【172】運命の選択 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


『逢瀬は、プラットホームで。』 ~ epilogue ~



『 「椎名ちゃんは、椎名ちゃんは・・・」ってさ、

 そればっかり言うから、可笑しくなっちゃったよ』


受話器の向こうでは、淳ちゃんが楽しそうに笑っている。

この会話だけだと、すっかり昔に帰ったような・・・

懐かしい気分にさせられるけど、現実は違う。


彼女の後ろでは、小さな子供がママを、

淳ちゃんを、呼んでいる声がするのだから。



「でっ、でもさ・・・ いまさら 電話って ――・・・」


『井沢さんも、懐かしくなったんじゃない?

 あ・・・ でも、そっか。旦那さんに悪いとか、思うよね・・・』


「・・・ うん。 それも あるけど・・・」


『今でも好きだから、

 忘れられない人だから、裏切っているようで 辛い?』



彼女に、そう問いかけられて ギクリ・・・ とした。

やっぱり、淳ちゃんは、私の事をお見通しだった。



『無理に忘れる必要、無いんじゃない?

 心が忘れさせてくれないんだから、どうしようもないよ』


「・・・・・・ うん」


『話すくらいじゃ、旦那さんを裏切った事にはならないよ。

 ずっと、井沢さんを待っていたんでしょ?』


「それは、そうだけど・・・。もう15年も経ってるのに・・・」


『彼は、そうは思っていないんじゃない?

 さっきもね、なんかこう・・・ 最近の事みたいに話してくれたし』



おそらく、これが私に巡ってきた、

最初で最後のチャンスなのだと思う。


これを逃したら ―――・・・


そう考えそうになって、無意識に頭を振っていた。



( 本当に、電話 ・・・ しても、いいの?  )



神様は、私を試しているのだろうか。


それとも ―――・・・


胸の奥に、小さな炎が揺れる。


永い歳月の間、

陽に、風に触れることなく、

ひっそりと、小さく燈っていた炎。


その火は、少しずつ大きくなっていくようだった。



受話器越しの私の葛藤に、淳ちゃんは気付いている。



『あとで後悔しても、知らないよ?』



そうだ・・・。

私は、後々まで ウジウジと悔いる人間だった。


彼はただ、懐かしくて、話をしたがっているだけ。

ただ、それだけのことなんだから・・・。



『それとも、電話番号 憶えてないの?』



そう。

彼の、携帯電話の番号・・・。


結婚をする前、5年前に処分をした、

昔、井沢さんから渡された、番号が書かれたメモ・・・


あのメモは、確かに処分をした。


だけど・・・

番号だけは、私の携帯電話の中で生きている。


< 友 達 > という、グループの中で。


友達の名前が連なる中に、

彼の名前が 違和感なく紛れ込んでいた。

だけど、男性の名前は・・・ 彼ひとりだけ。


未練たっぷりに、

11桁の数字を、お守りにしている私・・・。



「番号は、憶えてるよ。

 でも・・・ 掛けるのは、少し考えてみる」


『どっちにしても、後悔しないようにね。

 時間空けすぎると、タイミングって難しいから』


「うん、解ってる」



そう言葉を交わして、受話器を置いた。


淳ちゃんと話したのは、10分くらいだったけれど、

随分と長く話していたような気分だった。


彼女と話しながらも、

頭の中には井沢さんがいたから。



淳ちゃんの家に、フラリと現れた井沢さんは、

私がこんな気持ちでいたことに、気付くはずもない。


どれだけ想って、どれだけ待っていたのかなんて、

知るはずがない。


“待っていた” なんて言うけれど、

本当なら、待つ意味も、

待っていて 連絡が来るような相手でもない。


想い合っていた、恋人ではないのだから。


友達として、認めて貰えていたのかさえ判らない。

彼にとって、私はどんな存在だったのか、

どんな関係だったのか・・・

それさえも判らない、間柄だったから。



ちょっとだけ よく話していた同僚と、

電話で再会を果たすだけ ――・・・


ただ、それだけのことなんだ。



そんな、昔と変わらない疑問を、

頭の中で 堂々巡りをさせていく。



夜、仕事から夫が帰っても、

真っ直ぐに顔を合わせられない、疚しさ。


何も、いけないことはしていないのに、

裏切っていないのに、そんな気持ちになった。



電話を掛けるなら、早い方がいい。


淳ちゃんが言っていたように、

タイミングが大事なことは、充分に理解している。


そして、井沢さんとの関わりを、

その一切を絶つならば、沈黙を守って、

携帯電話に登録してある番号を、削除しなければ・・・。



15年を経て なお、

私には、大きな選択を迫られていた。



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