てっきり・・・
居酒屋とか、レストランとか、そういう場所で食事だと思っていた。
私は、普段の通勤スタイルで、
この場には、明らかにそぐわない服装だと断言出来る。
ジーンズにセーターとか・・・
ごく普通の格好なんだけど、間隔を空けて程よく配置された、
周囲のテーブルのカップルは、素敵なファッションの女性ばかり。
上着はまだ良いけれど、ジーンズなんて、誰も穿いていない。
「すいません・・・
まさか、こういう場所に来るとは、思っていなかったもので・・・」
ドイツ料理のお店だという、テーブルが4つほどの
小ぢんまりとした店内には、蛍光灯などの明るい照明がなく、
やわらかな間接照明と、各テーブルに置かれたキャンドルだけで、
とても雰囲気がある。
少し恥ずかしくて、指摘をされる前に、自分から頭を下げた。
それなのに、岩田さんは、何のことやら・・・という表情をした。
「“すいません” 、って何?」
「いえ、その・・・ 私だけ、普段着なので・・・」
「ああ、そういうことか」
先にテーブルに来ていた、飲み物に口をつける。
誰かの視線を気にしていた生活から、遠く離れてしまった私は、
お洒落とか、女性らしいファッションとは、縁が切れていた。
「気にすることないよ。別に、変じゃないけどな~」
「・・・そう、ですか?それなら良かった」
明るい声で、安心させるような笑顔に、私も少しホッとする。
気休めに言ってくれたとしても、気まずさとか緊張を
解してくれることには違いなく、ようやく笑う事ができた。
.
.
どんな料理が出てきて、途中、どんな会話をしていたのか、
細かな内容は忘れてしまった。
ただ・・・ やっぱり、
最後まで、少しの緊張感を持っていたことは、間違いない。
会社では、口数が多くはない私。
それとは対照的に、岩田さんは自分のことなど、
たくさんの話題で楽しませてくれる。
話すのは苦手だけど、人の話を聞くのは好きだから、
苦痛ではなく、むしろ歓迎だし、助かった。
食事も段落がつき、落ち着いた頃。
そもそも、どうして今日食事に誘われたのか、
その重要な部分に、触れることになる。
私としては、問いに対して、変な返し方をしてしまったから、
岩田さんに誤解をさせてしまったと思っていた。
その上で、こうして付いてきてしまったのだから、
そうであれば、きちんと謝らないといけないし、
今後も一緒に仕事を続けていくのだから、
気まずくならないよう、後々に響かないようにしないと・・・。
「・・――― で、今日の事だけど・・・」
岩田さんに切り出され・・・
変な方向に話が向いてしまう前に、流れを堰き止めようと、
勝手に話を繋げてしまった私は、頭を下げていた。
「ごめんなさい・・・!」
まだ何も話していないのに、一方的に頭を下げられ、
岩田さんも理解が出来ないような表情になる。
「・・・どうしたの?」
「私、岩田さんに聞かれたとき、きちんと答えなくて・・・
その、違う風に伝わってしまったんじゃないかと、そう思って・・・」
「・・・ああ。 そうか・・・そのことは、まあ・・・」
歯切れも悪く、話を切り出した本人が、言葉を切ってしまう。
( やっぱり、誤解をさせちゃったんだ・・・ )
ああ・・・
笑みなんかで誤魔化さず、言葉で伝えていれば・・・。
きっと、純粋に喜んで、食事に誘ってくれたんだよね。
いや・・・
そもそも、この食事自体を断れば良かった。
後悔の念が、グルグルと回る。
これ以上、どう謝れば気分を直してくれるのか・・・
想像力の足りない頭で、そんな事まで考えた。
「椎名さん、彼氏・・・いるの?」
「・・・・・・は?」
唐突な質問に、目が点で、間抜けな答えを返す。
表情を崩さない岩田さんと視線が合い、我に返った。
「いえいえ!まさか、そんな・・・ いませんよ!」
今まで、一度だって・・・ そんな人、いなかった。
けど、20歳を過ぎてまで、一度だって出来たことのない現実が、
恥ずかしいことだという意識は持っていたから、
それはどうしても隠したかった。
くだらない見栄とか、プライドなんだけど。
「いないの?」
「うん、いないです。 ・・・そんな、何度も聞かないでくださいよ」
「・・・それじゃあ、付き合う?」
「え・・・ 誰、と・・・?」
「俺と椎名さんしか、いないだろ」
「・・――― ! ・・・」
ドキン!と、鼓動が慣れない高鳴りを見せる。
( きっと、冗談。そうとしか考えられないでしょ・・・ )
「俺、結構前から、椎名さんを見ていてさ・・・
今日、チョコ貰えて嬉しかったんだよ」
こんな言葉にさえ動揺し、胸を動かされそうになる、未熟すぎた私。
岩田さんへの想いは無くても、もしかしたら・・・
“恋” というものは、こういうきっかけから始まるのかも。
( 岩田さんなら、私を変えてくれるかもしれない。
陽のあたる、明るい方へ連れ出してくれるかもしれない )
迷いつつも、彼の言葉に頷いた。
・・――― でも、
もしも、今・・・
あの日に戻れるのなら、私は、強く首を横に振るだろう。
彼の申し出に、頷いては・・・ いけなかったんだよ。
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