『逢瀬は、プラットホームで。』 ~ epilogue ~
宝物をひとつだけ残して、想い出を半分捨ててから、
5年の歳月が流れた。
――― 2007年
私と夫は、結婚した当初よりも仲良く、
毎日笑いながら、楽しく過ごしていた。
もう、この頃には、子供を諦めて、
ふたりで生きて行こうと、決めていたように思う。
旧友たちには、子供が2人、3人と産まれていて、
私だけが取り残されたようで・・・。
少し寂しい思いもしていたけど、
小鳥を雛から育てたりして、穏やかな日々を送っていた。
そんな中、
淳ちゃんとは、相変わらずの関係。
自宅に遊びに行ったり、電話やメールのやり取りをしたり。
昔のような付き合いではなくなっても、
私の大切な友達に 変わりはない。
ある日曜日・・・
お昼頃に、電話が鳴った。
受話器をあげたら、
『もしもしーーー?』
第一声で誰だか判る、明るい淳ちゃんの声。
電話で話すのは、久しぶりだったから、
つい私も大きな声になってしまう。
「お~! 久しぶりだね。 元気だったー?」
自然と笑顔になって、
受話器の向こうの声に、耳を傾ける。
“ どうしたの? ”
そう聞こうとした私より先に、
淳ちゃんは、少し興奮気味に用件を切り出した。
『さっき、ウチに井沢さんが来たの!!』
・・・ え ?
イザワさん ・・・?
井沢さん、って・・・ 言った?
ドクン・・・!と、心臓が大きな音を立てる。
久しぶりに聞く、その名字。
誰が禁じたわけでもないけれど、
まるで “禁句” のように、誰も触れることのなかった、
懐かしい、あの人の名前・・・。
( あの人が、、、 淳ちゃんの前に 現れた・・・!? )
それを合図に、鼓動の激しさが増していく。
心がざわめくなんて、いつ以来だろう。
淳ちゃんの家に、彼が訪ねて行くって・・・
まさか ―――・・・。
彼はもう、遠い昔の約束など、忘れてしまったのだろうか。
“ 友達を勧誘しないで ” そう言ったのに。
解ってくれたはずなのに・・・。
「なっ・・・、なんで!? まさか、勧誘しに行ったの?」
『それがね、旦那に用があったみたいで。
留守にしてますって言ったら、何も言わなかったんだけど・・・』
そっか・・・。
淳ちゃんじゃなくて、旦那さんか。
私が井沢さんを追いかけていた頃、
淳ちゃんは、同じ職場の彼氏と、順調に愛を育んでいた。
その相手が、今の旦那さん。
結婚をしたのは、井沢さんが退職してからだし、
社内に友達と呼ぶ人はいなかったようだから、
詳しくは知らなかったのだろう。
ただ、彼女たちと同じ部署の人を勧誘して、
入信をさせたらしいから、個人情報が流れるとすれば
その人からなのだと思う。
『でね、井沢さん、私のこと憶えてなくてさー。
玄関開けた瞬間に、驚いて、「井沢さん!?」 て言ったら、
逆に驚かれちゃって・・・』
そりゃあ、そうだよ。
ふたりが結婚したなんて、知らないだろうし・・・。
それに、小さな子供を抱っこして 玄関を開けたというから、
余計に驚いてしまったのかもね。
『全然思い出してくれないから、
「椎名ちゃんと、よく一緒にいたんですけど、憶えてませんか?」
って言ったらね、 「ああ!」 って、ようやく思い出してくれたよ~』
「そう・・・ なの? 私のこと、憶えてくれてたんだ・・・」
『何言ってんの。 忘れるわけ、ないでしょ?
あんな終わり方しておいて、忘れるはずがないよ』
そう・・・ なのかな。
だけど、淳ちゃんが羨ましくて仕方がない。
逢いたいのは、私なのに・・・
何とも思っていない、淳ちゃんが会えるなんて。
やっぱり、私と彼とは、
近づくことさえ 許されないんだな・・・。
『・・・ でね、椎名ちゃんのコト、聞かれたんだよ』
さっきまでの声の調子とは一転、少し抑えたようになる。
妙な緊張感が包んで、
鼓動がこめかみにまで 上がってきた。
淳ちゃんが、私の名前を出したから、
それで井沢さんは、私を思い出したんだろうし、
その流れで、彼女に聞いているだけなのに・・・。
ただ、それだけのこと。
他意なんて、きっとないんだから・・・。
それでも、ほんの僅かな時間でも、
井沢さんは、私を思い出してくれたんだ。
私には、もう・・・ それだけで、充分だよ・・・。
「うん。 それで・・・?」
『 「椎名ちゃんは、元気にしてる? もう結婚したのかな?」 って。
でもね、勝手に答えていいのかな・・・って、迷っちゃって、
「私からは言えません。けど、元気にしてますよ」 って言ったの』
うわぁ・・・ なんてコトを!!
ソレ、すごく意味深だよ・・・?
私からは言えない、って・・・。
だけど、それが淳ちゃんの優しさなんだよね。
私の消せない想いに、ずっと気付いていてくれたから。
「なんだか、気を使わせちゃったね。 ・・・ありがと」
『ううん。 だって、やっぱりさ・・・ 言えないよ』
「・・・―― 井沢さんは、結婚したのかなぁ ・・・」
『あ、そうそう! 気になって聞いたらね、まだ独身だって』
“ 独身 ” なんだ・・・。
ほんの少し、嬉しいような・・・ そんな気持ちになった。
『で、井沢さんから伝言があるんだよ。 椎名ちゃんに』
淳ちゃんの声は、悪戯っぽいというか、
うふふ・・・ と、笑みを含んで、
驚かせようというような、そんな声色になっている。
『 「携帯番号、憶えていたら掛けてきて。番号変わってないから」
・・・だってさ。 ちゃんと伝えたからね!』
・・・――― えっ?
電話番号、変えてないの・・・?
15年もの間、ずっと・・・?
淳ちゃんからの伝言が、頭の中で自然と、
記憶の中の 井沢さんの声で変換される。
あんな表情で言ったのかな・・・ とか、
頭の中はもう、彼でいっぱいになった。
『もうね、椎名ちゃんのことばかり聞いてくるから、
私もどう答えていいか、困っちゃったよ~』
あの頃に時間を巻き戻したような、楽しそうな声。
だけど、私の頭の中は混乱していた。
これは、神様の悪戯 ・・・?
それとも、
私を 試しているのですか ―――・・・?
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