【15】義理か本命か | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


職場には不要だと思うイベント、バレンタインデー。

例外なく、この会社にも存在した。


笹原さん仕切のもと、女性社員は、
チョコレート代を、1000円も徴収される。

その集めたお金で、男性全員分のチョコを買うというわけ。

私たちは、ただお金を渡せば済むから楽・・・ではない。
笹原さん仕切りのチョコ以外に、
自分の課の男性にも個人で渡すという習慣があった。

チョコなんて、ひとつ渡せば充分だと思うのに・・・
何の感情も沸かないチョコを買いに行く、この矛盾。

私も仕方なしに、営業1課の男性全員分のチョコを用意して出社した。


( 武内課長も、竹下さんも、
  私からのチョコなんて要らないはずなのに、
  どうして無駄なお金を出さないといけないのよ・・・ )


本当なら、どうせなら、好きな人にあげたい。

だけど、本当に好きな人には渡せず、
正直、どうでも良い人たちに渡すしかない淋しさ。



「おお~。ありがとう!」


由里ちゃんがいる3課から、嬉しそうな声が聞こえた。

どうやら、出社早々に渡している様子。
それなら私も・・・ と思うが、中井さんも、多部井さんも、
全く動く気配がない。

もう配ったのだろうか?

それを聞くのもおかしい気がして、タイミングを見ていたのだが、
朝はみんなバタバタしていて、渡せる雰囲気ではなかった。

仕方なく、営業がそれぞれ出掛けて行くのを見計らい、
そっと渡すことにした。

部長、課長、年配の営業さん・・・ 次々に渡していく。
手元には、あとひとつ。


( 早く出掛けないかなぁ・・・ )


向かいの席の岩田さんを見るが、その気配がない。
・・・ように見せかけて、時計を見るなり慌てて立ち上がった。


「マズイ・・・!遅れる!!」


先方に持って行く、見積りか何かを作成していたようで、
机に広げていた書類を、鞄に詰め始めた。

そして彼は、私の背中側にある、会議室に入っていく。

そこは、朝礼を行う一番大きな会議室で、後ろの一角が、
更衣室を持たない男性社員用のクローゼット・・・
コートなどの上着を掛けておけるスペースになっていた。


( あっ、チョコ渡さないと! )


時刻は、15時過ぎ。
これから出掛けると、戻りは定時間を回ってしまうだろう。
多分、このタイミングを逃したら、明日に持ち越すことになる。

いやいや・・・
ここは絶対に、今日渡し終えないといけない。


「岩田さん!あの・・・」

「うん、なに?」


電気も点けず、薄暗い会議室。

岩田さんは、ロングコートを羽織りながら振り向いた。


「少し遅くなったんですけど、バレンタインの・・・」

「ああ!うん。ありがとう」


嬉しそうにして、小さな包みを受け取る。


( 良かった・・・
  これで、今日の大きな仕事は終わった )


それにしても、何故こんなに疲れるんだろう。
義理チョコを渡すのは、初めてではないのに、この疲労感・・・。

“何故” かは、自分なりに解っていた。
入社して、もうすぐ1年になろうというのに、
私はまだ、此処に自分の居場所を見出していない。

仲間とさえ思えないでいる、課の人達を相手にしていれば、
疲れて当然だ。


でも不思議と、岩田さんには、普通に話せている気がした。

かなり年上だし、社交的というのか、
人見知りをしない、誰とでも話せるタイプの人だからか・・・。


「それじゃ、いってらっしゃい」


背中を向けようとした私に、岩田さんは問いかけた。


「ねえ、コレさ・・・ 義理、だよね?」

「・・――― え?」


義理か・・・?

義理以外に、何があるというのか。


私は、少し笑みを浮かべていたと思う。
“当たり前ですよ” そんな言葉が、聞こえそうな眼差しで。

岩田さんは、私の言葉を待たず、声を潜めて呟いた。


「今夜、食事に行かない?」

「え・・・? えっ、でも あの・・・」

「なるべく早く戻るから、少しだけ待っていて」


そう言い残して、岩田さんは、逃げるように会議室を出ていく。

彼に何かを言いたいのに、上手く言葉に出来ず、
それに、すぐ近くにいる同僚に聞かれても困るから、
喉まで出かかった、謎の言葉を飲み込む。


“無理です” ・・・

“困ります” ・・・


そんな言葉を、告げたかったのか・・・。

カタチにならなかった言葉が、もやもやと胸の中に渦巻いた。




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