。現地の仲間たちは言った。「あなたも本格的に来ればいいのに」。

彼を100%信頼していたと思っていた当時の私は、なんの躊躇いもなく答えた。

「留学は、また努力すればチャンスがきっと来る。今が最上の契機だったならば、2番目、3番目でもいい。

でも、彼との人生は、他に替え難いもの。だから、今は帰るよ。いよいよ、彼と結婚すると決めた。」

そう言って私はNYからの国際電話で、彼の4年越しのプロポーズを受ける返答をしたのだった。


でも、両親にも兄弟にも反対された。理由は。彼がの収入があまりにも少なかったから。

そして、彼は転職し、マンションを持ち仕事と夢を持つお姉さんの元に転がり込み、半年後に結婚をした。

次の相手は友人曰く、「んー。おかんみたいな女だよ」。私とは正反対のタイプだと。


当時2人は家族も、友人も、生活も、仕事も。生活のほぼ大半をシェアしてしまっていた。

突然、何もかもが無くなったような気がした。


私は、ものをつくる仕事をしていた。しかも、半分はフリーランス。


収入も雇用も安定こそしなかったけれど。好きなことをやっていた。

気合を入れて仕事をこなせば、かなりまとまった金額を得ることも可能だった。

ただ座っているだけでは1円にもならないが、手を動かせばそれだけの結果が生まれた。

時間は自由になるし、結婚をして家庭に入り子供ができても、自分のペースで仕事ができる。

彼は、同じ業界のバイヤーだった。彼が極僅かな出資から始めた副業にも、昼夜を問わず尽力し。

気づけばまとまった結婚資金を得るまでになっていた。

2人で独立することも念頭にあったため、なんだかとても、都合がよかった気がしていたけれど。


彼が私に告げたのは。「中途半端なんだよね、お前は」


その一言だった。

私は、すごく悲しかった。最も痛いところを衝かれたのかもしれない。

そして仕事を辞め、サラリーマンの道に戻った。見返してやりたかったのか、自分が恥ずかしかったのか。

失ったものを取り戻すべく、キャリアが欲しくて。昼夜問わず無我夢中で仕事に没頭し、3年が経った。


友人たち、家族から「無理しすぎなんじゃないの?」

そう言われながら、ただ目の前の仕事をこなし、階段をのぼり、サラリーとポジションを上げた。

目の前に出しが成果が積みあがっていく。目に見えるその作業はとても楽しかった。


仕事に没頭した時期。合間を縫って寝る時間を削っては飲み歩き、パーティー三昧。

外資金融、IT起業家、スポーツ選手。レーサー。スペックだけの男性と、短いお付き合いを重ねた

時折、その狭間狭間に、優しくて家庭的な男が入ってきた 。(**全てリンク先参照)

でも。安定と安らぎより、刺激と向上を求めた私にとって。安定は退屈で、包容はプレッシャーだった。

悲しいことに、その愛情に対し、至極勝手で傲慢な態度でしか、応えられなかった。

その度に自己嫌悪に陥り。人を傷つけるくらいなら、自分が傷つくほうが、ずっといい。そう思った。

だからお相手は、どれも自分に夢中なだけの短命なだめんずに戻る。でも、それでよかったのだ。

私の邪魔をする男なんていらない。恋愛は、生活の彩りに過ぎない。そう思っていたから。


何時の間にか、私は好んで、痛々しい女になっていたのだと思う。

そして誰よりも、そんな自分を嘲笑した。

本気でまた誰かを大切に想い、愛して、失うのが怖かったから。もう、泣きたくなかったから。



しかし、たぶんそれは。自分の根源にある気持ちのパラドックスそのまま。トラウマに過ぎない。

もう二度と会わない、話すことすら無い元彼を見返してやりたかった気持ちを原動力にし。

私は、ひとつの夢と鷹揚さを持った自分を燃料に引き換え。

満足できる自立した自分、安定した生活、キャリアと収入という、新しい道を目指したのだと思う。


でも結局は、あの日手から滑り落ちた婚約指輪と婚約者を超えるものを見つけたかったんだと思う。

原点は変わらない。私は家庭を持って、子供を持ちたいと思う気持ちが強いのだと思う。


あの時自分に足りないと思ったものを継ぎ足してゆけば。その先には幸せがあるような気がしていた。

だから私は、向上心の強い男に惹かれるのだ。自分が自分に対して、コンプレックスが強いから。


もしかしたら。単にあの男より頭がよくて、あの男より優れた強い男を捜したのかもしれない。

いや。1番私が探しているのは。あの男より私を守ってくれる男なのかもしれない。


私を、裏切らない男。腹心の信頼、お互いが距離を保ち、自由になれる相手。駆け引きの不要な相手。



漠然とそんな不発弾を抱えつつ、ただ、仕事に没頭した日々が続き。わたしは、からっぽになっていた。

ちょうど1年前。2年半働いた職場を離れ、ふと猪突生活に一息ついた時。隣りにいたのがBだった。

彼は古い知人だったこともあり。何でも言い合え、何より無理をしなくてよかった。

わたしが、しょうもないこと。おバカなこと。Spoilされた立場であることを知っている心地よく楽しい相手。

しかし。およそ結婚と言う単語の真逆にいる男から、

「お前となら家庭と子供を持ってもいいと思う。家族とも住めない俺が初めて他人一緒にいて楽しいし」

確かに、彼は実家と程近い場所に一人で住んでいた。家族でも、毎日一緒だと息が詰まるのだとか。

そういわれたことを契機に、おままごとのような生活を共にした。毎日私は彼を起こし、夕食をを作った。

毎日、私が三田のTSUTAYA、あるいは彼がヒルズのTSUTAYAで入手したDVDを観ながら。

あるいは、ゲームをしながら。毎晩、全く同じ好みのビールとワインをとめどなく空けつつ。

私の作った食事を彼は食べ、食後には彼とのセッション、そして、マッサージをして眠る日々。

穏やかな、なんでもない毎日が続いた。ふと、また結婚が頭を過ぎった。


「仕事を始めると、お前働くの好きだし、帰ってこなくなるしな。別に住んだ方がいいかも。」Bは言った。

そうなると。正直、私はもはや就職活動より、彼との生活を優先した。

それでも、4ヶ月ほど経過し、私は彼の理想どおりの会社に入社。地獄のように忙しい毎日。


そして。彼もまた、私から離れて結婚した。私はまた、大きなものを失いコンプレックスが増えた。

(このあたりはB男逸話集をご参照ください )



また、結婚したいと思う気持ちと。どうしても親になりたいと思う気持ちを持て余し、厭世、厭人。

ぺらぺらにやせ細った体と心は、障るものを全て傷つける、うすっぺらい紙のようだった。

すべてを持て余し、心身共に限界に達していた私は、2007年を迎えると直ぐに旅に出た。


そこで再会したのが、彼だったわけだ。(NY恋物語参照 )

彼は、私の一挙手一投足を愛で、過大な愛情表現で私を包み、昼夜場所距離を問わず愛を語った。


頑なに心を閉ざしていたはずの私であったのに。その氷の扉は、あまりの熱情に溶けてしまったのか。

私はまたあっけなく彼を信じ、自らの全てをぶつけててしまったのだ。疑うことを知らずに。

出会ったばかりの彼に、きっと多大なる過多の期待をしたのだ。重たい荷物を背負いながら。


そして、映画のような恋愛の日々は、映画なので当然ではあるが、あっけなく終わりを迎えた。

今度こそ、もう二度と恋愛などしない。もう男など信用するものか。脆弱と知る浅薄な想いを、胸に刻み。



恥ずかしながら、期待しないと言うこと。最近ちょっとだけ理解できたような気がする。


今まで私は、自分に言い寄る男性に期待をしたんだと思う。「この人なら!」って。

恋愛の始まりそうなサインをキャッチすると、すぐに交信を始めてしまう。

だからいつもすぐに恋は始まり、終わる。映画のようなドラマティックな恋愛。


でも、「恋愛は無理」。そう言われつづけ。そう割り切ってみると。期待をしなくなる。


今までなら、恋愛のスタートになりそうなサインがあっても。もう気持ちは動かない。

これはいわゆる不感症なのかもしれないと思ったわけだが

期待をしないと言うことは、裏切られないと言うこと。皮肉にもある種余裕が生まれる。

冷静になってきた。


海外に住む友人たちと会った時。皆年齢は同じだし、生活は安定していない。

でも、彼女たちは好きなことをやって満たされていた。


「結婚はね、できないと思ってるから」「ま、いつかできればラッキーかな」

口々に同じような台詞を口にした。

ちゃんと、割り切っているのだ。やりたいことをやるために。自分が満たされる術を知っていた。


確かに、私は中途半端だ。また、あの3年前に引き戻された。

もう、何かを誰かに期待するのはやめよう。もうすこし、冷静になるまで。


結婚したいんだったら。子供が欲しいのだったら。その欲求をちゃんと受け止め。

そこに真っ直ぐ向かう自分の生活スタイルと言動を全うすべきであるはずだし。

偉そうなことを、難しい顔をして言ってばかりいないで。素直に可愛くなればいいのだ。


自分が満たされたいのであったら、もう一度自分の思う道を進むべきだと思う。

いずれにせよ、自分で納得して。誰かが変えてくれる、助けてくれると期待するのではなく。


自分でコントロールし、できる妥協を見極め、自分で結果を導かなくてはならない。

ま、それでも想定外の嬉しいことがあればいいのに。と思ってしまう気持ちもある。これも、期待なんだな。


期待しないと言うことは、なんとも難しいことである。

じゅう と じゆう


日本語で書くと、同じようにも見える。



自由は平和の上に成り立つ。

平和を維持するのは兵力なのだとすると。銃は自由を守るためのものでもあり。

銃を持つのは、自分と自由を守るためだとすると。

一体もう、何がなんだか。ニワトリタマゴでよく分からなくなってくる。



ただ、思うのは。

人には、人の自由や命を奪う権利はないということ。


日本人とアメリカ人が銃を保持する理由は、基本概念が全く逆であると言うこと。


アメリカ人は、身を守るために銃を保持する。

それは、「周囲が悪い人で、銃を持った人に襲われたら危険だから」

という性悪説に基づく。これは、キリスト教の教えに基づく。


日本人は、誰かを攻撃するために銃を保持する。

「悪い奴は、懲らしめなくてはならない」という一種の正義感。性善説に基づく。

保身のために銃を保持する人などと言うのは、殆ど存在しない。


それでも、同じだ。

誰かが、誰かの命を奪う。そんな権利など、誰にも無いはずなのに。



私も友人に銃をたしなむものがいる。

ハンターである。


彼らは山に入り美味しい獣を取ってきてくれるのだが

ハンティングを楽しむために、酒を飲まなくなった。

何か万が一の有事の際、真っ先にその楽しみを奪われるからだと言う。


ハンティングと言うスポーツ、レジャーは、否定どころか肯定であるが

何となく銃が持ててしまうとしたら。


その銃口はいったい、どこにむけられてゆくのだろう。


コロンバインの、あの衝撃的な映像を思い出してしまった。


長崎市長の回復と、Virginiaでお亡くなりになった方の。事件の被害者のご冥福を祈ってやみません。


渋谷の丸山町にある、古い日本料理屋。


叔父と、叔父に紹介を頂く女性との会食。



お座敷に足を踏み入れ、愕いた。



芸者がつくのだ。



渋谷と言えば、若者の街。「イマドキ」のエッジにあるような街だと思っていたが

そこは、古きよき時代をそのままに切り取ったような時間。


未知との遭遇。


どんなおばあさんかと思ったら。芸妓さんは、若くて綺麗だった。


そして、店を出ようと座敷から出た時。


カウンターに座る友人(別名アマゾネス)とばったり遭遇。


なんとも、不思議な夜だった。



先日、ハラマキの話題を出した際、女子の食い付きがよろしく。

代謝の悪い今時女子が、いかに「冷え」に悩まされているかを知りました。

体脂肪の多く筋肉が少ない女性は、血流が悪くなりがち。
男性より冷えやすいのです。

おそらく、まさにQTで。男子には「シリタクナイ」秘密ではありますが。


かく言う私も、代表格。
10代から、冷えと肩こりに悩まされ続けました。

しかし。ハラマキの効奏か妙齢かは定かでありませんが。

急に、治ったのです。劇的改善。

あ、タイトル間違ってますね。不感症ならぬ不汗性でした。(笑)

私は10代にもかかわらず。、サウナに入っても。真夏炎天下ゴルフでも。ほとんど汗をかかない病的な冷え体質でした。


しかしあれは30歳を迎えた頃。
自分のデスクが窓際。常に直射日光。しかも、背後30センチにプリンター3台。
草木は倍速で育つほど常夏な気温でした。

気付けば、毎日ノースリーブ。一人汗をかくように。

ハラマキも5本指ソックスも欠かさず。半身浴。夏場でも、温かい飲み物。

多々、気を付けてまいりました。

でもね。

不汗症は治れども。
もう傷付かぬようにと、閉ざした気持ち。心の病につける薬はあるのだろうか?
不感症の治療方法、どなたかご存知ありませんか?

日曜のうららかな昼下がりのねたとしては、非常に不似合いだけれど。

アメリカで体験した不思議な事件があった。


今まで、一体なんなのか。よく理解していなかったのだが。
気づけば、あれはいわゆる、蔑視そのものであったということ。
今まで海外にいても、蔑視を実感したことは無かった。


インドに行っていた頃は、人種と言うよりは民族の差異を体感することは多々あれど。
悲しいかな、あくまでそのヒエラルキーの中にすら属さず、立ち居地は無かった。
私の中では、差別ではなく、一つの事実を傍観していたに過ぎなかったということ。


まぁ、私はどこに行ってもどう見ても15-6歳なので。
子供に対してあからさまな表現をされてこなかったのかもしれないけれど。


とある日。私は西海岸のリゾート地にいた。そこはディズニーランドの街。

米系の大きなチェーンホテルは、リゾート色満開。スタッフのコスチュームもアロハ。


私は、タワー上層階に宿泊していたのであるが。 タワーにはエレベーターは4基しかない。

だからいつも、待つ。

ある時。一人ぼっちで退屈していた私は、ロビーに降り立ち。
consiergeに相談し、置いてあるツアーパンフレットをあれこれ物色。いくつかピックアップして部屋に戻った。

と。向かいのTARGETで買った好物のグミの袋を、ロビーのソファに置き忘れたことに気づいた。(これ↓)


あーめんどうだなあ。と思いながら。

どうしてもグミが食べたくなった。 他で見たことのない、、
中にジュースが入った新作をゲットしたからである。(阿保)


で。しぶしぶ部屋を出て、エレベーターを待つ。

いつもながら、なかなかランプは着かない。

漸くやってきたエレベーターに乗り、ロビーへ。


開いたドアからは、5-6人の東海岸アクセントの米人男子(30代)が、ゴルフバッグを抱えて乗り込んできた。

彼らの荷物の多さに愕きつつも、ドアをキープしごく当たり前に挨拶を交わして降りた。



目の前のソファにぽつんと置かれたそのバッグを取り戻し。

私は、まだ乗降中だった、今降りたエレベーターにまた乗ろうとした。



と。彼らの一人が、私に言った。


「乗れないから、降りて」


エレベーターはキチキチ、と言うわけではなく。明らかにスペースは空いていた。

そして彼らが笑っていたこともあり。私は、それは何かの軽口なのではないかと思った。

第一、この箱をやり過ごしたら。また5分もロビーで待たなくてはならなくなる。ありえない。


「小さいし、そんなに重たくないから。ブザーは鳴らないよ」


ふざけてそう言って箱に足を踏み入れ、背中を向けると。エレベーターのドアは閉まった。

ドアサイドに立つ私。彼らのリクエストする階のボタンを押してあげる。

その時。そののざわめきの中で誰かが言った。


「She's Jerk」



は?


耳を疑った。


未だかつて、Jerkと言われたことなどなかった。なぜなのか、全く理解できなかった。



6階、8、10階。彼らが順番に、背後から降りてゆく。1番上のフロアのボタンは、私だ。


その後は何かを言うわけでもなく、私は理解できない怒りに興奮し

一瞥することもなく彼らが降りるのを待った。ただ、やり過ごした。


15階にリフトは到着し、私は怒りにぶつぶつと独り言を言いながら、部屋へと向かった。


何か、失礼なことをしたか??何か言い返せばよかった?

一体、なんなのだろうと。



ドアを開けると、彼が部屋に戻っていたのだが

あまりに私がぶつぶつと怪しい独り言(しかもテンション高め)で勢いよくドアを開けたので

とっても愕いていた。

私は矢継ぎ早に今起きたことを話すも、彼は無関心というのか。

特に、何がいけないのかわからないね。と言う話になった。


その後、現地に住んでいる友人にもその話をしたが、彼女も理解不能だった。



何となく時は過ぎ。いつしかそのことは滓のように残りながらも、忘れていたのだが。

先日、彫金マダムと別の話をしていた際に気づいた。海外生活の長いマダムたち。



それは、有色人種と同じ空気を吸いたくないからではないかということ。
同じ空間に閉じ込められることが、不愉快だと言うこと。


ああ、そうか。

そういうことだったのか。


そこは、西海岸。歩けばヒスパニックの嵐。そして、リゾート地。
リゾートホテルの宿泊客。そして、相手は子供であるにもかかわらず。(子供じゃないけどね)。

東海岸のオフィスや高級ホテル、デパート、というわけではなかったし。

恥ずかしながら、全く想像すらつかなかった。 まさか、と思ったけれど。そういうことだったのだ。


人種差別以外の、何ものでもないということ。


日本でも、外国人に部屋を貸さない大家さんや、エレベーターを嫌がる人は見かける。

それと、全く同じことだと言うこと。


何でも、痛みは受けてみないと分からない。
同じ人として、何の違いが在るのか分からないけれど。

多様な民族を受け容れるはずの自由の国で、最も民族主義的な排他性を目の当たりにした。

自らが蔑視の対象になって初めて、その不愉快さと憤りに気づく悲しさ。
理解することすら出来ず、解決策が無いことへの憤りと虚無感。


もちろん、Bushをはじめとする共和党の極右民族主義は承知している。

現在、全米のトピックスである大統領選を控え、Obama氏の人気の根源はここにあるのだと思う。

でも、それは同時に。無意識裡に自分も同じ事をしているかもしれない、得体の知れない不気味な怖さ。


皮肉にも私が思い出したのは、彼のホームタウンでのあの選挙。

優勢だった現職George Allen(共和党)のMacaca失言による、敗退 (リンク先はビデオです)



格差社会もヒエラルキーも否定するわけではないのだが

自らの努力で変えられない背景にしか、存在価値を見出せないのだとしたら。

それはあまりに偏狭で悲しく、その先にあるのは傲慢と争いでしかないのだと思う。

受ける側の屈辱を知り、初めて私はそのベクトルを発する側には立ちたくはないと、強く感じるパラドックス。


お天気がよすぎて鬱になるような、底抜けに明るいLAの空。あらゆる地域から集まる子供たちの嬌声。

そんな中での、ちいさく切り取られたワンカットは、あまりにも重くグレーで。


色んな意味で、思いに耽り、悲しい旅でありましたな。


あ。今日は、パリマラソンだ。パリは雨みたいで、ちょっと心配。

あー、ぐみ、日本で買えないかな。。。。

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こんなことがあったから 、と言うわけではないのだが。。。。

昨夜、いや、今朝、と言うのが正しいのか。いい歳をして、19時から6時まで、正味11時間も飲んだ。

腹を割って話せる女子飲みは、あっという間に時が過ぎ。
度が過ぎ。。。。。


今日は食欲ゼロ。

とは言っても。何かお腹に入れなくては、お酒も抜けない。

仕方ないので、ありもので強引な朝昼夜ご飯。

丁寧にかつおとお昆布でおだしを取り、シンプルなおうどんのみ。

お葱がないけれど、お使いに出る元気もなく。

さすがに今日は、飲みません。。。。