【18】初めての彼氏 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


全くの、予想外。

まさか・・・
バレンタインデーに、義理チョコの即日返しがあるなんて。

それも、 “初めての彼氏” というものを得てしまった。

一晩、 “付き合うとは何なのか” を、意味もなく考えた。

もっと若い頃に、この過程を踏んでいれば、
難しく考える必要などない・・・と、解るはずなのにね。


「おはよう」


出社して、自分の席でぼーっとしていたら、
目の前に岩田さんが現れた。

向い合せの席だから、視界に入って当然なのに、
思わず飛び上がりそうになる。


「わ・・・! お、おはようございます」

「どうしたの?朝から難しい顔をして」

「いえ・・・ ちょっと、考え事をしていたから」


笑顔を作れば、岩田さんも同じように笑い返す。

仕事の準備に取り掛かる、彼を眺め、まだ実感出来ずにいた。


( 昨日の言葉は、本当だったのかな・・・? )


その事だけに、考えを支配されそうな自分に気付き、
机に並べた取引台帳を開いて、仕事に取り掛かった。

.
.

―― 昼休み ――


由里ちゃんの席で、いつものようにお喋りをしていた。

ポカンとした、少々間抜けな顔で、由里ちゃんが私を見ている。


「それ、本当なの?」


昨夜の報告をした後、由里ちゃんは暫し固まっていた。
ようやく口を開いたと思えば、このセリフ。


「うん。なんかね、そういう事になった・・・」

「へえー・・・ 岩田さんと、ねえ・・・」

「けどね、さすがに実感がなくて」


かなり声を落として、コソコソと話をしていた横を、
岩田さんが通り過ぎる。

チラリ・・・
多分、今、岩田さんと目が合った。

彼の視線に、何かを察した由里ちゃんが、私を小突く。


「早く彼のトコ、行ってきなさい」

「え、どうして?」

「どうして!? んもー・・・ いいから、行くの!」


その時、肩くらいの高さがあるキャビネットの向こうから、
岩田さんが顔を覗かせた。

小声でやり取りをしていた私達は、動きをピタリと止める。


「椎名さん、ちょっといい?・・・柏木さん、ごめんね」

「いいえ~。どうぞどうぞ」


私の返事を待たず、由里ちゃんは急かすように、
“早くあっちへ行け!” と追い立てる。

仕方なしに、岩田さんの席へ向かう。

1課には誰もおらず、喫煙室や会議室にも、誰の気配もない。


「ここ、座って」


隣りの竹下さんの椅子を引っ張り出し、自分の方に引き寄せる。
それに座るようにと促され、ひとつ頷く。

腰を下ろし、彼と向かい合ったら、大事なことを思い出した。
いつも周囲に誰かがいたから、ずっと言えなかった。


「昨日は、ありがとうございました」


唐突ではあるが、食事をご馳走になったことと、
家の近くまで、車で送ってくれたことに、改めて礼を言う。

しかし、彼は不思議そうな顔をした。
それを当然だと思っているのか、礼を言われることが珍しいのか。

余程変なことを言ってしまったのかと、心配になるほどの間で、
些細なことで不安になる。


「・・・ああ! うん、それはいいんだよ」


ようやく、笑みが浮かんだ・・・ が、
どうしてだか、岩田さんは難しい表情に変わっていく。


「知っているだろうと思って、言っていないことがあるんだ」

「・・・・・・?」

「俺のこと、誰かから聞いてない?」

「・・・? いいえ、何も」


首を振って答えると、彼は小さく息をついた。


「俺さ、実は ―――――・・」




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