【170】生涯を懸けて | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


『逢瀬は、プラットホームで。』 ~ epilogue ~



ゴミ箱へ、自分の宝物を・・・

私の心を捨てて、それでも迷った。


本当に処分してしまったら、二度と手元には戻らない。


何度もゴミ箱を見て、何度も思い留まりそうになる。



だけど・・・

やっぱり、これから夫となる、婚約者の彼に対して、

不誠実ではないのか?


もしも、私が彼よりも先に死んだら・・・?

遺品整理の時に、妻の持ち物から、

見も知らない男の物が出てきたら、どう思うのだろう?


人生、いつどうなるのか判らない。

そう考えたら、益々、手放さなければいけない気持ちになる。



でも、でも ―――・・・


あんなに大切な想い出を、全て捨てたくない。


たったひとつでも、心の支えになるような、

お守りになるような、何かひとつを、手元に残したい。


全てを捨てようと、ゴミ箱に空けたのに、

私って、どうしようもなく、意志が弱いんだな・・・。



“どれかひとつだけ” そう考えたら、私にはあれしかない。


出張のお土産だと、さりげなく机に置いていった、

ガラス細工の置物。



( どっちが私で、どっちが井沢さんなんだろう? )


勝手にそんなことを考えて、ひとりでニヤけていた、あの頃。

肌身離さず持ち歩いて、

家でも、物思いに耽るときに眺めたり・・・。

本当の宝物だった。



ゴミ箱から拾い上げて、ふたつのガラス細工を両手に包む。


( これだけは、一生私の傍に置いておこう・・・ )


そう 心に決めて、もう一度だけ・・・

お別れのつもりで、

指輪、腕時計・・・ 入構証を拾い上げる。


井沢さんのフルネームと、良く撮れている証明写真、

会社名を見つめて、想い出に浸る。


有効期限は、とうの昔に切れていて・・・

どれだけの歳月が流れたのかを実感した。


腕時計は、彼がつけていたコロンの香りなど、残っているはずもなく、

普通のゴツゴツとした、紳士物の時計になっていた。

突然に腕から外して、 「あげる」 と押し付けられた時、

彼の温もりと、コロンの香りがハッキリと残り、感じられたのに・・・。


いつの頃か、電池が切れて 時が止まっていた。


私の想いも、この時計と同じ・・・。



指輪は ―――・・・

胸が痛くて、言葉が出ない。

これで最後と、左手の薬指に通した。


本当は、この指に通して、彼に会いたかった。

会社で、友達や同僚に冷やかされたかった・・・。

そんな、密かな願望が呼び起される。


これこそ、本当に 処分しなければいけない。

残しておいたら、私がダメになる・・・。


婚約者の彼から贈られた指輪と、一緒になんて出来ないし、

私の性格的にも、何もないように、彼の前で指にはめられない。



「 今まで、ありがとね 」


そう呟いて、ガラス細工以外の物を、本当に処分した・・・。



“物” 以外にも、彼の姿が納まった写真。

これは、私の頭の中には、処分をするという気持ちが、

ほんの少しも起きなかった。


友達同士や、職場仲間での写真を含めても、

あの頃に撮って、撮られた写真は、かなりの枚数がある。

そこに井沢さんの写真も紛れているけど、彼がいなければ、

この時代の想い出が、成り立たない。



彼がいなければ、こんなに鮮やかに・・・

想い出として、私の心に残ることは無かった。



・・・ そう、

もっともらしい言い訳を、自分自身に言い聞かせた。




それから ――――・・・


翌年の3月。

予定通りに、私は結婚をした。



名字も変わり、

私は 「椎名ちゃん」 ではなくなった。



真っ直ぐに、井沢さんだけを想っていた頃、

彼の名字に、自分の名前を合わせてみたり・・・。

恋する女の子にありがちな、

ちょっぴり “イタイ” 事を考えていたことがあった。



想い描いた未来には、ならなかったけれど、

これからは、夫と、新しい道を歩いていくんだ。



そして、

消えることのない、井沢さんへの想いと、

ガラス細工に秘められた想い出は、絶対に隠し通す。



何があっても、

絶対に、絶対に・・・

どんな嘘をついてでも、隠し通してみせる。



だから どうか、

心の奥底で、夫以外の人を想うことを許して欲しい。



夫を裏切らないと誓うから、

だから、どうか ―――・・・



こんな 想いを、

神様は、許してくれるのかな。


耳を塞いで、聞かないフリをしてくれるのかな・・・。



神の許しが得られなければ、

私と井沢さんは、もう二度と巡り逢うことはない。



何処かの街角で、

横を通り過ぎる偶然でさえ、きっと許されないのだろう。



“ また いつか、どこかで ・・・ ”


そう残した あの人と、

もう一度・・・ 人生が重なる時が 訪れるのかな・・・?




懺悔と願いを 胸に秘めて、新しい道を歩き出した。





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