青線は、2026年4月28日の軌跡 .
鎌倉市内にある「やぐら」はおおかた見尽くしたので、他地域にある「やぐら」へ足を延ばしてみたい。まずは、三浦半島南端にある三浦市・菊名の「切妻造 きりづまづくり 妻入形 つまいりがた やぐら」を訪ねてみた。
「切妻形やぐら」は、海岸近くの「白山神社」奥にある。
「三浦海岸」駅から浜沿いの道路を南下し、「白山神社」バス停で下車。ここは東京湾内で、砂浜に静かな波が寄せている。
対岸の房総半島が間近かに見える。
海岸を離れて住宅地に入っていく。「白山神社」があるのは、丘陵の麓付近だ。
鳥居のある石段を昇る。「白山神社」は、海抜 20メートルほどの場所にある。
「やぐら」があるのは、社殿の裏にある小さな「祠 ほこら」のわきだ。崖斜面の穴に「幣 ぬさ」が懸っているのが、それだ。
「穴」の前の説明板↓にも書いてあるように、この「やぐら」は、「奈良時代につくられた」古墳だとされている。しかし、鎌倉市周辺で見てきた鎌倉~室町期の「やぐら」によく似ているし、関西方面で多数見た古墳時代~奈良時代の石室とは大きく異なっている。ほんとうに奈良時代なのか、という疑問が湧いてくる。
が、こちらは一見のシロウトだし、詳しい調査報告さえ見ていない。独自の見解や独断は控えて、遺跡自体をありのままに見ることに集中しよう。
「やぐら」の中に入ってみると、天井に彫刻された・切妻造の家の屋根裏を模した浮彫りが目立つ。天井と壁の岩面の一部には、うっすらと朱色の彩色が残っているようだ。鎌倉の「朱垂木やぐら」を思い出す。
「棟木 むなぎ」「垂木 たるき」「梁 はり」などの形がはっきりと見える。石室の奥まで行って、開口部のほうを撮してみる↓。
左の袖↓。袖の幅(羨道)が深い。奈良時代とされる理由のひとつだろうか?
右の袖↓。穴は外部に開いているようだ。
「白山神社」は、以上。時間があるので、バスで半島先端の「劔崎」へ行ってみた。
段丘の上に灯台が見える。東京湾は、行き交う大型の船舶が混みあうほどだ。対岸は房総半島:
「劔崎灯台」:
踏査記録⇒:YAMAP
Adam & Seven






































