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Irina Azizyan. Areni, The landscape with a rice field. 1965. 

Ирина Азизян. Арени, Пейзаж с рисовым полем.  イリーナ・

アジジャン『アレーニ、稲田のある風景』1965年。 ©Wikimedia. 

 

 

 

 

 

 

 

【64】 「抵抗の拠点」としての「穴」

 

 

 「むやみに深いだけの穴」の第4の意味は、 その時々の〈権力〉に対する「抵抗の拠点」を象徴していることです。第3の意味が「反=近代」だとすれば、こちらは「反=権力」です。

 

 『万延元年のフットボール』では、「最終章である第13章に至って」大江の「故郷の四国の[谷間の村]の実家である[倉屋敷]で、石造りの[地下倉]が発見される。〔…〕万延元年の一揆の後逃亡したと言われていた[曾祖父の弟]は、実はその[地下倉]に隠棲し、思索と情報収集の日々を送り、明治 4年の騒擾事件では蜂起した民衆を率いるリーダーの役割を演じた(かもしれない)のだという。」この「地下倉」の発見によって反転された〈「」の意味〉の「肯定性の側面を、ブルジョワ的モラルや警察権力との対決の彩りを加えつつ、やや屈折した形で全面化させたものが、『狩猟で暮らしたわれらの先祖』における「ただむやみに深いだけの竪穴」のイメージだったのだろう。「谷間の村」の「倉屋敷」の「地下倉」が示すものは、「地上世界の権力秩序の及ばない、革命家や[反抗的人間]のためのアジールなのである。

 

 『狩猟で暮らしたわれらの先祖』では、「[流浪する一家]が掘った[深い竪穴]に対して、巡回する警官が敵意と批難を向ける。」その時、警官は、「日常生活の営まれる大地の平面にとっては異物とも異郷とも言うべきこの[]という空間の[反=権力」的な側面に」無意識のうちにも反応したのであろう。「警官は、[保安]上の警戒心からその異常な竪穴の出現を見咎めた」のであろうが、彼の意識を超えて彼の警戒心は、明治以来の「内務官僚」によって指導されてきた治安警察の伝統を背負っていた。

 

 「近代日本の内務省の歴史は、明治 7年」に設けられた「六寮一司」に始まるが、そこにはすでに「警保寮」「戸籍寮」「土木寮」「測量司」が含まれていた。その後「寮」は「局」となり「局」の統廃合が進行するが、最終的には「警保局」「土木局」等の主要「五局」が「内務省」の中核となり、「内務官僚」による支配の核心をなすこととなる。ここで注目したいのは、「内務官僚」体制における〈土木行政〉の重要性である。国土を掌握し保全することもまた、広義の「警察行政国家」にとっては、戸籍,警保による人民支配にも劣らぬ重要な職務だったのである。「だとすれば当然、内務省は国土にめったやたらな[穴]などを穿つ行為を取り締まらなければならない。」公の場所に「」を掘る行為は「官」の許可を受けなければならないことはもとより、たとえ私有地であっても、「」の掘削は目的が無ければならない。地下室の設置か? ゴミ捨て場か? 何のためか? ‥と警察官は職務質問する。何らの目的も応答されない、推定すら不可能な「むやみに深いだけの」に対して、「内務官僚」「行政警察」は、言い知れぬ〈気味の悪さ〉―― ほとんど実存的な恐怖を感じるのだ。

 

  『狩猟で暮らしたわれらの先祖』の警官も、またそこに登場する「祖父と父とはともに高級の内務官僚」で自分自身も「警察に睨みのきく仕事をしている」と主張する男、そう言って「流浪する一家」を威迫する男も、「国土にとっては異物にして異郷たる異形の[竪穴]を現出させ」た「一家」に対して、「制裁を加える権利があると確信している」。「[]と内務省とは本質的な敵対関係にある」のだ。(『明治の表象空間 下』,pp.243,245-249.)

 

 

Vladimir Sakhnenko, Nativity, Владимир Сахненко, Волхвы,  1981.

ウラヂーミル・サフネンコ『東方の3博士』1981年。©Wikimedia.

 


『「」とは、大日本帝国の領土内にありながら〔…〕半ばその外部に はみ出したトポスなのである。それは「国土」としては定位されえない場所――日本のみならず、そもそもいかなるネーション・ステートにも属さない場所なのだ。地理寮(後に地理局)と測量司(後に地理寮に統合)もまた内務省の一部をなしていた。〔…〕地理寮によって管轄されえず、また測量司によって測量されえない場所、それが「」である。そこに棲みつくのは、「理性」からも「システム」からもこぼれ落ちた者たちである。それは「熱い時間」からの逃避者を受け容れ、匿うアジールでもある。〔…〕

 

 逆の形で問いを立ててみる。「国民」から、「国土」から、「国語」から、ひとことで言えば「国家」から、いかに逃れうるか。〔…〕「国土」のうちにとどまりつつ、しかもなおその外に出る〔…〕国内亡命者となること――そうした逆説的事態を招来するたった一つの身振りがある。穴を掘ることだ。水平方向に逃れて国境を越えるのではなく、地上の「国土」それ自体から端的に脱落して、垂直方向に穿たれた「」の中にすとんと落下するのだ。

 

 最もすぐれた文学作品とは、「国語」の富の巧みな活用によってではなく、「国語」に異形の「」を穿つことによって書かれたものであることは自明ではないか。その作者は、「国語」の内部にとどまりつつ絶えざる国内亡命を持続する・「不逞」の半不在者にほかならない。

松浦寿輝『明治の表象空間(下)』,2024,岩波現代文庫,pp.251-252.  .  

 

 

 

【66】 「流浪」「泥」「穴」「落盤」、そして「森の地平」

 

 

 樋口一葉においては、「[にまみれること]の主題が〔…〕市民社会からの脱落を含意して」いた。しかしそれは、「泥溜まりに不用意に足をとられたり、そこに貴重な食べ物を落として台無しにしてしまったり、そこに倒れこんで軀を汚したりといった」いわば「身にふりかかった不測の事故」であった、たとえ「それを主体的に引き受けるという契機が〔…〕あとに続く」としても。……それに比べると、大江健三郎が描く「[を掘る]という行為の攻撃的な能動性は、市民社会との戦いにおいてより過激である。」

 

 安部公房の『砂の女』〔1962年〕では、「主人公は、アリジゴクの潜 ひそ むすり鉢状の罠に囚われた蟻さながら、〔…〕砂丘に穿たれた[〔…〕の底にずるずると滑り落ち、そこからの脱出を禁じられ、最後には意想外の回心を経て、そこでの滞留をみずから選ぶに至る」。この「砂丘に穿たれた[]もまた」、大江の場合と同様に「近代的な市民社会の[システム]的空間の対極にあるトポス」であろう。「安部公房の世界には、[システム]からの遁走を欲望し試みる[失踪者]と、彼らを[システム]の内部へ連れ戻そうとする[追跡者]というヒーローの2類型が存在し」、両者の間で闘いが展り広げられる〔大江の場合に、流浪者と「市民」の間で闘いが展り広げられるように〕公房の「[失踪者]もまた〔…〕[不逞]の半不在者」であろう。ただ、公房の小説では、後者が最後には「逆転して前者と化」し、新たな「追跡者」を迎え撃つ還流的構造が支配している。(『明治の表象空間 下』,p.253.)

 

 

Jean Delage, vertige des reflets, 1986. ©Wikimedia.

ジャン・ドゥラージュ『影像の眩暈』1986年。

 


『われわれが本書において「明治の表象空間」として記述しようとしたものは、〔…〕」を掘ろうとする者とそれを阻止しようとする者とが、血みどろの闘いを続ける言説の戦場である。』本書において著者は、『言説という言説が離合集散するカオス状の言説空間を漂流し、それらの間に働く親和と反撥の力学に身を晒しながら、そこに穿たれた複数の「」の在り処を指し示そうとした』

 

 しかし、『世紀の境目も越えた今、〔…〕逡巡の挙げ句、悲愴な気持ちでようやく〔ギトン註――「穴」へ下降する〕「決意」を固めたとして、〔…〕今日いったい、人はどこに「深い竪穴」を掘りそれを「所有」しうるというのか?〔…〕マンションなど共同住宅の住人にはむろんを掘るべきどんな場所もない。〔…〕公園等の公共空間は〔…〕細密な「管理規則」でぎりぎりに縛り上げられており、そこに穴を掘るなどとんでもないことだと「良識」ある「市民」たちは眉を顰めるにちがいない。〔…〕道路に穴を掘るの』も、『道路のアスファルト化が』完璧に『進行した都市部では〔…〕物理的に不可能となっている。実際、われわれの生を律する「安楽」原則は、ぼこもなく雨で濘化することもない道路を必要としているのだ。〔…〕

 

 そして、現実の都市空間と同様に、今、表象空間もまた隅々までアスファルトで舗装され、つるつるした表層性の光沢を〔…〕誇っているかに見える。管理が管理と見えぬまでに「制止」の技法は〔…〕巧緻化され、抑圧と禁止は各人の心に内面化され、地面の穴を掘るといった〔…〕発想を抱くことすら予め阻まれている〔…〕。垂直方向に穴を穿ち、その「深さ」に防衛の、抵抗の、反抗の拠点を求めようなどという発想は、もうとっくのとうに時代遅れと化してしまったように〔…〕。すべては浅くなり、薄くなり、「極薄 アンフラマンス〔デュシャン〕と化して、その「表層化」した世界の滑らかな表面上で、ひたすら水平方向に展開してゆく戯れだけが果てしなく変奏され、反復されつづけているようではないか。


 そうした状況下、明治初期・中期の表象空間の、大小無数の「」が散在し、何もかもがいっしょくたに沸き立っているような制度化以前の混沌のただなかに、微細な探査の視線』『分け入っていこうとした本書の試みは、一定の「教育」的ないし「啓蒙」的な刺激を波及させうるはずだと信じたい。

松浦寿輝『明治の表象空間(下)』,2024,岩波現代文庫,pp.254-258.  

 

 

 明治以来「システム化」された近代の「国家」「国民」「国語」からの逃避口ないし「抵抗の拠点」を見出だそうとする「」「」の主題群の探究は、それ以前の前近代における「非定住民」「漂泊・遊行民」の存在を想起させます。江戸時代に幕藩体制が定住農民社会を固定させてしまう以前の「中世」にあっては、これら〈移動する人びと〉が社会の中で一定の比重を占めていました。彼らは、「中世」における「自由」「平等」原理を体現していました(⇒:生きるための日本史(12)以下)。網野善彦氏によれば、彼らのいわば〈特権的〉な「自由」は、定住農民を支配する武士の政治的権力とは相対的距離を保っていた「天皇」の権威・権力との結びつきによって支えられていたのです。

 

 しかし、徳川幕藩体制の確立は、〈移動する人びと〉の力を決定的に弱め、彼らの拠点であった「アジール」〔津泊・市・宿・特定の寺社・自由都市〕は次々に権利を剥奪され潰されていきます。

 

  さらに、幕藩体制から明治国家への転換は、きわめて逆説的な影響をもたらします。土地への緊縛から人民を解放した「近代国家」の発足は、「移動の自由」を、一部の特権的「漂泊民」を超えて全臣民に与えたかのように見えました。「殖産興業」すなわち資本主義発展のためには、労働力の自由移動は不可欠だったからです。しかし、事態を「漂泊民」の側から見れば、彼らの生存する余地はむしろ極端に狭まってしまった。なによりも、彼らは「天皇」という強力な後ろ盾を奪われたのです。

 

 

黒田清輝『舟』1890年。黒田記念館。 ©Wikimedia.

 

 

 「近代国家」のもとにおいてもなお〈移動生活〉に こだわる人びとは、さまざまな手段〔※〕で「戸籍」登録を回避して「非定住」生活を続けました。大江健三郎が「山の人」と呼び、柳田国男が「山人」と呼んだのは、そうした人びとの一部だったと思われます。「角兵衛獅子」をはじめとする〈漂泊の芸人集団〉や、いわゆる「山窩 さんか」も、そうでしょう。公娼・私娼を問わず「渡世」の遊女も、そこに含まれます。いずれにせよ、「維新」以後の彼ら〈漂泊民〉は、極めて例外的で被差別的な・か細い流れとなってしまいました。彼らの存在を「表象空間」に反映させたのが、一葉の「」のテーマであり、大江の「」のテーマであったと言えます。

 註※ たとえば、同一戸籍を2人が共有する。『明治の表象空間 下』,pp.249.

 

 昭和戦後の「高度成長期」終了以後、松浦氏が指摘するように、全面的「舗装道路化」は「表象空間」をも巻き込み、もはや市民生活の舞台に「」を穿つ余地は無くなってしまったかのようです。それは、都会だけの現象ではない。私には、田中角栄政権〔1972-74年〕の「日本列島改造」政策とそれに続く歴代政権の土木・地方助成金政策が、農村の全面的「舗装道路化」をもたらした印象があります。私が幼少期の夏休みを過ごした「いなか」は、何十年か経って行ってみると、まるで自動車教習所の練習コースのようになっていました。

 

 しかし、その「21世紀初頭」の状態から、今はさらに 20年以上が経過しています。2025年1月28日、埼玉県八潮市で発生した「道路陥没事故」は、老朽化した巨大下水道管の崩壊した「」が走行中のトラックを吞み込み、運転していた 74歳の男性は、3か月後の 5月2日にはじめて遺体となって発見されるという悲惨な事故でした。ほぼ同時期に、同様の「陥没」が他の場所でも起きており、私の家から 100m の交差点でも大きな「陥没」がありました。ニュースの伝えるところでは、老朽化した下水道管は全国各地にあって、どこに下水道管が埋められているか、正確な資料がないところも多いそうです。今後も同様の「陥没事故」が起きる可能性は否定できないのです。

 

 つまり、「21世紀初頭」とは違って現在では、「市民社会」の地平を覆う「舗装」は、けっして盤石 ばんじゃく でも、信頼に足るものでもない、それこそ「極薄 アンフラマンス」にすぎない、という事実を、私たちは意識せざるをえない時代に生きています。私たちは、いつ、己れの立つ大地がぽっかり口を開けて私たちを呑み込むかもわからない、という恐怖に怯 おび えながら生きなければならない。

 

 こうして、「」のテーマは、予想もしなかった形で再び私たちの前に現れた。しかも、大江の「流浪する一家」のように「市民社会」を挑発して自ら掘る「」ではなく、一葉の「お力」のようにネガティヴにではあれ主体的に引き受けることの可能な「」でさえない。「交差点」という日常の真っただ中に突然開いてしまう「大穴」を、どのように「主体的」に自らの責任として引き受けることなどできるでしょうか?

 

 それでは、この新たな「大穴」は、「表象空間」において処理することさえもはや不可能なのでしょうか? 私は、それは可能だ、もし私たちが私たちの拠って立つ「地平」をシフトさせることができれば可能になる、と考えています。どのようにして?

 

 皆さんは、「森の地平」の風景を見たことがあるでしょうか? 森の生態を観察する人たちは、木々の樹冠よりも高い鉄骨のタワーを建てて、その上から森の〈上面〉を観察します。私は、そういうタワーのてっぺんに登らせてもらったことがあります。そこにある世界は、「森の中」の風景,樹々を下から見上げている風景とは、何と異なっていることでしょうか。なぜなら、樹木の花は、大部分がてっぺんで上に向かって咲いているからです。大小の鳥たちも、森の中よりも「森の上」で、樹冠から樹冠へと飛び回っています。

 

 もちろん、下を見れば脚がすくむほど怖いです。それはちょうど、私たちが歩いている道路の下で、老朽化したインフラの空洞が、いつ私たちを呑み込むかも分からない状態と同じです。しかし、その〈への転落〉の恐怖に見舞われることとなったおかげで、私たちは「森の地平」――樹々の花が咲き鳥たちが飛びかう夢のような世界――に立つことができるのです。〈転落〉の恐怖に怯えながら、みずからの日常の地平をシフトさせること。〈いま,ここ〉の「表象空間」を創造するカギは、そこにあると思います。

 

 

 

 

 


 こちらはひみつの一次創作⇒:
ギトンの秘密部屋!


 

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