Romualdo Locatelli, Ermina and little angel, 1937. ©Wikimedia.
ロムアルド・ロカテッリ『エルミナと小さな天使』1937年。
【62】 「結論」の章―― 大江健三郎と「穴」
『さいごに、「明治の表象空間」に反響していたものの残響を〔…〕1960年代末に、さらには〔…〕21世紀初頭の今日に、いかに聞き届けうるか、〔…〕ごく簡単な素描を試みたい。〔…〕本書で扱った問題が、われわれ』の『拠って立つ歴史の突端にまでどのような磁力を波及させているのか』その『簡単な展望によってこの仕事を締め括りたい』
松浦寿輝『明治の表象空間(下)』,2024,岩波現代文庫,p.238. .
「1960年代末」とは、大江健三郎が『万延元年のフットボール』〔1967年〕と『狩猟で暮らしたわれらの先祖』〔1969年〕で提起した「天下無籍の徒」〔戸籍への登録を拒んで流浪する人びと――ギトン注〕と「穴」のテーマ、「21世紀初頭」とは、「現実の都市空間と同様に〔…〕表象空間もまた隅々までアスファルトで舗装され」、「一葉の小説群を貫通する〔…〕[泥]のテーマ」も、大江が注目した「穴」の主題も、「もはや完全に不活性化してしまった」時代を指します。(『明治の表象空間 下』,p.257;「泥のテーマ」⇒:(16))
ただ、私は「21世紀初頭」をすでに通り過ぎた一読者として、松浦氏の「結論」の上にさらに重ねたい別個の展望があります。が、それは、最後に書くこととしましょう。まずは、松浦氏の「結論」の章を要約したいと思います。
(7)【18】でレヴユーしたように、明治の初めに近代警察制度を導入した川路利良の大陸型「行政警察」構想においては、「一国ハ一家也、政府ハ父母也、人民ハ子也」とされ、「我国の如キ開化未ダ洽 あまね カラザル民」に対しては、警察官は「[保傅 ほふ]すなわち子守り役」として彼らの「看護」にあたらなければならないとされた。「警察の喫緊の使命」とは、人民の生活を微に入り細に穿って監視し、細大もらさず上司に報告するとともに、不審な行動を制止して秩序の攪乱と「罪過を予防する〔…〕教育機能」にあった。そのような「行政警察」にとって、もっとも警戒すべき人民の部類は「流浪の民」だった。当時の巡査の『職務執行及聴視録』に摘記されているのは、本籍地を離れて定住居なく徘徊する者、乞食して「諸方徘徊スル者」たちであり、彼らは警察署へ引致のうえ「直チニ原籍ヘ帰ル様説諭ヲ加へ」られた。文字通り、「定住」と「登録」が強制されたのです。川路は、本籍地の外へ出る全人民に「国内旅券」の携帯を義務付け、官の許可なく移動することを禁ずる法体制を計画していました。
無論、「ネーション・ステート」建設のために国内市場の形成と産業発展が追求される「文明開化」の時代にあっては、封建時代の「土地緊縛」を復活させるかのような川路の構想がそのまま実現することはなかった。けれども、そこで警察官・行政官吏たちに深く浸透した〈人民監視〉の精神は、確立した「警察国家」の核心として現今まで受け継がれてきたのです。
ところで、明治の「行政警察」巡査が移動・徘徊・乞食などとともに警戒の対象とした人民の挙動の一つが、地面に「穴を掘る」行為でした。「流浪」と「穴を掘る」行為との関係は、けっして偶然ではない。このことを、文学的表象によって明らかにしたのが、ちょうど1世紀後:1960年代末の大江健三郎による小説群です。それは、「川路利良の敵視していた[天下無籍の徒]の肖像を鮮烈な文学表象にまで昇華しえた、めざましい達成」であった。(『明治の表象空間 上』,pp.65-69,92,96-100;『下』,pp.238-240.)
Margret Hofheinz-Döring, Netzflicker auf Mykonos, reverse painting on glass,
Hinterglasmalerei, 1966. マルグレート・ホーフハインツ=デーリング
『ミュコノス島の漁網修繕人たち』1966年。 ©Wikimedia.
『狩猟で暮らしたわれらの先祖』は、「ぼく」が妻子と暮らす・60年代末・東京郊外の高級住宅地に、リヤカーに家財を積んで日本中を放浪する一家が流れ込んで、建築工事中の空き地に住み着いてしまい、語り手を含む「ブルジョワ」住民との間でさまざまなトラブルを引き起こしたうえ、最後には住民から追い立てられて放浪を続けてゆく、というあらすじです(大江健三郎『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』2007改版,新潮文庫,pp.212-320.)
「流浪の一家」が引き起こすトラブルは、① 入り込んだ空き地の「番犬」が一家の幼女に咬みついたことを理由に、土地所有者に「空き地」への逗留を承諾させ、その犬の肉と毛皮を我が物にしてしまう。② 一家の「若者」が交通事故に遭って切断された指を、「ぼく」の家のゴミ・ポリバケツに捨てて、恐怖を引き起こす。③ 商店が路傍に置いていた大量の白菜を盗み去って「空き地」に持ち帰り、公然と消費してしまう。④「空き地」で、無許可の「もぐり酒場」を開き、そこにやってきた「ブルジョワ」住民の男たちを、一家の「娘」が全裸で接待しつつ、彼らの酔いに乗じて財布の中身、高級ライター、腕時計などを残らず盗み取ってしまう。⑤「ぼく」の知恵遅れの息子を秘かに連れ帰り、「祈祷」によって頭頂部の傷と激しい恐怖のトラウマを植え付けてしまう。などです。
しかし、「一家」が行う奇態な行為のなかで、ただひとつ、動機も目的も全く不明な行為があります。それが、「空き地」に、所有者には無断で「深い竪穴を掘った」ことです。町の消防団の一員である魚屋「すらが、その縁に立つと高所恐怖」を覚えるほど「深い穴」。「ただむやみに深いだけ」で、何の用途も見出されない「穴」なのです。(『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』,p.221.)
「一家」は、焚火をするために別の穴を掘りはするが、この「深い穴」では決して焚火をしない。この「深い穴」には決してゴミを捨てない。「ぼく」は、返そうとして受領を拒否された「若者の指」を、この穴に棄てようとして、厳しく制止されているほどです。
したがって、この「穴」を「一家」は「聖域」とみなしている、と言わざるを得ない。にもかかわらず、どんな意味で「聖域」なのか、崇めているのかいないのか、怖れないし信仰があるのか、いっさい不明で、推測の手がかりすらありません。
しかし、明治期の巡査の「職務執行」記録〔たとえば 1883年〕には、まさに同様の、用途不明な「穴を掘る」行為が不審挙動として報告され、「人民ノ妨害」となるとの理由で禁圧されているのです。(『明治の表象空間 下』,p.240.)
『狩猟で暮らしたわれらの先祖』の冒頭に登場する警官も、「突然他人の地所にそのようにも深い竪穴を掘ったことを咎め、不審訊問を行なおう」と考えていた矢先、土地所有者から「一家の責任を〔…〕引き受ける」との申し出を受けて取りやめています(『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』,p.222.)
この、時代を越えた2つの「穴」に共通するのは、ⓐ いったい何のために、このような深い穴を掘るのか、目的も用途も不可解だということ、そして、ⓑ 明治の官憲も、現代の警察官と善良な市民も、これまた理由は解らないまま、それを嫌悪し、禁止しようとする、あるいは触れるまいとする欲動を覚える点です。
『物語の結末部分で、彼らを強制的に立ち退かせようとする作業員たちが「崩れた建物の破片の類を深い竪穴に投げ込みはじめた時」、それまでおとなしくしていた「若者」が「突然に狂気のように猛っ」て襲いかかり、逆に袋叩きに遭い肋骨を折られて入院する。それが最終的には彼のタヒを準備することになる〔…〕彼はこの垂直空間のサンクチュアリの防衛に殉じてタヒんだとも言える。〔…〕
それにしても若者が〔…〕守りぬこうとした聖域たる、ただむやみに深いだけの竪穴は、どのような意味あいのものだったのだろうか?〔…〕それは、われわれの心にどのような平安をもたらすものなのだろうか?〔『われらの狂気を...』,p.320.〕』
松浦寿輝『明治の表象空間(下)』,2024,岩波現代文庫,pp.240-241.
Ursula Stock, Blauballast, 1966. ウルズラ・シュトック
『青いバラスト(船の底錘)』1966年。 ©Wikimedia.
【63】 「穴」の意味 ―― 松浦寿輝
大江健三郎が 1960年代に提起した「穴」メタファー――「深い竪穴」――の意味を、松浦氏は、大江の長篇『万延元年のフットボール』〔1967年〕、『同時代ゲーム』〔1979年〕、短編『メヒコの大抜け穴』〔1984年〕をも援用して推察します。
まず、「穴」の孕む情動的価値のひとつは、「あからさまに否定的なもの」で、いわば ⓐ「自己埋葬の擬態」、つまり自ら自分のために掘ってそこに下降する〈墓穴〉です。「底に水の溜った穴の底までみずから降り、尻を泥水に汚して座りこんだ鬱状態の主人公の〔…〕自虐的な無力感と失墜感」は、ⓐ「誰からも後ろ指を差されないブルジョワ的市民性の水準」から「落ちこぼれ」ないしはそこを脱出した「落伍者の憂鬱」を直接「物理的世界の空間性に翻訳」したものです。(『万延元年のフットボール』,講談社文芸文庫,pp.8-11;『明治の表象空間 下』,p.242.)
しかし、「自己埋葬」すなわち「地上世界を離脱して地中に籠ること」は、ⓑ「自分の肉体の土への同化」のような若干「肯定的な情動性」をも帯びています。『万延元年...』の第8章で、語り手「僕」は、単なる「鬱」のメタファーを超えて、「穴への下降」の「積極的受容」に至るのです:(『万延元年のフットボール』,pp.11,239-240;『明治の表象空間 下』,pp.242-243.)
『谷間とそこを囲む広大な森の全域にわたって、降り積った雪の層がすべての音を吸収してしまった。今なお森の奥で単独生活を続けているという隠遁者ギーは、〔…〕雪に閉された深夜のこのように完璧な無音には、やはり新しい異和感を見出さざるをえないだろう。大雪の森で隠遁者ギーが凍タヒした時、かれのタヒ体が谷間の人間の眼にふれることはあるだろうか? そのように反・社会的な酷いタヒに鼻つきあわせて隠遁者ギーは、この降り積む雪の底の無音の暗闇に横たわり、いったいどのようなことを考えているのだろうか?〔…〕隠遁者ギーは森の奥に、僕が自分の家の裏庭に1日だけ真に所有した穴ぼこ〔下水の浄化槽を埋めるための穴――ギトン註〕のような深い直方体の穴ぼこを掘って、そこにひそみ雪にそなえているかもしれない。〔…〕僕は、森の奥にふたつの穴ぼこが並び、古い穴には隠遁者ギーが、新しい穴には僕が、ふたりとも膝を抱えこみ尻を濡らして坐り、穏やかに待機している光景を思いえがいた。〔…〕いまの僕は、穴ぼこの底で自分の指が引っ掻く土と礫 こいし に埋められてのタヒを、恐怖も嫌悪感もなしに許容し受諾する気分だ。〔…〕僕の「下降」の段階は着実に進行していたのである。』
大江健三郎『万延元年のフットボール』,1988,講談社文芸文庫,pp.239-240.
つまり、「僕」とギーが自ら所有する人工的な「深い竪穴」の中での「タヒ」は、人の物音を吸収し尽くしてしまう積雪の層に閉されての「反社会的な酷いタヒ」とは異なるのです。それは、「谷間の村」をはじめとする人間社会での通常のタヒに方とは異なるにしても、やはり、「人のタヒ」として社会に対して何がしかの関係をもつ「タヒ」なのです。たとえその〈関係〉が、社会と融和する関係でなく、社会に対抗しそれに背を向けるような〈関係〉であったとしても。
もっとも、以上のような「竪穴」の意味の側面は、『狩猟で暮らしたわれらの先祖』で「流浪の一家」が空き地に掘った「穴」とはかけ離れているようにも思われます。「一家」の誰かがその「穴」の底に降りて「ひそむ」わけではなく、もちろん誰かを埋葬する穴として掘られたのでもない。「若者」の身体から離れ落ちた「指」をそこに捨てることさえ、彼らは強く拒むのですから。
Владимир Сахненко, Адам и Ева, Vladimir Sakhnenko, Adam and Eve,
1979. ウラヂーミル・サフネンコ『アダムとエヴァ』1979年。©Wikimedia
そこで、「穴」の意味の第3として考えられるのは、その深い「穴」は、「大江健三郎の想像力」における ⓒ「反=近代」の表象としてある、ということです。つまり、近代人を駆り立ててやまない「[熱い時間]の支配する地上・からは遮断された土中(アスファルト舗装以前)の、土俗(フォークロア)の、さらに言えば神話的聖性のトポスである。」(『明治の表象空間 下』,p.245.)
『それは「近代的」な「システム」から落ちこぼれた「下降生活者」や「後退青年」の生息域であり、そのかぎりではネガティヴな敗北感に彩られた空間であるが、また他方、そこを浸 ひた す「冷たい時間」〔近代以前の・変化の少ない社会――ギトン註〕がそこに避難してきた者に安息と癒しをもたらしもする。〔…〕
長篇小説『同時代ゲーム』〔1979年〕〔…〕では「穴」は、「村=国家=小宇宙」の創建の祖である「壊す人」を保護するアジールとして登場する。〔…〕「穴」のイメージはここで、共同体の特権的創設者をその内部に秘匿することで神話的な始原性を帯び、さらにはまたそこに、生命産出の母胎への通路としての女性性器(鞘=莢)のエロス性も充電される。ここでは「穴」は、そこに逃避した者に安楽と癒しを保証する快楽的な小空間にほかならない』
松浦寿輝『明治の表象空間(下)』,2024,岩波現代文庫,pp.245,244.
ただし、ここで「穴」が表象する神話的聖性とは、「[近代]的なネーション・ステートをイデオロギー的に定礎するため」の『教育勅語』に掲げられた「天壌無窮ノ皇運」「皇祖皇宗の偉業」とも「あの建国神話群のどれとも異質な〔…〕[異族]の神話である。」(『明治の表象空間 下』,p.245.)
こちらはひみつの一次創作⇒:
ギトンの秘密部屋!






