【192】あなたの声に抱かれて | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


『逢瀬は、プラットホームで。』 ~ epilogue ~



私が、彼と会うことを躊躇う理由。

戸惑いの部分は、井沢さんも解っていた。



『解ってるよ。 椎名ちゃんが迷っている事は。

 だから、それを含めて、話をしたいって思ったんだよ』



井沢さんが、私に伝えたいこととは、過去に関する何か・・・。

――― の、はず・・・ だよね?



( 含めて・・・? 迷いを含めて、って・・・ ナニ? )



・・・ なんだろう。


何かが、ヘン。



「・・・ 井沢さん! ゴメンね!

 あのっ・・・ 違うの。 九州に住んでるって、冗談で・・・」


『は・・・っ? え・・・ 違うの? 嘘?』



タイミングを逃したとか、そんな事は言っていられない。

今、言わないとダメだ。 ・・・そう思った。



脈絡もなく、いきなり口にした私の言葉を、

どうにか整理しているのだろう。


電話の向こうで、何やらブツブツ言っているのが聞こえる。

「えー・・・」 とか、 「マジか・・・」 とか。

私が言ったことを、本気で信じたみたいで、

軽く、混乱しているようだった。



( 井沢さんを、試したみたい・・・。 怒る、よね? )


「・・・ ちょっと、驚かそうと・・・ ゴメンなさ―――・・」



謝り終えるかどうかのタイミングで、

彼は 「あはは」 と、笑い声をあげた。



「ごめんね・・・ 言い出し辛くなっちゃって・・・」


『―――・・ ったく。 ・・・ やられた』



まんまと嵌められた、とでも言いたげな様子が、伝わってくる。

勿論、私にはそんなつもりはないけど・・・。



『会ってからと、思っていたのに・・・

 余計なことを、喋りすぎただろ? ・・・どうしてくれるんだよ』


「だから・・・ ゴメンナサイ」



そう言っていても、怒っていないと判る。

今度ばかりは、聞かれる前に、自分から居場所を明かした。



「今はね、○○に住んでるの」


『それは・・・ マジなんだよな?』


「うん、ホント。 何度も、冗談なんて言わないよ」



彼に告げた、本当の私の住んでいる場所。

その街は、井沢さんが住むところから、それほど遠くない。

電車でも、車でも、無理なく行ける距離。



―――― だから、怖かった。


15年の歳月を、あっという間に飛び越えてしまうのが、

何よりも、怖かった・・・。



『・・・ そうなのか。 そんなに近いところに、いるんだ』


「うん・・・」


『・・・ ・・・。』



彼は、何かを言おうとしていた。

最初の言葉が小さく聞こえたけれど、そのまま飲み込んでしまう。


言いかけた言葉を、逃がしたような・・・ 溜息。


そして、



『・・・ いや。 これ以上言っても、困らせるだけか。

 明日の返事を、待ってるよ』


「・・・ うん」


『明日、また話そう』


「うんっ」



“明日” なんて言われて、つい・・・

嬉しさを含んだ声で、返してしまった。


井沢さんが、クスクスと笑っている。


わっ・・・ ヤダ・・・。

私はもう、若くないのに・・・。


無邪気そうな、声を出した自分が恥ずかしい。

頬が熱くなる。



『じゃ、おやすみ』


「うん。 おやすみなさい」



静かに通話を切り、声の余韻に浸る。


やっぱり、井沢さんの声は、心地よい。

低さが、好みなのかな・・・。


ううん。

彼ほど、低い声の男性は知らないし・・・

好みとは、少し違うよね。


そうすると、

好きな人だから、全部好き・・・ってコトなのかな。



明日。

また、明日・・・。


サラリと言ったけど、そうだ・・・。

井沢さんと関われる日が、あと一日あるんだね。


普通に使う言葉だから、何気なく言ってしまうけれど、

重みが全然違うよ。



彼と話せる、明日がある。

その、彼との 「明日」 があるのなら、今・・・世界が終わってもいい。


夢・・・とか、願い・・・とか、

温かな気持ちを持ったまま、消えられるのなら、

消えてもいい。


出来ることなら、消えてしまいたいかも・・・ しれない。



・・・ どうしよう。

私、、、

井沢さんが、すごく好き・・・



今になって、胸がざわめく。


彼への想いを、

厚くて重い扉で閉じ込めるのは、慣れたはず。

でも、今夜はチョット・・・ ダメみたい。



もう少し、

あと少しだけ・・・。

夫が帰るまで、 “あの頃” に戻らせて。



井沢さんが言った、

優しくて落ち着いた声の “おやすみ” ―――・・


耳の奥で、何度も何度も繰り返して、

横になり、目を閉じた。




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