発達障害の辛さは、一口に言えば「理解がない」ことに尽きる。
「なぜライオンはライオンは足り得るのか?それはライオンとして生まれたから」
ライオンが努力をして百獣の王になるのかといえばそうではない、ライオンは生まれた時からライオンなのだ。
そしてライオンには食べられる鹿の気持ちが分からない。
もともとそういう風にできているからだ。
発達障害の人は食べられる鹿側だと言っていい。
なんとか「ライオンさん、どうか私を食べたいでいてください」と媚びへつらうことで、なんとか生き延びる。
そして、なんとか生きながらえてもライオンの群れに鹿は混じることができない。
所詮は違う種族だからだ。
そうして孤独を感じるのだ。
(現実のサバンナではそんなことはあり得ないのだが(笑)かなり極端な例えを許してほしい。)
人間は実際に相手の立場に立ってみないと相手の気持ちが分からないのだ。
まぁそれはライオン同士も当たり前のことだろう。
だから「餌を横取りされたら嫌だろうからな。おれも嫌だし。じゃあ相手には同じことをしないように努めよう」
というようなことが、いわば社会の「暗黙知」として認識されていく。
それがマジョリティの社会だ。
しかし、鹿側からはそんなことを考えることはできない。
もし考えに至るとしたらそれは、誤って横取りした鹿が
「え、なんで餌を横取りされただけで怒っているのこの人は…?わけわかんないよ… でも、怒らせると食べられちゃうし、次からは餌を横取りするのはやめよう…」
みたいな思考になった結果だとしか言えない。
だって違う種族なのだから。
逆に鹿同士は通じ合う。お互いに相手に寛容なので、とても居心地が良いのだ。
これはかなり極端な例だ。
私は実際に発達障害と診断されたわけではなく、あくまで今までの経験を統合した結果からお話しているので、ここまでは酷くない。
しかし、もっと重い症状の人は本当にこのレベルなのかもしれない。
発達障害という病気が最も厄介なところが、
正式な病名がない、というところなのである。
というか、私が思うに発達障害なんてホントは存在しないんだと思う。
ここまで散々言っておいてなに言ってんだこいつと言う人もいるかもしれないが、実際全く能力の凹凸がない人間など居ない。
大なり小なり能力の凹凸を抱えて皆生きているのだ。
しかし、ここで重要なことは「組織で生きること、他人に共感でき共生できること」ができて初めて、
普通の人を社会の中で名乗ることができる、というこの状況だ。
つまり、この壁を越えることができないほどに凹凸が激しい人が障害扱いされる、というだけのことなのだ。
この壁を難なく越えることができる人々は晴れてマジョリティとなりライオンの仲間入りだ。
ライオンにはライオン同士の問題があり、その問題を解決していくことになるだろう。
ライオンにはライオンなりの苦労があるのだろう。
しかし、この壁を越えることが難しい人々がマイノリティーであり鹿である。
周りはライオンばかりの社会だ。
食われないように必死にライオンのごきげんを伺う。
しかし、基本的に種族が違うので言葉が通じないのだ。
これが発達障害の人の考えだといって差し支えないと思う。
具体的にどうすればいいかは正直分からない。
過剰に共生を必要とする今の社会がおかしいともいえるのだろうが、昔は昔でまた違う人が排斥されたのかもしれないと考えると、結局堂々巡りなのかもしれない。
大事なのは鹿は自分が鹿だと認識すること。
そして、その上で処世術を身につけることだ。
鹿はライオンにはなれない。
いや、もしかしたらなれるのかもしれないが、せいぜいライオンの皮をかぶることぐらいだろう。
しかし、自分が鹿だと分からずにライオンと馴染めない自分を責めてしまう人が多いのだ。
だから少しでも周りといて違和感を感じるのならば、ネットの診断を受けるなり自分を客観的に分析するべきだ。
周りに馴染めないあなたが悪いのではない、違う種族に馴染もうとしているその前提が間違っているのではないか?と
ライオン側には別に過度に期待をしない。
社会を回しているのはライオン達だ。
そしてそういう強者に鹿の気持ちなど分かるはずがない。そりゃそうだろう種族が違うのだから。
だから、ライオン達にはせめて「あぁ食われる側も辛いし必死なんだなぁ。ふーん」くらいに思っていてほしい。
今考えているのはそんな感じです。