【16】線路を見下ろす坂道で | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


終業は、17時。

この会社では、女性が残業をすることは滅多にない。
繁忙期は別にして、それ以外では、
遅くても17時30分には、帰らなければならない雰囲気だった。

定時を5分ほど過ぎた頃、由里ちゃんが私の席にやってきた。

さっきの出来事を知るはずもない由里ちゃんは、
いつも通りの笑顔で、私の机を覗き込む。


「椎名~。帰らないの?」

「あ、由里ちゃん。・・・ちょっと来て!」


小さな会議室に引っ張っていき、扉を閉める。

突然のことに、不思議そうな顔をする由里ちゃんに、
私は間を空けず、事の経緯を話した。


「どうしよう・・・。なんか、変に誤解されたかもしれない・・・」

「まあまあ。とりあえず、その食事とやらに行ってきなさい」

「んー・・ でもさ・・・」

「 “でも” じゃないの!食事くらい、どうってことないよ」


確かに、そうなんだけど・・・


私が渋る理由に、由里ちゃんは気付いている。
しかし、それには触れずに、背中をポンと押した。


「何か聞かれたら、ハッキリ答えれば良いし、
 別に、悪い事をしている訳じゃないんだから。」

「・・・うん」

「もう、どうして、そんなに自信無さそうにしているの。
 椎名には、良い経験だと思うけどな。大丈夫だよ!」

「・・・うん」


頷くだけで、全然笑顔を見せない私を、困ったように、
“やれやれ” と言うような、溜息をつく。

そんな時に、武内課長が会議室の扉を開けた。


「おーい、椎名さん。岩田くんから電話だぞ」

「あっ、はい。ありがとうございます」


私と由里ちゃんが、ここに入っていくのを見ていたのだろう。
それに、岩田さんからの電話も、仕事の事と思って疑わない。

いつものような、軽い口調で言うと、静かに閉じて行った。

冷やかすような眼差しの、由里ちゃん。
その視線に背を向けて、受話器を上げると、外線ボタンを押した。

.
.

待ち合わせに指定された場所で、私は辺りを見回した。

そこは、最寄駅から数駅乗った・・・
あの、 “逢瀬” の想い出が詰まった駅の、ひとつ手前。

想い出の場所を通過することなく、
その手前で降りたことは良かったが、距離が物理的に縮まったことで、
私の心は乱されていた。

改札を出て、線路沿いを歩いていくと、なだらかな坂道がある。
岩田さんは、そこに車を停めている・・・というのだ。

会社には、営業車が無くて、営業に出る時には
自家用車を使用するか、電車やバスを利用するしかない。

確か、 “赤い車” だと言っていたが・・・。

視線の先に、ハザードランプが点いた車が、一台だけ停まっている。
それだとは思うけれど、暗くて車体の色までは判らない。

近くまで歩いて行くと、助手席側の窓が開いた。

驚いて足を止めた私を覗くように、少し頭を低くして、
運転席から岩田さんが顔を見せる。


「お疲れさん」

「あっ・・・ お疲れさまです」


言い終わらないうちに、助手席のドアが開いた。


「乗って」

「はい。・・・お邪魔します」


短く促されて、戸惑いを感じる前に、勢いだけで乗り込む。

車を目の前にした時から感じていたが、印象通りに乗り難い。

車高が低く、しかも室内は狭く・・・。
ツーシートの “スポーツカー” 。

岩田さんは、私よりも8歳も年上で、30代前半。
二枚目とは程遠いが、背が高くて体格が良い。
歳相応というのか、雰囲気は・・・まあ、落ち着いている人。

正直・・・
私の “岩田さん像” からは、かなりかけ離れた、彼の愛車だった。


「なっ・・・ 何だか、すごい車ですね」


褒めているのか、貶しているのか解らない言葉が飛び出る。
だって、家の車は、ごく普通のセダンだし・・・。
こんな車、助手席に座る日が来るとか、想像さえしたことがない。

岩田さんは、私の驚きを良く取ったらしく、嬉しそうに笑った。


「これね、屋根が開くんだよ。
 少し時間がかかるけど、自動でオープンカーになるんだ。
 冬は寒いから、閉じているけどね」

「オープンカー!? それは・・・ また、スゴイ・・・」


目を丸くして、屋根を見上げ、後ろを振り向いた。
・・・が、車内が狭いから、どうにも居心地が良くない。

気付かれないように、そっとドア側に身を寄せる。


上手く、言葉が続かない。

会社内でしか話さず会わない人と、プライベートで会うのは、
どうしても違和感があるし、慣れないし、緊張してしまう。

会社では、それなりに話せているのに・・・。

膝に置いたバッグを軽く握り、少し俯き加減になってしまう私。
ふとした瞬間に、あの人の影が浮かびそうになる。
もう、何年も目にしていない、あの人の姿・・・ 声・・・。


「さて、それじゃあ、メシに行くか」


言葉と同時に、エンジン音が響いた。
座席の下から突き上げてくる重低音。


驚いて顔を上げた私の脳裏からは、あの人の影が消えていた。




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