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Pierre-Auguste Renoir, Gabrielle et Jean, 1895-96, Musée de l'Orangerie.

 ルノワール「ガブリエルとジャン」1895-96年。

 

 

 

 

 


 

 

【30】 『にごりえ』の題材と題名

 


 西片町がけ下の「新開地」〔当時の旧地名は「丸山福山町4番地」〕に越すと、一葉は「そこに働く女たちに頼まれてよく恋文の代筆をしてやった〔…〕。身を売って生活している女たちの〔…〕現実を目のあたりにして、一葉はそれを」小説に「描かずにはいられなかった。〔…〕一葉は、自分の住んでいた〔…〕新開地を舞台に、貧にあえぐ女の運命そのものを描こうとした」(『樋口一葉 人と作品』,pp.163,165.)。こうして生まれたのが、樋口一葉の代表作とも言われる中篇小説『にごりえ』〔1895年〕です。

 

 

馬場孤蝶〔1869-1940. 慶応大学教授,英文学者,大正文壇のリベラル派を代表する――ギトン註〕は、『一葉全集の末に』という文章の中で〔…〕こんなふうに書いている。

 

 新開の土地には必らずできる一種の商売屋があった。さういふ商売屋は新開の開拓者のかたちであった。福山町近辺もその慣例に漏れなかった。

 

 入口は土間で、真中に〔…〕丸いテーブルがあって〔…〕安陶器の花瓶に花が活けてあり、壁には棚があって洋酒らしい壜 びん が幾つも古ぼけた銘紙〔ラベル?――ギトン註〕を晒して居る、といふやうな家が裏通りに〔…〕多く、殊に一葉君の家の近辺が左様いふ商売屋の中心であったやうだ。』その路地は、『抜裏と云って宜 よ い程の狭さであったが、その辺から一葉君の家までは右側は殆ど門並さういふ家であって、人の足音さへすれば、へんに声作りをした若い女の「寄ってらっしゃいよ」といふ声が家の裡 うち から聞えた。

 

 一葉君の家』『左側の家には御待合という招牌 かんばん が出て居たが、〔…〕「にごりえ」の菊の井は、その家を材料に取ったものであらう、其の家に居た女で一葉君の所へ、客筋へ出す手紙を書いて貰ひに来たものがあった、其の女は其の後数寄屋町の芸者になってからも、わざ乀/一葉君の所へ文を書いて貰ひに来た。』

小野芙沙子・他『樋口一葉 人と作品』,2016新装版,清水書院,p.164. .  

 

 

 この女性が「鈴木亭」の「お留 とめ〔「乙女」と自称?〕で、『にごりえ』の「お力 りき」のモデルです。また、『にごりえ』の「結城朝 とも 之助」〔勇気浅のすけ?〕のモデルは、孤蝶によれば、当然のことながら半井桃水だ、ということになります。

 

 『にごりえ』という題名は、平安時代の歌人伊勢〔872? - 938以後〕の和歌:

 

 

『にごり江の 〔澄/アナタト住〕まむことこそ 難 かた からめ

 いかでほのかに 影をだに 水二映ル姿ダケデモ 見む

 

    返し

 

 すむことの 難かるべきに 濁り江の

 こひぢ〔泥/恋路に影も 濡れぬべらなり

 

 

 から採られています。

 

 

『「にごりえ」という言葉は、和歌では、淀んで濁った水の意味である。ここでは、近代社会で貧しき人々の住む世界を意味している。「菊の井」〔…〕の酌婦である「お力 りき〔…〕「お高」、「お力」のかつての馴染み客である蒲団屋の「源七」、その妻の「お初」〔…〕など、近代日本の「濁り江」に浮かびつ沈みつしている人々の個性が、みごとに書き分けられている。「泥中の蓮」のような・濁りに染まらぬ生き方などできず、貧しさに付きまとわれてしまう人々の内面が、それぞれに描かれる。この濁り江に、たびたび足を踏み入れるのが、「結城朝之助」という富裕階級の男である。

島内裕子『樋口一葉の世界』,2023,放送大学教育振興会,p.197. .  

 

 

 

【31】 『にごりえ』のあらすじ

 

 

 

大島田 菱川師宣『岩木絵つくし』1682年

 

 

 【あらすじ】(『樋口一葉 人と作品』,pp.167f.)

 

 

 第1節 「菊の井の一枚看板お力は[中肉の背恰好すらりっとして洗ひ髪の大島田〔大きく結い上げた島田髷げ↑〕に新わら〔青い稲わらの髪飾り〕のさわやかさ、〔…〕天然の色白をこれ見よがしに乳のあたりまで胸くつろげて、烟草すぱ乀/長煙管 きせる に立て膝の無作法さも咎める人のなきこそよけれ、〔…〕]年はいちばん若かったが、客を呼ぶのが滅法うまく、独特の味があって、特別お愛想や嬉しがらせを言うのでもなく我がままいっぱいふるまっている」、こういうヤンキーな女が却って、珍しいもの好きな男たちには、最も人気があるのだった。「[交際 つきあっ ては存の外やさしい処があって女ながらも離れともない キョリガナイ 心持がする、〔…〕 おも ざしが何処となく冴へて見えるは彼 あ の子の本性 ほんしょう〔意外に真っすぐな?〕が現はれるのであらう、〔…〕新開へ這入るほどの者で菊の井のお力を知らぬはあるまじ]」。

 

 お力には、長年の馴染み客がいるが、この男〔源七〕は、妻子があるだけでなく・今は落ちぶれており、にも拘らずなお「お力を思いきれない」未練たらしいさまが、同じ菊の井の年増女「お高」との会話を通じて仄めかされる。が、2人の女は、客の前では、そんな悩みごとはおくびにも出さず、「何事も客次第の女たちの有様が」描かれる。

 

 

「大島田、長きせるに立て膝」の「お力」。

鏑木清方『にごりえ』1934年。 ©鏑木清方記念美術館。

 

 

 第2節 「ある雨の日、お力は店先を通る山高帽子〔シルクハット。当時の男の正装〕の三十男〔結城朝之助〕の袂をとらえて」店に上がらせた。客を客とも思わぬようなお力の無作法で「伝法肌の威勢のいい〔…〕応接のしかた」に、結城はいよいよ興味をそそられて、「ただの娘上りとは思えないから、きっと凄い物語があるに違いない。ぜひ身の上話を聞かせろ」と申し向けるが、お力は「天下を望む大伴の黒主とは私がこと、などとはぐらかす」。

 

 しかし、なおも引き下がらず「親身になってお力の身の上を問う」朝之助の根気に、お力も「次第次第に〔…〕内面にかくした女のさびしさを見せてしまいそうになるのであった。〔…〕ここではお力という女の魅力が、その底にある孤独の深淵をかいま見せつつ、生き生きと描かれている。」

 

 第3節 朝之助は「道楽者と名のりながら、真の真面目さが折にふれ見えるのだった。そのうえ独身でもあり〔…〕それ以後は週に2,3度通ってくるようになった。お力もまた、〔…〕3日見えないともう手紙をやるほどの様子に、仲間の女たちは」妬きもち半分、うわさの種にした。「源さんが聞たら何 ど うだらう、気違ひになるかも知れない、とて冷やかすもあり」。

 

 「或る月夜の晩、二階の小座敷で」結城お力が二人だけの時を持っていたとき、階下から杯盤を運んできた仲間の女が、「蒲団屋の源七」が店先に訪れた、「ともかくも下までお出 いで よ」とお力に耳打ちする。結城は、ここに上がってもらったらいい、俺は「片隅へ寄って話の邪魔はすまいから」と鷹揚に言うが、お力は、「逢っては色々面倒な事もあり、寄らず障らず返したほうが好いのでござんす」と言って、出ることを拒否する。お力結城に、源七について手短かに説明するが、それによれば、かつては羽振りのよい馴染み客だったが「今は見るかげもなく貧乏して〔…〕八百屋の裏の小さな家」で「まい乀/つぶろの様になって」妻と幼い男の子と暮らしている。私のような者に逢いに来るような年齢ではないのに、「未だに折ふし何の彼のといって」やってくる。妻子が嫌 いや に思うのは当然で、源七の息子などは「私の事をば、鬼々といひまする。まあ左様な悪者に見えまするか」。

 

 お力は、「私が身 み 位かなしいものはあるまいと思ひます」と、結城にたいして、ふだんの陽気な装いを脱いだ素顔を見せかけるが、今夜はそれを話したくないと言って、またいつもの調子に戻ってしまいます。

 

 第4節 源七一家の家に舞台を移して、お力への未練を思いきれず・無気力な生活を続ける源七のようす、それとは対照的に内職に精を出し家計をやりくりし・かいがいしく夫に尽くす妻お初の姿を描きます。ことあるごとに起きる夫婦の諍 いさか いの際、お初の非難の言葉はそれとなくお力をはじめとする銘酒屋の女たちに向けられます。「おしろい付けて、いいきもの着て、迷ふて来る人を誰かれなしに丸めるが トリコンデシマウノガ 彼の人たちが商売」、自分は貧乏になったのだからもう相手にされないと思えば済むことです、それを「恨みに思ふ」のは「お前さんが未練でござんす アナタノ未練ニスギマセン」と、お初正論を説いて夫が立ち直るよう促すのだが、源七にはまったく通じない。たんに貧困のせいで生活が苦しいというだけでなく、この夫婦の間には何かが欠けているのです。

 

 

 

  Roderic O'Conor, La Jeune Bretonne, 1895, National

   Gallery, Dublin.  ©Wikimedia. 

    オコナー『若いブルターニュの女』1895年。

 

 

 源七の稼業については「蒲団屋」という以外に何も説明されていないので、彼がなぜこうも無気力なのか? たんに、お力への執着に、はまってしまっているだけなのか? いまひとつ腑に落ちません。お力への執着が再起の邪魔になるなら、どこか遠くへ引っ越してしまえばよさそうなものですが、そういう話は、お初からも源七からも出てきません。

 

 思うに、「銘酒屋」群と「蒲団屋」との関係は、今で言えば、ラブホテルとリネン交換業との関係なのではないでしょうか? 「八百屋の裏の小さな家」では、得意先に卸す蒲団を置いておくスペースもないでしょうから、おそらく、蒲団の製造・補修業者は別にいて、源七の稼業は、補修業者と「銘酒屋」の間をつなぐ仲介業ないしブローカーなのではないか。だとすれば、源七の稼業は、この「新開地」で「銘酒屋」群とのつながりを保っていればこそ成り立つのであって、他所へ移って生きてゆくことはできない…。が、ここにいる限りお力への執着を断ち切れない。そういう、進退不能の窮地に陥っているのかもしれません。

 

 第5節 「菊の井」に舞台を戻し、まず、「銘酒屋」で働く女たちそれぞれのさまざまな人生のつらさが「灯ともる前の夕暮れ時」の場末の小路を背景に描かれます。やがて、作者の眼はお力にフォーカスしますが、「いつもとは打って変って、お力という女の[障れば絶ゆる蜘 くも の糸]程のはかないもろさが描かれる。」

 

 「盆の 16日の夜、賑やかな客たちの相手をしていたお力は、[我恋は細谷川の丸木橋 渡るにゃ怖し 渡らねば]と謳いかけ、ふいに座を立って外に出てしまう。お力は何がなしに心が迫り」、どこか「物思ひのない」遠くの世界へ行ってしまいたいという、狂おしい程の衝動に襲われるのです。

 

 お力の思いをことさらにも暗くしているのは、この時代の人びとを捉えていた「遺伝」「宿命」ないし「先祖の因果」の観念です。お力は、自分は「幾代もの恨みを背負て」生まれてきたと信じており、その応報である不幸を嘗め尽くさぬうちは「タヒんでもタヒなれぬのであらう」という強迫観念に責めさいなまれるのでした。

 

 その時、「お力、何処へ行く」と肩を打つ人がいた。振り返って見ると、結城朝之助でした。

 

 第6節 朝之助に声をかけられて我に返ったお力は、二人で「菊の井」に戻り、「二階に彼を連れ上げ」て、あおるように酒を飲み始めます。「お力は、[そも乀/の最初から私は貴君 あなた が好きで好きで、1日お目にかゝらねば恋しいほど]と打ち明けながら」、それでも奥様にしたいと言われれば困惑するだろう。なぜなら、「持たれるのは嫌」だ、ひとことで言えば「浮気者」の性 さが だから。それというのも、自分は「三代伝っての出来そこね」なのだと言う。

 

 そしてお力は、祖父の代からの家系の悲惨さを縷々語ります。なかでも最も悲惨なのは彼女自身の「七つの年」のできごとで、母に、米を買ってくるよう言いつけられ、米屋からの帰り、「どぶ板の上の氷にすべり〔…〕 こ けるはずみに」、どぶの中に、持っていた米を全部「ざらヾ/と」こぼしてしまったことでした。「あの時近所に川なり池なりあらうなら、私は定 さだめ し身を投げて仕舞ひましたろ、〔…〕私は其頃から気が狂ったのでござんす」。私の帰りが遅いために案じて探しに来た母に、家に連れ戻されたものの、家では、「母も物いはず父も無言に、誰一人私をば叱る者もなく、家の内森として折々溜息の声のもれるに私は身を切られるより情 なさけ なく、今日は一日断食にせうと父の一言いひ出すまでは」息をするのも忍んでするような状態でした。

 

 

Émile Bernard, L'Africaine, Museum Folkwang, 1895.

エミール・ベルナール『アフリカ人の女』1895年。

 

 

 お力にとって、また両親にとってもこの事件は、代々続く不幸と貧困の遺伝子が、7歳のお力に早くも発現した症候であったがゆえに衝撃であったのです。「お力は溢れる涙を止めも得ず、〔…〕[私は其様な貧乏人の娘、気違ひは親ゆづりで折ふし起るのでござります]」。

 

 すると、「結城は突然、[お前は出世を望むな]というのであった。本心を見抜かれ驚いたお力」。つまり彼女は、「暗い宿命観と貧しさの為に」いよいよ時折り「その宿命をのがれて出世」することを「夢見ずにはいられな〔…〕かった」のです。

 

 第7節 ふたたび源七の住居。源七と妻お初とのあいだで、激しい夫婦喧嘩が起きます。「相変わらず仕事もせずにお力への未練に悶々としている源七は、〔…〕やけ酒を飲もうとお初に言いつけたことから言い争いになり、お初は日頃胸にたまった源七への恨みをぶちまける。」そこへ息子の太吉が帰って来て、「菊の井の鬼姉さん〔「お力」のこと〕から貰ってきた」と言ってカステラの切れ端を見せ、「食べては悪いかとお初の顔をさしのぞく。」源七との諍いの後でいらだっていたお初は「顔色をかへて怒り、あげくの果てに、その菓子を」外のどぶの中に投げ捨ててしまうのです。

 

 ところが、これを聞いて、むっくりと起き上がった源七は、「お力が鬼なら、手前は魔王〔…〕気に入らぬやつを家には置かぬ、何処へなりとも出てゆけ」とお初に怒鳴りつけます。「貴様が出ずば〔…〕おれが小僧を連れて出やう。〔…〕さあ貴様が行くか、おれが出ようか」。源七も、ついに日頃のうっぷんを爆発させて後には引かない権幕。けっきょく、お初太吉を連れて出て行きます。

 

 第8節(終節) お盆の数日後、「新開地」を出てゆく2つの棺がありました。うち1つは、「菊の井」の隠居所から出てきました。それはお力の棺。もう1つは源七の棺です。

 

 しかし、2人がタヒに至った経緯は語られず、「大路に見る人のひそめく」不確かな噂が写されるだけです。それによれば、「あの日の夕暮、お寺の山で二人立ばなしをしていた」のを見た人がいる。だから覚悟の心中にちがいないという人もある。が、女は背中を「後ろ袈裟」に斬られており、「男は見事な切腹」。逃げようとしたお力源七が追いかけて斬り、自害したにちがいない、とも。


 真相は不明のまま、ただ「お寺の山」から「人魂か何かしらず筋を引く光り物の〔…〕折ふし飛べるを見し者ありと伝へぬ。」

 

 

 

 

 


 こちらはひみつの一次創作⇒:
ギトンの秘密部屋!


 

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