『逢瀬は、プラットホームで。』 ~ epilogue ~
私が、彼と会うことを躊躇う理由。
戸惑いの部分は、井沢さんも解っていた。
『解ってるよ。 椎名ちゃんが迷っている事は。
だから、それを含めて、話をしたいって思ったんだよ』
井沢さんが、私に伝えたいこととは、過去に関する何か・・・。
――― の、はず・・・ だよね?
( 含めて・・・? 迷いを含めて、って・・・ ナニ? )
・・・ なんだろう。
何かが、ヘン。
「・・・ 井沢さん! ゴメンね!
あのっ・・・ 違うの。 九州に住んでるって、冗談で・・・」
『は・・・っ? え・・・ 違うの? 嘘?』
タイミングを逃したとか、そんな事は言っていられない。
今、言わないとダメだ。 ・・・そう思った。
脈絡もなく、いきなり口にした私の言葉を、
どうにか整理しているのだろう。
電話の向こうで、何やらブツブツ言っているのが聞こえる。
「えー・・・」 とか、 「マジか・・・」 とか。
私が言ったことを、本気で信じたみたいで、
軽く、混乱しているようだった。
( 井沢さんを、試したみたい・・・。 怒る、よね? )
「・・・ ちょっと、驚かそうと・・・ ゴメンなさ―――・・」
謝り終えるかどうかのタイミングで、
彼は 「あはは」 と、笑い声をあげた。
「ごめんね・・・ 言い出し辛くなっちゃって・・・」
『―――・・ ったく。 ・・・ やられた』
まんまと嵌められた、とでも言いたげな様子が、伝わってくる。
勿論、私にはそんなつもりはないけど・・・。
『会ってからと、思っていたのに・・・
余計なことを、喋りすぎただろ? ・・・どうしてくれるんだよ』
「だから・・・ ゴメンナサイ」
そう言っていても、怒っていないと判る。
今度ばかりは、聞かれる前に、自分から居場所を明かした。
「今はね、○○に住んでるの」
『それは・・・ マジなんだよな?』
「うん、ホント。 何度も、冗談なんて言わないよ」
彼に告げた、本当の私の住んでいる場所。
その街は、井沢さんが住むところから、それほど遠くない。
電車でも、車でも、無理なく行ける距離。
―――― だから、怖かった。
15年の歳月を、あっという間に飛び越えてしまうのが、
何よりも、怖かった・・・。
『・・・ そうなのか。 そんなに近いところに、いるんだ』
「うん・・・」
『・・・ ・・・。』
彼は、何かを言おうとしていた。
最初の言葉が小さく聞こえたけれど、そのまま飲み込んでしまう。
言いかけた言葉を、逃がしたような・・・ 溜息。
そして、
『・・・ いや。 これ以上言っても、困らせるだけか。
明日の返事を、待ってるよ』
「・・・ うん」
『明日、また話そう』
「うんっ」
“明日” なんて言われて、つい・・・
嬉しさを含んだ声で、返してしまった。
井沢さんが、クスクスと笑っている。
わっ・・・ ヤダ・・・。
私はもう、若くないのに・・・。
無邪気そうな、声を出した自分が恥ずかしい。
頬が熱くなる。
『じゃ、おやすみ』
「うん。 おやすみなさい」
静かに通話を切り、声の余韻に浸る。
やっぱり、井沢さんの声は、心地よい。
低さが、好みなのかな・・・。
ううん。
彼ほど、低い声の男性は知らないし・・・
好みとは、少し違うよね。
そうすると、
好きな人だから、全部好き・・・ってコトなのかな。
明日。
また、明日・・・。
サラリと言ったけど、そうだ・・・。
井沢さんと関われる日が、あと一日あるんだね。
普通に使う言葉だから、何気なく言ってしまうけれど、
重みが全然違うよ。
彼と話せる、明日がある。
その、彼との 「明日」 があるのなら、今・・・世界が終わってもいい。
夢・・・とか、願い・・・とか、
温かな気持ちを持ったまま、消えられるのなら、
消えてもいい。
出来ることなら、消えてしまいたいかも・・・ しれない。
・・・ どうしよう。
私、、、
井沢さんが、すごく好き・・・
今になって、胸がざわめく。
彼への想いを、
厚くて重い扉で閉じ込めるのは、慣れたはず。
でも、今夜はチョット・・・ ダメみたい。
もう少し、
あと少しだけ・・・。
夫が帰るまで、 “あの頃” に戻らせて。
井沢さんが言った、
優しくて落ち着いた声の “おやすみ” ―――・・
耳の奥で、何度も何度も繰り返して、
横になり、目を閉じた。
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