この世界では、どんなことでも起こり得るし、人間は誰でもいつ、どのように死ぬかもわからない。
誰もが明日も生きているという保証はない。
それが厳然たる事実であり、私たち人間はそれを受け入れるしかない。


かといって、幸福やより良い生活に向かうことを放棄するわけではない。
幸福やより良い生活のために努力し、その過程そのものを楽しむことはできる。


それでも、全てを失うこともあり得るし、今日死ぬかもしれない。今日でなくとも、いつか確実に死は訪れる。
すべての人に疎まれ嫌われることもあり得る。
生きていくすべを失って自決することもあり得る。


自分なりに精一杯努力し、その結果、そうなるのであれば、受け入れる以外ない。
その覚悟を決めると、どんな結果、結末に対しても、感情を動揺させる意味がないと気づく。
感情を動揺させても、焦っても、何の意味もない。それで現実が良くなるものでもない。むしろ悪くなるだけだ。


とんなことが起きようとも、己の感情は切り離し、実務的に対処するだけだ。その時の自分に出来ることをするしかない。対処できなければ死ぬだけだ。それだけのことである。

心の平安は、現実世界の物事を変えることで得られるのではない。全て自分が安心できるように環境を変えることは出来ない。そんなことは不可能だ。

自分が思いもしない、想定外のどんなことも起こり得る。そして対処するしかない。力及ばず、どうにもならなければ死ぬのみである。

それを受け入れれば、どんなことが起きようとも心の平安を持つことができる。


この世界の理(ことわり)を理解するのだ。
厳然たる事実に抵抗しようとしないことだ。
理(ことわり)に従うのだ。
従う以外に道はないと気づくことだ。


そうすれば、心の平安は手に入る。