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グルコサミン博士のブログ

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観光地としてにぎわう軽井沢銀座。そのすぐそばに、驚くほど静かな時間が流れる場所があります。一本奥へと続く小道の先、そっと身をひそめるように佇むのが、軽井沢教会です。

この教会の起源は1905年、プロテスタントの信仰に基づく礼拝の場として生まれました。設計には、以前にも書いたが、数々の教会建築を手がけたウィリアム・メレル・ヴォーリズの美学が色濃く息づいており、無駄な装飾をそぎ落とした素朴な佇まいが、かえって深い敬虔さを感じさせます。

 

木造の礼拝堂は、まるで森の一部のよう。中に足を踏み入れると、軽井沢彫りが施された説教台や聖書台が静かに迎えてくれます。100年以上もの時を経て、信仰の言葉が積み重ねられてきた場は、建物というよりも記憶そのもののような存在です。

ここには、決して声高な祈りはありません。木の椅子に腰かけ、そっと目を閉じてみてください。きっとすべてがひとつのリズムを刻みはじめ、自然と祈りへと心が導かれていきます。

 

祈りとは、決して特別な行為ではなく、日々の感謝や願いを静かに重ねること。 その大切さを、この小さな礼拝堂はそっと思い出させてくれます。

 

現在も、毎週日曜日には信者による礼拝が行われており、観光の合間にふと立ち寄った人々にも、信仰の空気を優しく分け与えてくれます。特に夏季シーズンは観光客にも開かれ、多くの来訪者が訪れるので、それもまた「祈りが生きている場」の証かもしれません。

 

場所は、軽井沢銀座通りにある「三笠カフェモカアイス店」のすぐ隣の小道を入った奥。ほんの数十歩進むだけで、町の喧騒がすっと遠のき、木々に包まれる静寂の中へと誘われます。

 

もしあなたがプロテスタントのクリスチャンであれば、旅先の日曜日にふらりとこの教会を訪ねてみてはいかがでしょうか。信仰を同じくする者として、見知らぬ町の中で交わされる祈りの時が、きっと深くあたたかいものとなるでしょう。

「追分コロニー」は、軽井沢町追分に位置する古書店で、「豊かな暮らし」をテーマにした多彩なジャンルの書籍を取り揃えています。店名は、詩人・立原道造の構想した「浅間山麓に位する芸術家コロニィの建築群」に由来し、文学や芸術に親しむ人々に愛されています。

  • 多彩な書籍ジャンル:「衣・食・住」「アート」「音楽」「旅」「趣味」「健康」「文芸」「経済」「社会」「哲学」「政治」など、幅広いテーマの本が並びます。

  • 地域とのつながり:隣接する「文化磁場油や」では、アート・クラフトの展示会や古本市・骨董市などのイベントが開催され、地域文化の発信地となっています。

  • 温かい雰囲気:靴を脱いで上がる店内は、まるで知人の家に遊びに来たような感覚を味わえます。店主との会話を楽しみながら、ゆったりとした時間を過ごせます。

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軽井沢の追分、静かな自然に囲まれたこの地は、日本文学の繊細な作家、堀辰雄が愛した場所の一つです。彼の名作『風立ちぬ』や『美しい村』には、ここ追分の風景や空気が静かに息づいています。

追分には堀辰雄記念館があります。

堀辰雄は、昭和のはじめに活躍した作家で、繊細な感受性と独特の叙情性を持ち合わせていました。生涯にわたり病弱でありながら、自然の中で過ごす時間に深い癒しと創作の源泉を見出しました。彼の作品は、命の儚さや人間の心の機微を、軽やかで美しい言葉で綴っています。

 
軽井沢の清らかな空気と美しい自然は、堀辰雄の心を慰め、彼の作品に静謐な彩りを添えました。追分に滞在した時期には、多くの思索と創作が生まれたといわれています。ここでの時間は、彼にとって人生の中でも特別なひとときでした。
堀辰雄の『風立ちぬ』はツレがもっとも好きな日本文学作品です。彼は至るところにこの本があり、よく読むところはボロボロになっています。ずっと昔から淡々とその内容を話され、私も魅了されましkとを記憶しています。いざ読もうとすると、言葉が古いので、私にもちっと読みにくかったです。

堀辰雄は、多恵子さんという方と結婚しました。多恵子さんは、病弱な彼の支えとなり、深い愛情で見守り続けました。その静かな愛の営みは、堀辰雄の作品にある優しさと繊細さの背景にあるとも言われています。多恵子さんと過ごした追分の自然の中で、彼は心の平安を得ていたのでしょう。
堀辰雄記念館は、そんな彼の人生と文学を身近に感じられる場所。ゆったりとした空間に流れる静かな時間は、まるで彼の心の声を聞くようです。
「幸福はそれを失うまでは、なかなか気が付かれないものです」
「僕はただmあの人のそばにいて、そっとその手を握ってやるよりほかはなかった」…
窓の外に広がる緑の風景を眺めながら、繊細な言葉の一つ一つをかみしめてみてください。
軽井沢駅から車で15分ほど、追分のバス停からは徒歩数分の場所に位置しています。訪れた後は、ぜひ近くの「油や」で地元の食材を活かした料理に舌鼓を打ち、穏やかな軽井沢の一日を締めくくりましょう。

油や(あぶらや)は、軽井沢・追分の歴史と文化を深く感じられる場所です。

もともとは中山道追分宿の脇本陣として、江戸時代から続く老舗旅館でした。昭和13年に現在地に移転し、堀辰雄や立原道造、加藤周一などの文士たちが宿泊し、執筆活動を行ったことで知られています。 

平成24年にはNPO法人「油やプロジェクト」が設立され、油やは「文化磁場油や」として再生されました。現在では、ギャラリーやイベントスペースとして地域の文化活動の拠点となっています。

 

また、油やSTAYとして、昭和の雰囲気を残した本館2階の和室5部屋で素泊まりの宿泊も可能です。宿泊は木曜日から日曜日までで、事前予約が必要です。

館内には、堀辰雄が宿泊した部屋「つげ」や、立原道造の「小さな小屋」など、文学や建築に興味のある方にとって魅力的なスポットが点在しています。また、近隣には「追分コロニー」や「油や回廊」など、アートやクラフトを楽しめる場所もあり、散策と合わせて訪れるのがおすすめです。

 

油やでの滞在は、静かな自然と歴史的な建物に包まれながら、文学や芸術に触れる贅沢なひとときを提供してくれます。追分の風情を感じながら、ゆったりとした時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。

 

軽井沢の豊かな自然の中に静かに佇む「石の教会(内村鑑三記念堂)」は、その名の通り、重厚な石と透明なガラスが織りなす唯一無二の建築美で知られています。

設計は世界的建築家・村野藤吾によるもので、石の重みと自然光の柔らかな輝きが見事に調和。

訪れる人は、まるで大地に優しく抱かれているかのような安らぎを感じることでしょう。

ここはキリスト教思想家・内村鑑三を記念する礼拝堂であり、彼は明治・大正期の日本において信仰と倫理の重要性を説き続けた人物です。軽井沢とも深いゆかりがあり、その精神がこの場の静謐な空気となって今も息づいています。

一方、軽井沢高原教会(光の教会)は、建築家・村野藤吾の息子である村野広司の設計によるもので、十字架の形をした大きな窓から降り注ぐ自然光が、内部の空間を神聖な光で満たします。

 

木々に囲まれたその場所は、自然と調和した祈りの場として、結婚式の会場としても日本有数の人気を誇ります。ここで誓いを交わした夫婦の名前が教会内にずっと飾られており、訪れる人の心に温かな余韻を残します。

 

季節ごとに行われるライトアップは、夏の涼やかな夜や雪に包まれた冬の幻想的な光景を生み出し、多くの観光客の心を惹きつけています。

 

教会周辺には、ホシノグループが手掛ける自然と調和した人気スポットが点在しています。代表的な「ハルニレテラス」は、小川のせせらぎを聞きながら散策できるおしゃれな複合施設。

地元の食材を活かしたカフェやレストランが軒を連ね、訪れる人々に安らぎの時間を提供します。

 

また、「トンボの湯」は名湯として知られる温泉施設で、自然に囲まれた露天風呂が心身を癒します。

さらに、「野鳥の森」では、四季折々の野鳥のさえずりと森の息吹を感じられ、軽井沢の自然を満喫できるスポットとして人気です。

これらのスポットとともに、石の教会と高原教会が織りなす精神性豊かな空間は、訪れる人の心を深く打つことでしょう。

今日は、7月16日。
「虹の日」とされています。


 

アラレ、君は今、虹の橋のたもとでどんな風に過ごしているのかな?
優しい風の中を走っているの?
日向ぼっこして、鳥の声に耳を澄ませているの?

 

ママは、君を思い出すたびに涙が出るけれど、
でも、それと同じくらい、君に出会えてよかったと心から思っています。

 

アラレ、ママはあなたのことを一生忘れません。
どんなに時が過ぎても、どんなに社会の波に流されても、
君はママの娘であり続けます。

ママは、毎日君を想っています。
君が見てくれていると思うから、
ママはなんとか立って、進もうとしています。

 

あなたもスタンプをGETしよう

アラレへ。

虹の橋のたもとから、
ママとパパのことを見守っていてくださいね。

そしていつか、
この人生を歩み終えたとき、
ママは、必ず君と再会できると信じています。

その日が来るまで、
ママはアラレのママとして、君に恥じないように生きていきます。

アラレ、ずっと大好きだよ。
虹の日に、君へ、
あふれる愛をこめて。

 

ママより

軽井沢を訪れる旅人の中には、静かな自然や文化的な雰囲気を楽しみにしている方も多いことでしょう。そんな軽井沢の奥、千ヶ滝(せんがたき)は、いまでは森林浴や自然散策のスポットとして親しまれています。

実は、昭和初期の千ヶ滝は、現在とはまるで別世界のような賑わいを見せていたのをご存知でしょうか?

 

当時の空気を今に伝えてくれるのが、「千ヶ滝小唄」。
観光客向けに作られたこのご当地小唄には、碓氷峠を越えて軽井沢に近づく高揚感や、千ヶ滝の魅力がいきいきと歌い込まれています。

碓氷越えれば 気も軽井沢 
降りる支度を 降りる支度を
千ヶ滝〜

列車で碓氷峠を越える頃にはもう気分は軽井沢。早く降りて、千ヶ滝へ向かいたくなる。そんな当時の旅のわくわくが感じられる歌詞です。

 
千ヶ滝は黄金時代があると言われています。

昭和初期から戦後にかけての千ヶ滝周辺は、軽井沢のリゾート開発の先端を担っていた場所でした。大手電力会社(今の東京電力)が中心となり、温泉付きの宿泊施設、ダンスホール、テニスコート、講演会場などを整備。山荘や別荘地の分譲も行われ、知識人や文化人、富裕層が集う社交と文化の場となっていたのです。

 

温泉と文化、さらに避暑地の自然が見事に融合したその空間は、多くの人々を魅了し、まさに黄金時代と呼べるにぎわいを見せていました。

 

時が流れ、かつての千ヶ滝の華やかな施設の多くは姿を消し、自然が静かにその場所を取り戻しました。

今では、遊歩道を歩いてたどり着くの滝音と、森の香りが旅人を迎えてくれます。

 

にぎやかだった過去を思い浮かべながらこの地を歩くと、そこかしこに記憶の残り香が漂っているようにも感じられるかもしれません。

「千ヶ滝小唄」に耳を傾けつつ、この滝にたどり着いたら、ぜひそっと昔に思いを馳せてみてください。
にぎわいも、静けさも、どちらも軽井沢らしさ。その両方が、この場所には息づいています。

ソニー創業者・大賀典雄氏の寄付により建設された軽井沢大賀ホールは、木の温もりをたたえた美しい佇まいと、国内外の音楽家を魅了する優れた音響を誇る音楽ホールです。

 

 

湖畔の静寂と調和するその姿は、まるで森に抱かれたひとつの楽器のよう。クラシックを中心にさまざまな音楽イベントが行われ、演奏の余韻は風に乗って、周囲の木々や水面に優しく溶けていきます。

私も毎年数回かこのホールで音楽を聴いたり、講演会に参加したりしています。

今年は5月に小山実稚恵デビュー40周年記念〜ベートーヴェン後期三大ソナタ演奏会を聞きに行ってきました。

 

 

今度は8月16日に行われる森麻季の祖プラン・リサイタルを聞く予定です。

 

この大賀ホールのすぐ隣には、矢ヶ崎公園という緑豊かな散歩道がありました。

私にとってここは、アラレと毎日のようにお散歩した思い出深い場所でもあります。

アラレはホールの中には入ったことはありませんが、雨の日には大賀ホールの大きな屋根の下で、しばし雨宿りをしたこともありました。そのとき、ホールの木の香りと、遠くから聴こえる音楽の響きが、アラレと過ごす穏やかな時間をより一層特別なものにしてくれたのを、今も鮮明に覚えています。

音楽と自然が出会うこの場所は、訪れるたびに心が静かに澄んでいくような感覚を与えてくれます。そして、大切な記憶をそっと包み込んでくれる、そんな優しさをたたえた空間です。

軽井沢の歴史ある建築を語るうえで、欠かせない存在が旧三笠ホテルです。

1906年(明治39年)に建てられたこのホテルは、すべて日本人の手によって設計・施工された純西洋式木造ホテルであり、軽井沢の鹿鳴館とも称されてきました。開業当時、宿泊料は一等12円、二等8円、三等5円だそうです。

昭和55年に国文化財として指定。

著名な宿泊者としては、犬養毅、近衛文麿、与謝野晶子、ジョン・レノンなどが知られています。サロンでは社交の場として音楽会や談話が行われ、軽井沢の文化と国際性の象徴とも言える場所でした。

現在、旧三笠ホテルは保存修復工事のため休館中ですが、2025年10月7日ついリニューアルオープンすることが決まっています。

 

 

修復では、明治期の雰囲気を残しつつ、より安全で快適な見学環境が整えられるとのこと。再開後は新たな展示や体験型プログラムも予定されており、建築ファンや歴史好きの方はもちろん、家族での観光にもおすすめのスポットとなるでしょう。

アクセスは軽井沢駅から車で約10-15分。自然豊かな三笠通り沿いにあり、旧軽井沢から散策がてら歩いて訪れるのも気持ちの良いコースです。駐車場の隣にもともと三笠茶屋があり、三笠ホテルのカレーを食べられるのですが、リニュアル開業後はどうでしょう。楽しみの一つ。

 

また、車のない方は軽井沢駅から草軽交通バスの北軽井沢方面行に、乗車8分、三笠停留所から徒歩2分でも行けます。

先日、NHK BSで再放送された「新日本風土記 軽井沢の夏」を見ました。番組は明治期の避暑地としてのはじまりから現在に至るまで、特に旧軽井沢を通してこの地に息づく営みと文化を映し出すドキュメンタリです。

 
私はもっとも惹かれたのは
①米軍基地計画に立ち向かった青年たち
戦後、軽井沢に米軍基地を建てるという話が出た時、地元の青年たちが声を上げ、反対運動を起こしました。

番組では当時のリーダーのひとりが登場し、静かな口調でこう語ります。

 

「この静かな森と川を守るために、私たちは声をあげた。ここは、未来へとつながるふるさとだから」

この言葉を聞いて、以前読んだ『軽井沢を青年が守った』という本のことを思い出しました。美しい町並みは、偶然ではなく、誰かの行動で守られてきたのだとあらためて感じました。

 

 

②受け継がれる伝統と、共に生きる人々

番組の後半では、長倉神社の祇園祭の様子が紹介されます。

そこで目を引いたのが、祭りのリーダーのひとりとして登場した、アメリカ出身の「ジョンさん」。

移住者でありながら、地元の伝統を担う姿がとても印象的でした。

ナレーションがこう語ります。

「国境や言葉を越えて、祭りはこの地の今を紡いでいく。千年続く祈りは、今、新しい手の中でも輝いている。」

伝統は変わらずに続くのではなく、新たな人々の手で受け継がれていくのだという、軽井沢らしい風景に心が温かくなりました。

 
なるほど、軽井沢という町は、静かな風景の裏に、守ろうとした人の意志と、受け継ごうとする人の思いが息づいています。