部屋に入ると、牧村は至って普通に話しかける。顔色が悪い上に、表情を硬くした美雪を落ち着かせるためだ。
「ベッドで横になれば、だいぶ楽になるだろう。時間は気にしなくていいからね」
ベッドの上掛けを捲ってあげる。
「うん。ありがとう」
大きくて弾力のあるスプリング。身体が沈みこみそうだ。
照明を落としてくれた。部屋がブラックライトで覆われている。天井には、プラネタリウムが――。
綺麗な天井、日中の疲れが混ざり、瞼が重くなってきた。
あっという間に、静かな寝息を立てている。 それに気付いた牧村は、座っていたソファから立ち上がりベッドを覗き込んだ。
「可愛い寝顔をして」
微笑んで、彼女の寝顔を見つめる。
傷つけることはしないと言っているが、彼も成人した男だ。全てを奪いたい気持ちにならないはずがない。
アパートの部屋で、涙を流す美緒を腕に包んだ。その時も今も、ガラス細工に触れるように彼女に接していた。
こんな自分、初めてでもどかしい。
そっと指先を、彼女の唇に触れる。
「君が好きで、好きでたまらないんだ」
寝顔に本当の気持ちを囁いた。
*
アパートへ戻ってきたのは、深夜3時を過ぎた頃。街は静まり返っていて、車のドアを閉めるだけでも騒音に感じてしまう。
静かに階段を昇り、それぞれが部屋の鍵を出す。
「それじゃあ、おやすみ」
「今日は――じゃなくて…。昨日は、本当に楽しかったです。ありがとう」
「いや。俺も楽しかったよ」
「…それから、迷惑をかけてしまって。本当に、ごめんなさい。こんな時間になっちゃって」
それだけは、本当に申し訳なく思った。
それでも彼は優しくて、いつものように微笑んでいる。
「気にしなくていいよ。それより、体調が落ち着いて良かった。それに、弁当も美味かったし。また食べさせてくれよ」
〈また〉をつけたのは、今回のデートを一度だけで済ませたくないという気持ちの表れか。
「それじゃ」
牧村の手が、美緒の髪を優しく撫でた。
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