岩田さんに関することを、まだ聞いたことがないという私に、
躊躇いながらも、思い切った様子で話し出す。
予期すら出来なかった、想定外の告白。
「俺、 韓国人なんだ」
「・・・・・・は っ?」
耳にした瞬間、目の前がクラリと揺れた。
どうして、こう・・・
私の近くには、一筋縄でいかない男性が集まるのか。
言っている意味が解らない。
解らないのに、何処となくデリケートな話題のような気がして、
瞬時に現れた疑問を、喉の奥で飲み込む。
( カンコクジン・・・?
名前は、日本人なのに?どうして日本に住んでるの? )
「韓国人といっても、在日二世で・・・
名前も、日本名と韓国名の、ふたつを持ってる」
「・・・う、うん・・・ そうなんだ・・・」
返事をしながらも、頭の中は大混乱。
頷いておきながら、何を言われているのか、サッパリ解らない。
私の動揺を、見て判らないはずがない。
だって、岩田さんの目が見られないんだから・・・。
それでも、彼は言葉を止めようとはしなかった。
「日本人じゃないけど、いい・・・?」
すぐに答えられない。
( どうしたらいい・・・?
外国籍だからって、どんな問題があるの? )
日本に “韓流ブーム” が訪れる、ずっとずっと前の出来事。
“嫌韓” という、風潮さえもなかった時代。
私を含め周囲でも、韓国の文化などを知る人は皆無で、
興味を持っている人もいない。
ずっと黙っている私に、岩田さんが諦めるように呟く。
「やっぱり、難しいか」
その言葉が、私の胸にグサリと刺さった。
この気持ち・・・ 前にも感じたことがある。
諦めるとか・・・
難しいとか・・・
( また、逃げるの? )
何処からともなく、その言葉が浮かんだ。
考え過ぎだろうけど、もしかしたら・・・
井沢さんとのことを逃げたから、
結果的に、大好きな人の全てを、受け入れなかったから、
もう一度、新たな試練が与えられた?
そうとは、考えられないだろうか?
二人はどうして、同じ名前を持っているの?
やっぱり、これは私への試練?
今度こそ、逃げずにぶつかって、乗り越えろ・・・という事なの?
考え出したら、岩田さんへの気持ちが置き去りに・・・。
このままでは、いけないのは解っている。
井沢さんが私の前から消えてから、ずっと心が凍ったまま。
どうにか、この心が溶かせるのなら・・・
出来るなら私だって、新しい恋がしたいよ。
あの頃みたいな、
“狂おしいほど焦がれる恋” でなくても良いから、
穏やかな恋がしたい。
もう一度、温かな心が欲しい。
どうなるのか、判らない。
想像さえ出来ないけれど、飛び込んでみようか・・・?
岩田さんに伝えるべき言葉を、口に出す前に、
おかしな箇所がないかを再確認。
“そういえば、似たような事を、あの人にも伝えたことがある”
そう思ったが、それでも伝えなければならない気がした。
決意に似た気持ちが芽生えると同時に、顔を上げる。
「何処の国とか、関係ないですよ。
岩田さんが日本の人じゃなくても、私は構わないです」
「・・・・・・本当に?」
「はい」
「・・・良かった・・・」
真っ直ぐに頷いた私を見るなり、安堵の表情になる。
心から安心したというような、穏やかな眼差し。
視線を合わせては、照れくさそうに笑い合う。
そんなことが、とても新鮮だった。
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