【75】裏切りの予感 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


「岩田くんの、女の子との噂。――まだ、聞いていない?」


いきなりな質問に、私は頷いた。
嫌な予感がする。でも、いつかは離れる2人だと思っていたから、多少の覚悟は出来ていたつもりだ。私から別れを告げるか、彼から振られるか。

――ちょっと待って。
河村さんが、会社の人が話すくらいだから、当然、皆が知っている人だということになる。
と、すれば、その“女の子”というのは・・・社内の女性社員ではないのか?


「何ですか? 噂って」


疑うつもりはないけれど、河村さんは口が堅い方ではないと思うから、私の反応次第では、新しい話のネタになってしまうだろう。
何を言われても動じない覚悟をして、聞き返した。
河村さんは、階段を一段下りて、私に近づく。すぐには口を開かず、焦らすように間隔を空ける。


「・・・最近、寺島さんと仲が良いよね。椎名さんの彼氏」


“俺は、岩田と椎名が付き合っている事に気付いている”というような、含みを持たせる言い方。私をじわじわと追い詰め、楽しまれているようで・・・嫌だ。
最後の言葉には触れず、頭の部分だけに反応した。


「寺島さん? もう、“寺島”じゃないですよ。あの2人、同じ年齢でしたよね? 仲良くても、別に不思議じゃないと思うけど・・・」

「あ、名字変わったんだった。田浦さん・・・だっけ?なかなか慣れなくて」


社員旅行の少し前、寺島さんは離婚をし、旧姓の“田浦”に戻った。会社での表向きは、夫の不貞となっているが・・・。自分のW不倫は、無い事になっているようだ。
まあ、彼女が離婚したことで、「W」が取れて、「不倫」になっただけのことだ。


「それに、田浦さんて、安部課長と付き合っているんでしょう? なのに、岩田さんとも? ・・・おかしくないですか?」

「だからさ。人数なんて、関係ないんだよ。安部課長と、岩田くんと二股かけているんだって」

「――どういう事ですか?」

「どういうって、そういう事だよ。もう、結構有名になってるよ? 気付かなかった?」


――確かに、違和感はあった。
以前から冷めた雰囲気の岩田さんよりも、田浦さんの方に。
仕事で少しだけ関わるが、言葉の端々に、こう・・・直感的なモノを感じる事があった。
それに、社員旅行の時、彼の傍にいたのは、田浦さんだ。

河村さんが言っている事は、きっと、事実なのだ。

いつの間にか、私が浮気相手で、田浦さんが本命に摩り替っている・・・?
でも、まだ、何も言われていない。
岩田さんから直接、何も聞いていない。まだ、ほんの少し、優しさも残っているのだから。


「そんな話、私が聞いても・・・」

「岩田くんとは、まだ付き合ってるんだろう? 早く別れちゃえよ、あんなヤツ」

「え・・・だから、それは――」

「岩田より、優しく出来るし、好きなだけ甘えさせてあげられる」


途中から、話の意味が理解出来ない。
黙って、河村さんと瞳の奥を読み合った。間違いなく、これは――。


「俺と、付き合って」


短い言葉に、私は怪訝な眼差しを、河村さんに向けた。
全身を、嫌悪感が包む。

既婚男性に、昼夜曜日を問わず“好きなだけ甘えられる”はずがない。家庭不和でも、別居でもなく、円満な家庭がある男性に、求められることなど、たかが知れているだろう。


( またか―― )


自嘲気味に微笑んだ。以前の、武内課長に続いて、また・・・?
既婚男性から、まさか二度も誘われるなんて。私は、その程度の、安っぽい女に見られているという事か。本気になる価値のない、つまらない女なのか。

頭痛がする。ズキズキと、こめかみの上を脈打った。

『ゴメン』 ――
昔の場面が、脳裏を過ぎる。あの人に二度言われた、それぞれの場面が、回想シーンのように流れた。

そうだ。その程度の女だから、こういう男性からしか、誘われないんだ・・・。
我ながら情けなく、涙も出てこない。

力なく、河村さんを見る私に、彼は更に近づいてきた。





・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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