グルコサミン博士のブログ

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その日に最初に訪れたのは、地球岬でした。





雄大な太平洋を望む絶景スポットとして知られていますが、この日はあいにく霧が濃く、期待していた景色は何も見えませんでした。自然相手の旅ですから、そんなこともあります。しかし、それもまた旅の醍醐味かもしれません。


その後は室蘭の市街地や道の駅に立ち寄りました。


登別から室蘭へ向かう道中は国道を利用しましたが、支笏湖や洞爺湖の周辺で見てきた風景とは大きく異なり、倉庫や工場が目立つ工業都市らしい景観が広がっていました。同じ北海道でも、わずか数十キロ移動しただけでまったく違う表情を見せることに驚かされます。


そして目を引いたのが、白鳥が翼を広げたような美しい姿の白鳥大橋です。

青い海の上に伸びる巨大な橋は、室蘭のシンボルともいえる存在で、そのスケールの大きさに思わず見入ってしまいました。


室蘭を後にする前に、この旅で最初で最後の味噌ラーメンをいただきました。

その店は十数年前にラーメングランプリで選ばれたことがあり、店内の壁にはテレビ局の取材写真や有名人のサイン、メッセージカードが数多く飾られていました。華やかだった時代を感じさせる一方で、少し色あせた雰囲気もありました。


けれど、そんなことは関係ありません。


目の前に運ばれてきた一杯は、私にとって十分においしい味噌ラーメンでした。旅の終盤に食べる温かな一杯は、どこか北海道との別れを惜しむ気持ちを慰めてくれるようでもありました。


そして最後に訪れたのは、苫小牧の湿地帯。



華やかな観光地ではありませんが、静かな水辺と広がる緑の風景を眺めていると、この数日間の旅をゆっくり振り返ることができました。



支笏湖の透明な湖水、国際色豊かなニセコ、穏やかな洞爺湖、湯けむりの登別、工業都市としての力強さを感じた室蘭。


それぞれが異なる魅力を持ちながら、どの場所にも北海道らしい雄大さと豊かさがありました。


長い冬から目覚めた新緑の北海道。


その美しい季節の中を巡ることができた今回の旅は、私の心に深く残るものとなりました。


またいつの日か、この北の大地を訪れる日を楽しみにしながら、春の北海道の旅に静かに終止符を打ちました。


北海道を代表する温泉地のひとつ、登別を訪れました。

 

洞爺湖では湖畔の大きなリゾートホテルに宿泊しましたが、今回は趣を変え、温泉街の中心部にある小さな旅館を選びました。

大規模ホテルにはない温かなおもてなしが魅力で、夕食はシェフ手作りの料理が並びます。

一品一品に心が込められていて、北海道の旬の食材を味わいながら、心もお腹も満たされる贅沢な時間を過ごしました。

 

登別温泉の魅力は、何と言ってもその泉質です。

 

透明感のある洞爺湖の温泉とは対照的に、登別の湯は乳白色に濁り、いかにも「温泉に来た」という気分を味わわせてくれます。湯船に身を沈めると、硫黄の香りがほのかに漂い、温泉成分の豊かさを感じます。

 

旅館の露天風呂は決して大きくはありませんが、それがかえって心地よく、湯けむりの向こうに見える木々を眺めながら、ゆっくりと流れる時間を楽しみました。まさに至福のひとときでした。

 

登別温泉街を歩くと、あちこちから立ち上る湯けむりが温泉地らしい情緒を演出しています。

近くの登別地獄谷は、登別温泉の源泉地として知られ、噴気や熱湯が湧き上がる荒々しい景観はまるで別世界。

登別地獄谷の噴煙と看板

新緑の季節には、力強い大地の息吹と若葉の鮮やかな緑との対比が美しく、北海道の自然の豊かさを改めて感じさせてくれます。

 

温泉街では、お土産探しも旅の楽しみのひとつ。定番のお菓子も北海道限定バージョンが数多く並び、ついあれもこれもと手が伸びてしまいました。旅の思い出とともに、自宅でも北海道の余韻を楽しめそうです。

じゃがポックルほたて塩味北海道産じゃがいも100%

北海道限定 CHELSEA 生キャラメルガナッシュ

北海道限定 白いブラックサンダー、ミルク味

 

今回の旅で、いちばん楽しみにしていた場所――洞爺湖を訪れました。

洞爺湖の木製看板と桟橋、新緑の山々

実際に目の前に広がった景色は、期待を超える美しさでした。

洞爺湖畔の湖と和風建築

5月下旬の洞爺湖は、長い冬を終えて新緑がいちばん美しい季節。湖を囲む山々はやわらかな緑に包まれ、その新緑が穏やかな湖面に映り込み、風景全体が優しい光をまとっているようでした。北海道の春は本州より少し遅く、そのぶん生命が一気に動き出す力強さがあります。

洞爺湖と羊蹄山の新緑の景色

湖畔を歩くと空気は澄み、少し冷たい風が頬をなでるたび、日常から遠く離れたことを実感します。時間の流れまでゆるやかになるような、不思議な静けさがありました。

洞爺湖畔の緑あふれる丘と青い空

洞爺湖温泉もまた、この土地ならではの魅力です。肌あたりがやわらかく、湯上がりは体の芯からじんわり温まり、旅の疲れが自然とほどけていきます。窓の外に広がる湖を眺めながら浸かる温泉は、贅沢というより、自然の中に身を委ねる心地よさでした。

 

そして夜。

洞爺湖の夜空に咲く花火と水面の輝き

洞爺湖の夜空に咲く花火、湖面に映る光

洞爺湖の夜を特別なものにしているのが湖上花火です。暗くなった湖面に花火が映り込み、静かな水面と夜空の両方に光が咲く景色は幻想的でした。山々に囲まれた湖だからこそ音も柔らかく響き、派手というより、湖と一体になった美しい時間でした。

 

洞爺湖と新緑、羊蹄山の景色

翌日は、洞爺湖をゆっくり一周。約50キロの道のりを車で巡りました。

 

走っていると、場所によって湖の表情が少しずつ変わっていきます。開けた景色が広がる場所もあれば、木々の間から静かに湖が現れる場所もあり、そのたびに立ち止まりたくなる。湖というより、一つの大きな風景作品を巡っているようでした。昨日見られなかった羊蹄山もくっきりした

洞爺湖と緑の山々の風景

洞爺湖の新緑と青い湖、島々の風景

最後に立ち寄ったのは、山の上に建つザ・ウィンザーホテル洞爺 リゾート&スパ。

洞爺湖のホテルロビー:緑の絨毯のような階段

館内には、2008年に開催された第34回主要国首脳会議当時の写真がずらりと並び、その頃の空気を思い出しました。あの時代の日中関係や世界の雰囲気に、どこか懐かしさを感じました。

洞爺湖サミット当時の写真展示

そしてホテルの庭に出ると、遠くには美しい姿の羊蹄山。

羊蹄山と洞爺湖の初夏の新緑

前日は雲に隠れて見ることができなかったその姿を、この日ははっきりと見ることができて、旅の小さな宿題をひとつ終えたような気持ちになりました。

 

湖、新緑、温泉、花火、そして最後に見せてくれた羊蹄山。

 

今回の洞爺湖滞在は、本当に満たされた時間でした。

 

もし次に訪れる機会があるなら、その時はぜひ、このホテルに泊まり、もっとゆっくり洞爺湖の時間を味わってみたいと思います。

 

「雪の質がいい」と世界中から注目を集めるニセコ。冬のスキーシーズンには多くの海外旅行者で賑わう場所ですが、今回はあえてオフシーズンのこの時期に訪れてみました。

ニセコ駅外観と駐車場に停まる電気自動車

 

まず立ち寄ったのは道の駅。そこで、これまで耳にしていた噂が本当だったことを実感しました。

並ぶ商品を見ると、豆腐の表示はローマ字、一丁350円以上。牛乳は最も安いものでも450円前後、卵も10個で550円ほど。価格は全体的に高めです。ちょうど旬を迎えていたアスパラにも興味を持って見てみましたが、私の住む東京中心部よりもかなり高く、思わず驚いてしまいました。

 

円安や海外からの需要など、さまざまな背景があるのでしょう。それでも、この土地で日常を送る日本人の住民の暮らしはどんなふうに変わっているのだろう、と少し考えさせられました。

 

町を走ると、可愛らしい住宅の間に新しいホテルが次々と建ち並び、街全体に勢いを感じます。

 

せっかくなので、ヒルトンニセコビレッジでお茶をすることにしました。

ヒルトンニセコビレッジのロビーラウンジ

印象的だったのは、出迎えてくれたドアマンからカフェのスタッフまで、接客する人の多くが外国出身だったことです。

ニセコホテル内のバーカウンターとボトル棚

観光客だけではなく、働く人たちも国際色豊か。その一方で、スタッフの皆さんはしっかりとした訓練を受けていることが伝わってきて、言葉に少し訛りがあっても、笑顔と丁寧なサービスがとても心地よく感じられました。

ニセコヒルトンでお茶とケーキセット

意外だったのは価格です。一流ホテルでいただいたケーキセットは、私の感覚では東京の高級ホテルで楽しむよりもずっと手頃で、肩ひじ張らずに過ごせる雰囲気でした。

ニセコヒルトンロビーのオレンジソファとテーブル

冬になると、12月から3月頃までは海外からの観光客がスキーを目的に訪れ、ほぼ満室の日が続くそうです。特に、もともと雪の少ない地域である香港や台湾などから来る人も多く、スキーをする人だけでなく、家族が雪景色を楽しむために同行しているケースもあると聞きました。

 

ホテルの従業員の紹介で見ごろの芝桜を見に行きました。

ニセコ芝桜の丘、犬の置物とウェルカムボード

ニセコ芝桜畑、ピンクと白の花畑

ニセコ 芝桜と緑の家

 

本当は背景に羊蹄山が見えるはずですが、雲が厚くて今日見ることができませんでした。

 

牧場

ニセコ牧場の牛が草を食む様子

 

春の静かなニセコを歩いていて感じたのは、この町が単なるスキー場ではなく、世界へ向かって大きく変化している途中にある場所だということです。

 

数年後、ここは日本を代表するスキーリゾートとして、さらに存在感を増しているのかもしれません。そんな未来を少し想像しながら、活気あふれる町を後にしました。

 

五月下旬、長く厳しい冬を越え、大地がようやく目覚める季節です。

桜の時期は過ぎていましたが、その代わりに訪れていたのは、生命力に満ちた新緑の季節でした。

支笏湖の新緑と山並み

木々の若葉は柔らかな光をまとってキラキラと輝き、空はどこまでも高く澄みわたり、眩しいほどの美しさ。

吹く風はまだ少しひんやりとしているのに、どこか優しく、胸いっぱいに吸い込む空気は驚くほど清々しく感じられました。

 

こんな季節の北海道を訪れるのは今回が初めて。夏とも秋とも違う、北国ならではの短く貴重な「春の始まり」に出会えた気がします。

 

今回は北海道南部を巡るコースを組み、以前訪れた函館はあえて外して、景色や空気を味わいながら、のんびり過ごす旅にしました。

 

旅の最初に向かったのは支笏湖。

支笏湖の新緑と青い空
 

湖畔のホテルに宿泊し、静かな湖の時間をゆっくり楽しみました。

支笏湖畔のホテルと新緑

近くのパークを散策したり、車で湖沿いを半周ほどドライブしたりしました。支笏湖は一周道路が通っているわけではないため、行ける範囲を巡る形になりますが、それでも十分に湖の魅力を感じられました。

支笏湖畔の展望台と新緑

支笏湖に並ぶピンクのボートと山

新緑の支笏湖、湖面に映る緑と空

夕刻

支笏湖の新緑と夕陽、美しい水面

透明感のある湖面は周囲の新緑を映し込み、深い青と鮮やかな緑のコントラストが息をのむほど美しく、ただ眺めているだけで心がほどけていくようでした。

 

南イタリア、マルタ、そしてキプロスへ続いた旅も、ついに最終日を迎えました。

 

名残を惜しみながら、今日も朝から濃密なスケジュールで島の歴史と自然を巡りました

最初に向かったのは、アギア・ナパの海岸。
目の前に広がる翡翠色の海は、まるで宝石を砕いて溶かしたような透明度。

キプロスのアギア・ナパ海岸、透明な海

アギア・ナパの海岸、翡翠色の海と洞窟

キプロス アギア・ナパの海岸と洞窟

キプロスのアギア・ナパ海岸、透明な海で泳ぐ人

キプロスのアギア・ナパ海岸の海と洞窟

アギア・ナパの海岸、シー・ケーブと人々
 

その海に刻まれた Sea Caves は、自然の造形美そのもの。
陽光を受けて青く輝く洞窟の入り口を見ていると、地中海の大きさに包み込まれるような感覚でした。

アギア・ナパの海と洞窟

 

次に訪れたのは、ハラ・スルタン・テッケ。
キプロスにおけるイスラム教で最も重要とされるこの場所は、
預言者ムハンマドの乳母ウム・ハラームが眠る聖地。

ハラ・スルタン・テッケの案内板

ハラ・スルタン・テッケのモスク

ハラ・スルタン・テッケの内部
 

なぜこの島にイスラムの最重要寺院があるのか?
キプロスが古来、東西文明の交差点として、
多くの信仰が行き交った歴史を象徴しているようでした。

 

続いて向かったのは、聖ラザロ教会。

聖ラザロ教会と広場

イエスによって復活させられたラザロは、その後キプロスに渡り、
およそ30年間にわたり主教としてこの地を導いたと伝えられています。

聖ラザロ教会内部のイコノスタシス
 

9世紀、彼の墓の上に建てられたこの教会は、
重厚な石造りが静かに語るように、時を超える信仰の重みがありました。

 

ランチの後は、旅の締めくくりとして ラルナカ城 を見学。

お城は海沿いの海浜道路の近くに建つ。

キプロスのアギア・ナパ海岸とヤシの木
 

12世紀頃、この地を守るために築かれた砦は、
ヴェネツィア統治時代に現在の要塞として整えられました。
海に面して凛と佇む姿は、
この島がいくつもの支配者と時代を乗り越えてきた証そのものでした。

 

最終日もぎゅっと詰まった観光のあとは、夕方のフライトでフランクフルトへ。

飛行機から見た夕焼けと街並み
 

キプロスは真夏のような暑さだったのに、
深夜のフランクフルトは初冬の冷たい空気。
翌日、上海に到着すると再び20度以上の暖かさが戻ってきました。

さらに私は、翌朝東京へ、そのまた翌日には真冬の軽井沢へ。


わずか数日のあいだに夏・秋・冬を一気に駆け抜けるという、
まさに地球を飛び越える旅となりました。
これほど急激な気候の変化と時差が続いたのに、
不思議と体調はまったく崩さず、
むしろ「旅の勢い」がそのまま私を支えてくれたように感じています。

こうして、南イタリア、マルタ、キプロスを巡る旅は幕を閉じました。
 

地中海の風、歴史の重み、出会った景色や人々、
そのひとつひとつが、しばらく心に残り続けると思います。

 

また新しい旅へ。
その日まで、この余韻を大切に持ち帰ります。

キプロスを旅していると、海風の香りの中にどこか懐かしいような、

それでいて異国の深みを感じる瞬間があります。

この島は東西文明の交差点として、古代からさまざまな文化が行き交ってきました。

そんな「香りの記憶」を、実は世界の有名ブランドも取り入れています。

 

 香水の世界に生き続ける「キプロス=CHYPRE(シプレ)」

「シプレ(Chypre)」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。

フランス語で「キプロス」を意味するこの言葉は、

香水の世界でひとつ「香調」を表す専門用語でもあります。

 

今からおよそ100年前、フランスの調香師フランソワ・コティが

「Chypre(キプロス)」という香水を発表したのが始まりでした。

オークモス(苔)、ベルガモット、パチョリ、ローズなどを組み合わせた

深く上品で、少し湿ったような香りだそうです。

その名を「キプロス」と名づけたのは、

この島に漂う地中海の緑と太陽の記憶を表したかったからだと言われています。

 

以来、エルメス(Hermès)、ディオール(Dior)、グッチ(Gucci)など、

多くの名香がこの「シプレ調(キプロス調)」を継承してきました。

つまり、ブランドの香りの系譜の中に「キプロス」という地名が

いまも静かに息づいているのです。

 

エルメスという名に重なる「旅と伝達の神」

キプロス島は「愛と美の女神アフロディーテ」が生まれた島として知られています。
エメラルド色の海と、どこか懐かしい静けさ。
歩いているだけで、神話の時代に迷い込んだような気持ちになります。

そんなキプロス、実はフランスの高級ブランド「エルメス」とも深い関係があるのです。

ギリシャ神話では、アフロディーテと「旅と商業の神エルメス」との間に
「ヘルマフロディトス」という神が生まれました。
つまり、キプロスはエルメスと「神話の家族」のようなつながりを持っているのです。

19世紀、フランスの鞍職人ティエリー・エルメスは、
自らのブランドにこの神の名「Hermès(エルメス)」を選びました。
旅人のために馬具を作る彼にとって、
旅と商いを司る神の名は、理想的なシンボルだったのでしょう。

キプロスから生まれた神話の風が、
パリのラグジュアリーな世界へと受け継がれている。
そう思うと、エルメスが大切にしてきた「旅」や「美」の精神が、
神話の時代からずっと続いているように感じます。

 

たしかに、私がキプロスで見た海の青さ、
古代から変わらぬ石の街並み、
そして風の中に漂う静かな気配。
そのすべてが、エルメスの物語と重なり合うように思えました。

 

地中海の香りを纏うということ

シプレ(キプロス)の香りは、

単なる調香のスタイルではなく、

どこか哲学のような深さを持っています。

太陽の下で乾いた風に混じるオリーブや苔の匂い、

港に漂う塩気、古代から続く祈り。

そのすべてが一滴の香水の中に封じ込められているのです。

 

私が歩いたサラミ遺跡の石畳にも、

そんな「地中海の香り」が確かに残っていました。

ブランドの香水瓶の中に息づく「キプロス」を思うと、

旅の記憶がふと甘く蘇ります。

 

今日は、キプロス博物館から始まり、ファマグスタ門を通ってニコシア旧市街へ。

その後、北部に入り、サラミ遺跡と聖バルナバス修道院を訪れました。

 

朝はまだ静かだった博物館の中で、古代の土器やモザイクを見ながら、

この島がいかに長い歴史を積み重ねてきたのかを思いました。

ニコシア市立劇場の外観と上演案内のバナー

キプロス博物館の古典的な列柱と庭園

かつては東西交易の要衝として栄え、ギリシャ、ローマ、ビザンツ、オスマン、そしてイギリスと、

さまざまな支配を受けながらも、文化が絶えず交わり続けてきた島――それがキプロスです。

古代キプロス博物館の動物文様土器

キプロス博物館の古代土器とモザイク

 

現在はご存じの通り、南北に分断されたまま。

「グリーンライン」と呼ばれる緩衝地帯が、いまも町の中央を横切っています。

そこは国連の管理区域で、自由に往来することはできません。

 

南部はキプロス共和国としてEUに加盟し、

キプロスの地図が描かれた国旗とギリシャ国旗が掲げられています。

キプロスとギリシャの国旗

一方、北部は「北キプロス・トルコ共和国」を名乗り、

国際的には承認されていないものの、トルコ国旗と、赤と白が反転した独自の旗が翻っています。

キプロス海岸と都市の眺め

 

南北行き来には、パスポートの提出が認められます。

ここは歩行者が南部から北部に行くときのチェックポイント。

ニコシアのレドラ・ストリート検問所

街を歩くと、南は豊かで整備された印象、北はやや素朴で時間が止まったような雰囲気――

その対比に複雑な思いが込み上げました。

 

そして今日、何より心を揺さぶられたのはサラミ遺跡でした。

古代ローマ時代の円形劇場、浴場跡、列柱の並ぶ広場。

サラミ遺跡の「SALAMIS」文字看板

キプロス サラミ遺跡の円形劇場と彫刻

サラミ遺跡 古代ローマ円形劇場

サラミ遺跡の石造りのアーチと青空

サラミ遺跡の円形劇場に立つ観光客

遠くに海が見え、風が吹き抜ける中で立っていると、

二千年前の人々の声がどこからか聞こえてくるようでした。

キプロスのビーチ、青い海と空

キプロス海岸と都市の眺め

 

ここキプロスは、新約聖書にも登場する地であり、

聖パウロが宣教の旅の途中に訪れた場所でもあります。

(使徒行伝第13章1節〜12節)

信仰と歴史、そして人間の営みが交錯する――そんな島の深い記憶を感じました。

 

最後は聖バルナバ修道院を見学。聖バルナバはキプロス出身の使徒であり、伝統的に「キプロス正教会の創立者とされています。

聖バルナバス修道院 キプロス 古代建築

聖バルナバ修道院の石造りの外観と木製ドア

 

聖バルナバ修道院の内部、椅子と祭壇

 

分断の痛みを抱えながらも、確かに生き続けているこの島。

その風と光の中で、私は静かに祈るような気持ちになりました。

 

今日の午前は、リマソルの西にあるクーリオン古城(库利翁古城)を訪ねました。

クーリオン古城の木製通路と地中海

ここは紀元前2世紀頃に栄えたギリシャ・ローマ時代の都市遺跡で、

地中海を見下ろす丘の上に建つ円形劇場がとても印象的でした。

クーリオン古城の円形劇場と地中海

クーリオン古代劇場の石段と海

劇場はもともと紀元前2世紀に建てられ、ローマ時代に改修されたもの。

現在でも音響が素晴らしく、夏にはコンサートなどが開かれるそうです。

背後に広がる紺碧の海と、白い大理石の座席のコントラストが美しく、

まるで古代にタイムスリップしたような気持ちになりました。

 

近くにはローマ時代の公衆浴場跡やモザイクの床も残されており、

当時の人々の豊かな暮らしぶりを感じさせます。

クーリオン古城の円形劇場と地中海

パフォス遺跡のモザイク画 魚モチーフ

 

その後、海沿いを走って向かったのはロミオス海岸(罗谬海岸)。

ロミオス海岸:アフロディーテ誕生の地

ここは愛と美の女神アフロディーテ(ビーナス)誕生の地として有名です。

伝説によれば、彼女は海の泡から生まれ、この岸辺に上陸したといわれます。

ロミオス海岸:アフロディーテ誕生の地

海の中にそびえる大きな岩は「ビーナスの岩(Petra tou Romiou)」と呼ばれ、

その周りを一周泳ぐと「永遠の愛が叶う」というロマンチックな言い伝えがあります。

地中海の碧い海と白い岩が織りなす風景はまさに神話の世界そのものでした。

 

昼食は中華レストランでランチ。

旅の途中でいただくアジアの味は、どこか懐かしくほっとします。

 

午後は世界遺産・パフォス(帕福斯)の考古遺跡を見学しました。

クーリオン古城の石段を上る人々

ここにはローマ時代のモザイク画が数多く残るディオニュソスの館をはじめ、

神話やキリスト教を題材にした絵が多く見られます。

クーリオン古城の石造りの遺跡と青い空

パフォス遺跡のローマ時代モザイク画

 

特に印象的だったのは、魚をモチーフにした装飾。

パフォス遺跡の魚モチーフモザイク

古代では「魚(イクトゥス)」という言葉が「イエス・キリスト」を象徴しており、

信仰をひそやかに守る人々の祈りが、今も静かに伝わってくるようでした。

 

リマソルへ戻る途中、聖パウロの柱(St. Paul’s Pillar)に立ち寄りました。

パフォス考古遺跡の石造り教会と柱

新約聖書によると、パウロはキプロスで布教活動を行い、

この地でローマ総督に福音を伝えたと伝えられています。

その記念として建つ石柱には、今も花が手向けられ、

訪れる人々が静かに祈りを捧げていました。

 

夕方にはリマソル市内に戻り、旧市街を少し散策。

その後、地元レストランでキプロスの名物料理メゼ(Meze)を堪能しました。

キプロス料理メゼ:串焼き、フライドポテト、サラダ

オリーブやチーズ、グリルされた肉料理や魚介など、

太陽の恵みをそのまま味わうような豊かな夕食でした。

 

今日も日差しが強く、地中海の青がまぶしい一日。

古代の遺跡と神話、そして信仰の地をめぐる、印象深い旅になりました。

 

マルタの最終日。朝、ホテルを出てバスは南東の海岸線へと走りました。

まず訪れたのは、マルタでも屈指の景勝地、ブルー・グロット(Blue Grotto)。

マルタ ブルー・グロットの洞窟とエメラルドグリーンの海

断崖絶壁の下に広がる海は、光を受けて深いエメラルドグリーンに輝いています。

海面がまるで鏡のように光を返し、波の動きに合わせて岩肌まで青く染めていく。

その名の通り「青の洞窟」と呼ばれるこの場所は、自然が描き出す光の芸術でした。

マルタのブルーグロット、洞窟から見た青い海

マルタの断崖からの青い海と太陽の光

 

次に向かったのは、マルタ南東部のマルサシュロック漁村(Marsaxlokk)。

古くから漁業で栄えたこの村では、港に色とりどりの小舟が並んでいます。

マルタ漁村の伝統的な青い舟

マルタ漁村の港に停まるカラフルな小舟

 

小舟の舳先には、必ずと言っていいほど「目」が描かれています。

マルタ漁船の船首に描かれた「オシリスの目」

マルタ漁村の舟:オシリスの目

これは古代フェニキア時代から伝わる「オシリスの目」と呼ばれる護符で、

「航海の安全」や「悪霊からの守護」を願うものだそうです。

波間に揺れる無数の瞳が、今も静かに海を見守っているようでした。

漁港ににぎやかなマーケットもあります。

マルタの漁村のマーケット、露店には衣類や雑貨

 

漁村の中心には聖母教会があり、その正面上部には船を踏むマリア像が掲げられています。

マルタの漁村の聖母教会

これは、マリア様が「嵐や危険から人々を救う守護者」であることを象徴しており、

荒れ狂う海や悪しきものを踏み越える力を表しているそうです。

漁師たちにとっては、まさに海の守り神のような存在。

青空を背に立つマリア像が、穏やかな港の光景と重なり、心に残る印象的な一場面でした。

 

昼食は港近くのレストランで、焼き魚のランチを。

マルタの焼き魚と副菜

シンプルな塩味に、レモンを絞り、バルサミコ酢を少し。

マルタの海を見ながら味わう最後の食事は格別でした。

 

午後、バスは空港へ向かい、夕方にはこの旅の最終地、キプロスに到着。

マルタとの時差は1時間。ギブロスの方が少し早く時が流れています。

EU圏内にもかかわらず、入国審査には少し時間がかかりましたが、本来なら見れる夕日は無理でした。

碧い海、信仰の象徴、そして穏やかな陽光。

マルタで過ごした数日間は、きっと心のどこかにずっと残っていく気がします。