Ability for love -2ページ目

彼女の龍 7

店の中を見渡すと、いつの間にか女の武器を構えた水商売の女性と下心たっぷりの客でテーブル席が埋まっていた。


午前2時。

この店がもう一回転する時間だ。


「部屋・・行ってもいいですか?」


「おいおい、ストレートだな。」


「いえっ、別にそういう意味じゃないんです・・。同業さんも増えてきたし・・」


「そういう意味って?」


ゆきこは露骨に眉間に皺をよせた。

彼女のようなタイプはこの手のやりとりが嫌いだ。


「もう帰ります。むかっ


カウンターに両手をつきクルリと座席を回転させ背中を向けた。

私はカウンターから離れようとした左手をつかんだ。


「はなして!むかっ

ゆきこはその切れ長の目で睨みつけた。

なかなかの迫力だ。えっ

たいていの男は手を放してしまうだろう。


「からかって悪かった。」

私はそれだけ言うと掴んだ左手を引き、引きずるように彼女を座席に戻した。


観念したように座りなおすと、乱れた髪を乱雑に掻き揚げ私を一瞥しタバコに火をつけた。



「部屋に来い。ミニバーで飲みなおそう。」


私は握った左手を放し、彼女の後頭部辺り柔らかい髪を軽くなでた。

彼女は火がついたばかりのタバコを桜色の唇にくわえながら、ライターをもったままの左手で私の手を払った。



カウンターの端にいるマスターに目をやると察したように指を3本(3000円)立てた。

私は席を立ちマスターのところまで歩いた。


「彼女、手強いね。領収書は?」


「要らない。」


「久しぶりに本気だね。」


本気で入れ込んだ相手との食事代は領収書を切らないという私のルールを彼は知っていた。



チェックを済ませカウンターに目をやると、不機嫌そうに肘をついて組んだ足をぶらつかせていた。



席を立とうと思えば出来たはずだ。


彼女は私からの合図をまっている。


私は暫らくそこから彼女をみていた。


なかなかかからない合図に不安を感じ、彼女がこっちを見た。


私は彼女に視線を残したまま、首を入り口の方へ振った。


女はタバコを灰皿に押し付け、長い足を床に伸ばし立ち上がった。


店の男たちの視線が、磁石に集まる砂鉄のように一斉に彼女へと注がれた。


女が私の約1m手前で下を向いたまま足を止めた。


私は下から彼女の顎を持ち上げた。


女は視線を合わせない。


不機嫌そうだった。



いや、不機嫌なふりをしていた。









彼女の龍 6

メイン通りにはタクシーの列が出来ていた。

不景気とはいえ結構な賑わいだ。


北陸三県で福井と言えば一番知名度が低い。汗

しかし、夜の繁華街の賑わいはお隣金沢にも負けないのではないだろうか。

ナオにとっても地元でのゴタゴタを避けるには打ってつけの街だったのだろう。


富山の桜木町

石川の片町、竪町

福井の片町



福井は偉人も沢山輩出している。



曹洞宗の開祖で永平寺を開いた 道元。


室町時代に越前一乗谷に拠点を置き十一代に渡って繁栄した 朝倉氏。


北の庄城を築城し信長の妹お市と共に果てた 柴田 勝家。


解体新書を記した 杉田 玄白。


たのしみは 朝起きいでて 昨日までなかりし花の 
咲ける見る時

(クリントン大統領がスピーチで歌を引用した)

歌人 橘 曙覧。


啓発録を記し安政の大獄で処刑された 橋本 左内。


明治の名付け親で

何の保証もない坂本竜馬に海軍練習船の資金5000両を出し

日本のこれからのありようを問われ

「国は閉ざすものではなく、開くもの。人は切るものではなく、育てるもの」

と答えた 松平 春嶽。



祖母が言うには、空襲、戦後の震災、洪水がなければ沢山の観光資源も残っていたという事だ。




時計の針は午前1時を回ったところだ。


私は部屋をとったホテルの傍にある、知り合いのバーでゆきこの連絡を待つことにした。


店の名は たかのつめ


唐辛子だ


店の片隅に

「情熱的でスパイシー そんな人になりたい」

とたかのつめのイラストと共に書かれている。



私もそんな人間を目指したい。アップ





マスターとは15年の付き合いになる。




45歳北海道の出身だ。

福井の女性と恋に落ちここに落ち着いた。


彼には北海道の人間特有の素朴さと人懐っこさがあった。

その為か、封建的な風土の地元の人間にはどこか特異にみえそれが彼の魅力にもなっていた。


何か行き詰った時に、彼の楽天的?大陸的?開拓者的?な物の考え方や会話が私には心地よかった。



「待ち合わせ?」

「そう。とりあえず生ビール。」

「初めての娘?」

「まあね・・」

「かわいい?」

「いい感じ。ラブラブ


二人はいつもの様に表情も変えずに真顔で会話をする。

他の客にはバーテンと客の注文のやり取りにしか見えないだろう。



私は酔い覚ましに冷たいビールを流し込んだ。



ブー・・ブー・・



カウンターの上の携帯が震えた。


ディスプレイには見慣れない番号が表示されている。


「はい・・」

「あの・・・佐々木さんでしょうか?」

「はい、そうです。」

「ゆきこです。わかりますか?」

「ああ、分かるよ。」

「今、どちらですか?」

「たかのつめと言うダイニングバーにいる。」

「あっ!その店知ってます。私も気になっていたから・・行ってもいいですか?」

「待ってるよ。」

「5分で行けると思います。じゃぁ・・切ります。」



今夜は飲みすぎた。

誠一は無事帰れただろうか?

一台目のタクシーには乗車拒否をされた程潰れていた。



私はナッツを頼んだ。

何かの番組でナッツ類はアルコールには良いと言っていた。


「熱いコーヒーでも入れようか?大分飲んだようだね。」

そんな私の様子を察したのかマスターが声をかけた。

「いやっ、もう来るから。」

「じゃぁ、これ。」


マスターがコンビニでよく見かけるウコンのドリンクをくれた。

「おっ!なんか効きそう!助かるわ!ニコニコ


私は一気にそれを飲み干した。

私の味覚は苦味を覚悟していたがまったっくそれは感じられなかった。



カラン音譜



ドアのカウベルが鳴った。

ヒールが木の床を鳴らす音が近づいてくる。


その音は私の背中で止まった。


「翔さん。」


振り返るとゆきこが少し緊張した様子で立っていた。


女は店中の男の視線を浴びていた。


171cmの身長に10cm近いヒール、180cm近いスレンダーな容姿は嫌でも一目をひいた。



「どうぞ!」


私は自分の右側のスツールを軽く引いた。


「あっ、有難うございます。」


スツールに治まった彼女はとても小さく見えた。

顔が小さく短い座高のせいだろう。



マスターがおしぼりをもって近づいてきた。


黒い色のおしぼりだ。


私とマスターの間で黒いおしぼりは「最上級」を意味していた。

ゆきこは「最上級」合格と言うことだ。


「お飲み物は何になさいますか?」

「レッドアイをください。」

ゆきこは最初から決めていたようにすぐに返事をかえした。



私は右手でゆきこのこめかみのあたりの髪を払いアザを確認した。

ゆきこは反射的に顔を伏せた。


「こらっ!見せてみろ。」


私の声に観念した様に、ゆきこは私の方に向き直った。


「少し腫れてるな。」

「大丈夫です、慣れてますから・・」

今日の様子を見ただけでも、男に殴られた経験が沢山あることは想像できた。


暴力を振るわれる女は、女の方にも原因がある。

気になる事は直ちに答えを求め、物事を曖昧にしておくことが出来ない。

世の中の潤滑油としての多少の嘘と多少の悪を認める事が出来ないのだ。



たいていの男はこの手の女を論破することが出来ない為「めんどくさい女」とかたづけられてしまう。


結局、本人もそういう男では物足りず、暴力パンチ!という形ででも自分を征服してくれる輩に無理やり男を感じとろうとするのだろう。



暴力をふるう男とやっと別れる事が出来たと思ったら、また同じような男と付き合っていたという事はよくある話だ。得意げ


強い女と思われがちだが、人一倍寂しがりやな場合が多い。





「お前は一人で生きられないタイプだな。」


「どうして、そう思うんですか?」


「直感だよ。」

決して直感ではなかった。


「そんな事はありません。私は一人で生きられます。」


「おまえは一人で生きていると言いながら、それを誰かに評価 (もしくは批判) してもらおうと思ってるだろ?

おまえはその事に価値観を見出している。

価値観は評価する相手がいて初めてなりたつ。

だから一人で生きてる事にはならないんだよ。


人間にはいろいろな性格の人がいる。

その中でうまくやるにはお互いの「あるがまま」を許容して、相手が不得手とする分野には決して相手を引きずりこまないという思いやりが必要。

それがルールだ。

そうすれば、相手も自分を思いやってくれるはずだ。」


「それって、屁理屈じゃないですか?」


「やっぱり、屁理屈かなぁ・・・そうだよな。ちょっと飲みすぎた・・。」

ちょっと攻めすぎたかもしれない・・・ 

私は場を保つ為、少し酒に酔っている振りをした。



しかし、頭の良い女だ。

ゆきこの中には私の言葉がしっかりと寄生したにちがいない。


















彼女の龍 5

だいぶ明るさに目が慣れてきた。


ワインレッドの絨毯にイタリア車のシートを連想させる黒い皮に赤いステッチのソファー


壁はギリシャの古い遺跡を想わせる石造りになっており、間接照明が壁面に陰影をつくり重厚さを演出していた。


店の奥にはスタインウェイのグランドピアノが置かれ白い髭を蓄えた初老の男性が「明日に架ける橋」を演奏していた。




いつの間にか入れたばかりのグランダッドが三分の一になっている。


少し飲みすぎた・・・。




ぼんやりとピアノを弾く初老の男性に視線を向けていると、視界の左側から背の高い黒いドレスの女性が現れた。


黒いドレスがその白い肌を引き立てている。

その気の強そうな顔には見覚えがあった。


女は私達の席に向かって真っ直ぐに歩いてきた。


ナオが私の向かい側に座るよう促した。


「ゆきこです。こちら翔さんと誠ちゃん。」

ナオが私たちに女を紹介した。



視線が合った瞬間、二人の記憶はほんの数時間前まで巻き戻された。



「あっ、ゆきこと申します。」

「あれっ、もしかして知り合い?」

「いえっ、知り合いというか・・・今日の事、見られちゃったんです・・・。」

「翔さん店にいたの?」

女は恥ずかしそうに上目使いで私を見た。

「あれだけ男と渡り合う女、初めてみたよ。それに、素人じゃなかったよな?あの後どう治まったんだ?」

「ホントにご迷惑お掛けしました・・。あの後は何とか治まりました・・・。」


ロックグラスについた水滴をふき取りながらナオが口をひらいた。


「実は店の大将から私に電話があってね。ゆきこちゃんがお客ともめてるよって・・・。

同伴の連絡はもらってたから誰といるかは分かっていたの。

まず、ゆきこに電話して事情を聞いたの。

そしたら、店休めだの、行かせんだの、ホテル行こうだの言われて店に出させてくれないって言うから私も頭きちゃってむかっ、客に電話変わらせて営業妨害するならこっちにも考えがあるって言ってやったのよ。」


ナオは興奮しておしぼりでテーブルの端を叩いた。


「でっ、どんな考えがあったんだ?」

「あいつのボス、私に惚れてんのよ。あいつそれ知ってるからピンときたんでしょうね。トーンダウンして今日の事は忘れてやるから女の教育し直せ!むかっって電話を切ったわ。」


「ひえ~ママって怖い人?にひひ

誠一が大げさに驚いてみせた。

「あ~ら、そんな事ないのよ。ホントは蟻も殺せないほど小心者なのよにひひ

ナオは誠一に寄りかかってみせた。



「改めてご挨拶させてください。ゆきこと申します。」

グッチの名刺入れから名刺を出した拍子に一枚余分に名刺がこぼれた。

とっさに私とゆきこはテーブルの脇に落ちた名刺を拾おうと体を屈めた。

お互いの顔が近づき、女の右のこめかみの辺りに青いアザが見えた。

客の男に殴られた痕だろう。


しかし、綺麗な顔立ちをしている。

男顔と言うのだろうか。

顔の作りが全体的にシャープにできている。

宝塚の男役の顔といった方が分かり易いだろうか。


「背が高いな。どれくらい?」

私は拾った名刺を女の頭にかざした。

「171cmです。こんな大きい女嫌でしょ?小さい方が可愛いですよね。」

女はかざした名刺を片付け新しい名紙を両手で差しだし軽く頭を傾けた。

「俺は大きい女が好きだ。

小さい女には女を感じない。

そして、感情の激しい女が好きだ。

そういう女は嘘がつけない。

だから、あんたは俺のタイプだ。」


ピアノを弾く初老の男性が静かな曲を選曲した。

ピアノの上には琥珀色の液体の入ったロックグラスがステンドガラスの様な淡い光を放っている。

程なくすると私にもメロディーが判断できた。


Fly me to the moon


余計なアレンジの施されないシンプルな演奏だ。


ボトルは既に空になっている。

時計を見ると夜の12時を回っていた。

ナオは他の客を見送りに行っている。

誠一はいびきをかいて眠っている。


「後で電話かけてもいいですか?」

ゆきこが真っ直ぐに私を見て言った。

「ああ、いいよ。」

私は氷が解けて薄くなったウィスキーを流しこんだ。



二人の始まりを告げるように氷がグラスを鳴らした。