現代(ヒョンデ)製鉄・唐津製鉄所。2010年第1,2高炉完成。韓国忠清南道。©現代製鉄
【8】 つぎの「ヘゲモニー国家」出現は、いつか?
前節では、ウォーラーステインの「シナリオ ㋐」つまり、諸国家・地域の激動にもかかわらず「近代世界システム」じたいは無傷で存続するとの前提のもとでの将来予測を見ました。その場合、シナリオの途中までは、2025年の現在から振りかえってもなるほどと思わせるものでしたが、日本(または中国)の勃興・そしてヘゲモニー獲得に至るというシナリオ後半は、大きな疑問を感じさせました。
しかし、仮に今起きているのが「ヘゲモニー国家の交替」という「近代世界システム」の通常のプロセスだとしても、2025年という今の時点は、プロセスのどんな位置にあるのでしょうか? もう、次の「ヘゲモニー国家」が現出してもよさそうな時期なのでしょうか?
「近代世界システム」において、「ヘゲモニー国家の交替」とは、どれくらいの時間をかけて起こるものなのか? ‥これは、歴史を振りかえってみれば容易に推察できることです。
最初の「ヘゲモニー国家」オランダの勃興を象徴するのは、1848年ウェストファリア条約です。この条約によって、オランダ(ネーデルラント連邦)は公式にスペインからの独立を認められました。しかし、それ以前においてすでに、スペインとの勝敗は決していましたし、事実上オランダは独立していたと言えます。そして、オランダに限りませんが、「ヘゲモニー国家」というものは、ヘゲモニーを獲得する、つまり絶頂を極めると同時に、長期にわたる緩慢な没落を開始するのです。したがって、オランダのヘゲモニー獲得すなわち凋落開始は、17世紀半ばと見てよいでしょう。
2番目の「ヘゲモニー国家」イギリスが、競争相手フランスを抑えてヘゲモニーを確立したのは 1814-15年のウィーン会議だったとされます。もっとも、イギリスのヘゲモニーが確実なものとなったのは、「1848年世界革命」であったとも考えられます。凋落開始は、それと同時とも考えられますが、1870年ころに置く見方もありうるでしょう。
第3の「ヘゲモニー国家」アメリカのヘゲモニー獲得時点は、第2次大戦が終結する 1945年とすることでほぼ異論がないでしょう。凋落開始は、ウォーラーステインによれば、「1968年世界革命」です。
そうすると、オランダのヘゲモニーからイギリスのヘゲモニーまでは、約160年ないし 200年。イギリスのヘゲモニーからアメリカのヘゲモニーまでは、約80年ないし 100年です。
両者の期間の相違は、偶然とも考えられますが、「世界システム」の中での情報の伝わるスピードがしだいに速くなっている・その結果としての合法則的趨勢なのかもしれません。もっとも、伝達が速くなる一方で、システムの領域は広くなっています。いずれにせよ、事例が2つだけでは何とも言えません。
シケイロス:多面壁画『人類の、地球の、宇宙の行進』
(1961-71年)部分。©Wikimedia. 巨人の指揮で人間たちが決起して
いるように見えるが、巨人の手を誰かが抑えているようにも見える。
以上から、ヘゲモニーの時間的間隔は、最大で 200年、最小で 80年となります。そうすると、ウォーラーステインが・次の「ヘゲモニー国家」出現を「2050年ころ」としているのは、周期が短くなる傾向があるとすれば妥当な線かもしれません〔1968年から約80年〕。そうでなければ、早すぎます。最長で 22世紀後半になって、「忘れられたヘゲモニー国家」が突如出現する…などということもありうると言えます。
もっとも、これは、「近代世界システム」という資本主義的「世界=経済」および「主権国家」システムの大枠が変わらずに存続する場合――つまり、シナリオ ㋐ ――です。2170年まで・それが変わらないという前提を置けるかどうかは、すこぶる疑問に思われます。
しかし、あまり先のことを考えてもしかたありません。ここで眼を 21世紀初めに戻しましょう。
前回,前々回でウォーラーステインが言っていたように、1968年ころ以降、東アジアは、「世界システム」全体の動きとは、政治的にも経済的にも異なる方向へ向かう傾向が見られました。それは、「システム」全体の動向が東アジアに及ぶのに、時間がかかっているようにも見えます。1968-95年において、「資本主義的世界経済」全体は、コンドラチェフ波動の下降「B局面」にあったにもかかわらず、東アジアは例外的な上昇を経験しました。
そのため、世界の多くの地域で――「中核」領域でも「周辺部」でも――大衆の反国家的傾向と混乱が見られたなかで、東アジアだけは例外的に秩序が保たれていました。韓国と台湾では「民主化」が進み、日本では保守政治が穏やかに中道化し、3か国全体として、いまや世界のほかの地域では信用を失いつつある「中道自由主義」に、むしろ収束する傾向が見られた。大陸中国,北朝鮮,ヴェトナムでは共産主義国家が、東欧・ソ連の崩壊後もなお、経済組織に大幅な修正を加えながら体制を保っていました。
そのあと、2000年ころ以後には、ウォーラーステインによれば「世界システム」はコンドラチェフの上昇A局面に転換します。そうなると、東アジアは今度はどうなったでしょうか? ウォーラーステインは述べていませんが、世界全体とは逆に、東アジアは経済的に下降、ないし停滞したのではないでしょうか? 日本の「失われた 20年」ないし「30年」、韓国は「アジア通貨・金融危機」からの脱出に時間がかかりました。それは大衆の政治動向にも影響し、韓国では3人の大統領が弾劾され、うち2人は罷免、1人は罷免を免れたものの自刹に追いこまれています〔韓国の現在の景況はこちら。構造的不況に向っている〕。中国も、成長の減速が続いています。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の葬儀(路祭)に集まった市民。2009年5月29日、ソウル
市庁前広場。©Wikimedia. 盧大統領は、在任中に弾劾訴追されたが、憲法裁判所
の棄却判決により職務復帰。任期満了退任後、側近と親族が贈収賄容疑で逮捕さ
れ、盧自身も検察の事情聴取を受けた後、遺書を残して飛び降り自刹した。
葬儀には、要人・外国使節ら約3000人のほか、韓国市民約18万人が集まった。
もっとも、「世界システム」の歴史では、不況が「ヘゲモニー獲得」に不利だとは必ずしも言えません。イギリスの場合、18世紀末にいったんは景気後退にみまわれたものの、インド,中国からの「吸い上げ」を強化したおかげで、フランスを最終的に出し抜いて「ヘゲモニー獲得」に至ることができました。アメリカもヘゲモニー獲得の直前に深刻な恐慌を経験しています。こちらの場合は、「ニューディール政策」による内需拡大で克服したという見解と、いや‥実際には第2次大戦から漁夫の利を得て絶頂に達した、とする見解があります。いずれにせよ、 20世紀の2度の大戦でヨーロッパが没落したために、アメリカは相対的に浮上した。これは否定できません。つまり、イギリスの場合もアメリカの場合も、ヘゲモニーの獲得は決して自力によるものではない。「世界システム」全体のメカニズムが働いた結果として、それぞれの国にボタモチのようにヘゲモニーが降ったのです。
しかし、現在の中国,日本,あるいはEUにとって、こうしたボタモチは可能でしょうか? かつてのインドや中国のような(半)植民地は存在しません。「核」のある世界では、世界大戦はあまりに危険で、起こすことはできません。資本主義的世界経済が「漸近線」に近づいたために、「ニューディール政策」の効果も薄くなっています。つまり、「吸い上げ」ることのできる余剰じたいが先細りしているのです。ジオカルチュアとなりうるイデオロギーに関しても、中国,日本,EU、ともにいまいちでしょう。少なくとも、「近代世界システム」を支えた漸進的「自由主義」イデオロギー――中国共産党の現在の統治イデオロギーも、その一つと見なすことが可能です――がそのまま通用することはなさそうです。
ウォーラーステインによれば、ヘゲモニーとは、ある国家が、政治的・軍事的にも経済的にも文化的にも、自己の意向を「世界システム」全体に通用させることのできる力――と定義されます。そのような力が、今後の世界においてもありうるのかどうか、きわめて疑問ではないでしょうか?
こうして、「世界システム」の転換――というウォーラーステインの予言が、ようやく人びとの耳に現実性をもって響く時代の始まり。それがこの 2025年なのです。
【9】 1968-1995 と、それ以後 ――
東アジアをめぐるシナリオ ㋑
『① 現在〔1997年――ギトン註〕のコンドラチェフ波のB局面が、どの程度激しい帰結を伴なうのか、〔…〕確たることが言えない。〔…〕いずれにせよ、〔…〕われわれはデフレの時代に入りつつある〔…〕。
② コンドラチェフ波のA局面を再開させようとするならば、〔…〕有効需要の拡大が必要である。つまり、世界人口の何らかの部分が、現在を上回る購買力を獲得しなければならない〔…〕。そのような〔…〕人口は、東アジアに偏って存在していた。
任天堂「スーパーファミコン」本体、コントローラ、CD(1990年日本で,
91-93年台湾,香港,韓国,北米,ブラジル,EU,オセアニア等で発売)。
1990年代の日本は、バブル崩壊,地価下落,就職氷河期,リストラ(高齢者解
雇)等デフレ様相が一般化したが、他方で失業率は 3%止まり、カメラ・電化製
品の低価格販売,キャンピングカー等の実用車販売の増加,家庭用ゲーム機の
ブーム等、堅調な消費需要が続いた。また、円高のため製造業の海外移転が進
み、サービス・流通・小売業は中国への投資を本格化させた。(Wikipedia)
③〔…〕上昇の過程には、生産への相当な投資が必要であり、安価な労働力を求めて周辺や亜周辺地域に向かう〔…〕投資は確実に減少するだろうから、そのような投資の行き先は〔…〕「北」の世界〔西欧と北米――ギトン註〕に偏ってしまうことになる〔…〕。結果として、「南」の世界はさらに周縁化される〔主導的生産過程から切り離される――ギトン註〕。
④ 世界の脱農村化によって、一次産品の生産〔…〕地域が新規に開かれることはほぼなくなり、そのため、世界規模で労働力コストの上昇を補償してきた伝統的な機構〔半農の低賃金労働,都市スラム等――ギトン註〕が消滅して、資本蓄積を阻害するようになる。
⑤ 環境問題〔…〕によって、諸政府には、生態系 エコロジー の均衡を〔…〕回復させ〔…〕るための費用を〔…〕捻出するか、生産〔…〕企業に〔…〕費用を内部化する義務を課すかのどちらかを行なう〔…〕圧力がかかってくる〔…〕。後者の選択をすれば、資本蓄積には莫大な制約がかかる〔…〕。前者の選択をすると、企業に対して〔…〕課税』を増やせば同じことになり、『大衆に対して〔…〕課税』したり・福祉サーヴィスを切り下げれば、『国家に対する幻滅から、政治的に非常に良くない帰結〔大衆の反国家志向・国家不信,法治機構・民主主義への侮蔑,犯罪増加――ギトン註〕を伴なう〔…〕。
⑥ 国家のサーヴィス――とくに教育,保健,生活保護――にたいする大衆の要求は、反国家的態度の拡大にもかかわらず減少しないだろう。これは「民主化」〔によって、反国家化した大衆の危険性を懐柔していること――ギトン註〕の代償である。
⑦ 排除された「南」は、現在よりも政治的にはるかに御しがたくな』る。
『⑧ 旧左翼の崩壊は、これらの解体的諸力を最も有効に穏健化してきた勢力を排除してしまうことになる〔…〕。
〔…〕われわれはそこから、内戦(局地的,地域的,そしておそらく世界規模で)の増加を予期することができる。〔…〕この過程の結果として、矛盾する複数の方向への〔…〕分岐 バイファケーション が起こらざるをえず、その帰結は本質的に予測不可能〔…〕である。〔…〕
すると、東アジアの勃興〔…〕は存在したのであろうか。〔…〕どれくらいの期間の勃興だったのだろうか。〔…〕東アジアの勃興は、世界全体にとって良いことなのだろうか。〔…〕繰り返そう。それは、きわめて不分明である。』
ウォーラーステイン,山下範久・訳『新しい学』,2001,藤原書店,pp.99-101. .
シケイロス:『農民たち』(1913年) ©Wikimedia.
以上が、20世紀末にウォーラーステインが描いた「シナリオ ㋑」つまり、世界が「近代システム」の軌道から外れてカオスに突入するとした場合の予想です。世界全体が、先行きの見えない「不分明」な未来に突入してゆくなかで、東アジアの先行きもまた五里霧中に没してしまう‥‥そのような印象を与える結末です。
しかし、私たちは “印象派” になってはいけない。分析的であるべきです。①から順に、シナリオ↑の論理を一歩一歩再検討したいと思います。
2025年の現在から振りかえって、ウォーラーステインの予想は、どうでしょうか? 当たっているでしょうか? 細かく見ると、かなりハズレているようにも思われます。
まず、① にあるように、1970年ころから 20世紀末まで、「世界システム」全体としてはコンドラチェフの下降「B局面」でした。しかし、21世紀に入ると、② ③ にあるように上昇「A局面」に一応転換したと考えられます。問題は、この「A局面」が、いままでの「資本主義的世界経済」におけるような正常な成長発展の相を示していない――ウォーラーステインの予想ベースで言えば:示しえないだろう――ことにあります。
③ から、正常な場合には、「A局面」では、「中核」から「周辺」「半周辺」への「産業移転」と資本の移転は止み、投資は「北」つまり「中核」地域に集中して新たなイノベーション(主導産品)にもっぱら向けられます。その結果、「北」と「南」の格差はいっそう拡大します。これが、「近代世界システム」が正常に機能していた時のメカニズムでした。
ところが、② にあるように、この 21世紀初めに「A局面」が開始された時点では、「A局面を再開させ」うる「有効需要の拡大」が可能な地域、すなわち「現在を上回る購買力を獲得」できる「人口は、東アジアに偏って存在していた」と言うのです。そうだとすると、西欧と北米に遍在する「中核」地域には、「A局面」を開始し引っ張ってゆくだけの力強い需要が無い、ということになります。
これは、私たちにも思い当たります。アメリカでもイギリスでも、おそらく他の西欧諸国でも、20世紀後半に起きた「産業空洞化」は、そのまま現在も続いており、回復していません。A局面では「投資の行き先は[北]の世界に偏ってしまう」・というような “正常な” 現象は、少なくとも製造工業への投資に関しては見られないのです。おそらく、トランプ政権が、政治的に脅迫手段に訴えてでも、「半周辺」地域〔日本,韓国,‥〕の企業に米国内での工場建設を強要しているのは、「中核」地域本来の特権的地位を、何とかして回復しようとする焦りなのでしょう。Make America grey again!しかし、システムの “正常な” メカニズムがすでに壊れているのだとしたら、それはUS国家の正統性を毀損することにしかならない無駄な努力でしょう。
つまり、「中核」地域にはもはや、コンドラチェフの「A局面」を正常に運行させるだけの力が無いのです。その原因は、ひとつには、技術的な「イノベーションの限界」といったものが存在するのかもしれません。たとえば、コンピュータの次のイノベーションは「AI」だ、などと言われましたが、「AI」は瞬く間に中国にマネされて拡散してしまいました。これではもう、イノベーションには、「中核」地域の特権を維持する機能は期待できません。
鄭和の主力艦「宝船」の復元。中国・南京、明皇室造船
所遺跡公園での落成式。©韓国・東亜日報 2006.9.26.
東アジアの「善隣拡張」時代は再び訪れるだろうか
しかし、「世界システム」が正常に働かなくなった・より本質的な原因は、「資本主義的世界経済」が「資本蓄積の限界」に近づいたこと、そのために利潤が薄くなってきた、‥‥その傾向が、ついに臨界点に達したことです。「資本蓄積の限界」とは、④ ⑤ ⑥ で述べられている「脱農村化」「環境破壊の限界」および「民主化」です。
ところで、21世紀に入っても、東アジアないしアセアンの域内では、「周辺」諸国への「産業移転」は引き続き行われていたと思われます。日本各地の大規模製鉄所が撤収し、韓国,インドなどに、より大規模なものが出現したのは、この時期です。また、おそらく世界全体としても、「A局面」の上昇が不安定で停滞的であるのに応じて、「産業移転」――先進国から見れば「流出」――も続いているのではないでしょうか。
『このコンドラチェフ波のB局面の最後の期間〔1970~2000年頃?――ギトン註〕から完全に抜け出て、A局面に入ったとしても、それは、世界システムが 17世紀および 19世紀に経験したような、世紀単位で続くデフレの時代〔つまり、コンドラチェフ波より長いロジスティック波動の下降局面――ギトン註〕の始まりとなるだろう。〔…〕
史的システム〔…〕の軌道が均衡から大きく外れた場合に、システムの通常の機能は不可能になる。システムは、分岐 バイファケーション のポイントに達したということである。脱農村化,環境破壊の限界,民主化は、それぞれに、資本蓄積の能力を低下させ〔…〕る。諸国家がこの 500年間で初めて・その強さを失いつつあるという事実もまた〔…〕資本蓄積の能力を低下させている。〔…〕国家の弱体化は、〔…〕漸進的な改良の希望にたいする信頼が失われた結果として、人びとがこれまで諸国家に認めてきた正統性が低下しているからなのである。〔…〕
われわれは困難の時代に突入した。〔…〕無限の資本蓄積の過程を支える上で国家が決定的な役割を果たす特殊なシステム〔つまり、資本主義的世界経済システム――ギトン註〕は、これ以上機能しえないということである。』
ウォーラーステイン,山下範久・訳『新しい学』,2001,藤原書店,pp.114,144-145. .
ところで、景気循環の下降期には、すべての指標が下降するわけではありません。とりわけ「ロジスティック波動」のような長期の波動の下降期には、下がるものもあれば上がるものもあります。つまり、損をする者もいれば、逆に得をする者もいる。得をする者にとっては、長期の不況は、むしろ好都合:永遠のようにつづく幸福な時代です。
ジョーゼフ・ライト:「月明かりの風景」(1785年頃)Joseph Wright: "Moonlight
Landscape", circa 1785. The John & Mable Ringling Museum of Art,
Florida. ©Wikimedia. 薄明の石橋の上を、荷物を積んだ驢馬と人が歩いている。
たとえば、「ロジスティック」の不況期である「長い 17世紀」は、イングランドの地主,商人,手工業親方にとっては苦境の時代でしたが、職人や日雇い労務者,農業労働者にとっては幸福な時代でした。地代も利潤も目減りする一方で、労賃は上昇していたからです。
最大 200年を周期とする「ロジスティック波動」は、「近代世界システム」を超えた存在かもしれません。ヨーロッパでは、中世からすでに「ロジスティック波動」が起きていたと考える研究者も少なくない。‥とすれば、「コンドラチェフ波動」は「近代世界システム」と運命を共にするとしても、「ロジスティック波動」は続くかもしれません。21世紀の「ロジスティック」の下降期に、得をするのは誰で、ワリを喰うのは誰なのでしょうか? 「長い 17世紀」からの類推で考えると、「資本主義的世界経済」の通常のフェイズでは虐げられてきた層、たとえば「周辺」地域や「周辺」的生産過程の人びとが、相対的に良い条件に恵まれる――ということが考えられてきます。
「近代世界システム」の「不等価交換」のメカニズムが働かなくなれば、「中核 - 周辺」の格差が拡大しなくなる、あるいは格差が縮まってくる、ということが考えられます。「平等主義」的な国際関係、また、「平等主義」的な交易関係や、各国内の経済・社会関係の構築に好都合な環境が醸成されてくるかもしれません。
もちろん、「世界システム」の頂点〔上位 1%程度?〕を占める「ランペドゥーザ」層〔⇒:史的資本主義(3)【8】, 入門(15)【47,48】〕は、ふんだんなリソースを動員して、これに抵抗する(すでにしている)はずです。彼らは自らの至高の地位を維持するために「近代世界システム」を捨てる。必要とあれば「資本主義的世界経済」の諸機構〔自由貿易,自由な金融市場,自由な為替通貨市場,労働力の国際移動,‥‥〕を積極的に破壊することも厭いません。…と考えてみると、トランプ政権の政策が、それにぴったりと当てはまっています。。。
ここで、私たちは、あることに気づくでしょう。この、「平等主義」と「ランペドゥーザ戦略」の鬩ぎ合いの時代にあって、東アジアのジオポリティカルな特質が、大きな役割を演じるかもしれないと。
東アジアでは、世界の他の地域では見られないほど、地域内の諸国家が “冷戦の遺産” によって分断されています。このような「分断」は、通常の考え方では、地域にとって不幸なことです。本来、歴史文化的・地理的条件に基いて一体化できるはずの地域が、統合を妨げられるからです。しかし、融和しがたく分断されているのは、各国の頂上で国家の動きを制している「ランペドゥーザ」層で、より下層の・可能な限りの「平等主義」を求める層にとっては、それほどでないとしたら、この特質を、「平等主義」の層は、有効に利用できるかもしれません。
トマージ=ディ=ランペドゥーザ家の紋章「山猫」(1912年)
"La stemma della nobile famiglia siciliana Tomasi di
Lampedusa", 1912. ©Wikimedia.
もちろん、それは言うほどかんたんなことではないでしょう。しかし、こうした場合に、大衆はえてして、不明による誤解や、「宣伝」の影響によって、「ランペドゥーザ」層以上に敵対を強めてしまいがちです。その点を反省するだけでも、展望が開けてくるのではないか? ‥‥たとえば、日本人たちは日本人だけが北朝鮮による「拉致」の被害にあったかのようにふるまってきました。韓国人たちは、韓国人だけが「慰安婦」誘拐の被害にあったかのように訴えてきました。しかし、横田めぐみさんの夫・金英男氏は、高校生時代に韓国の海岸から拉致された韓国人です。慰安婦問題を史上初めて告発した千田夏光氏の『従軍慰安婦』は、日本人元慰安婦から聞き取ったノンフィクション小説です。なぜ協力し合わないのか? 協力しないから成果をえられないのではないか? 協力し合わない運動に対して、大衆が疑問を突きつけるだけでも、大きな意味があるはずです。
「ランペドゥーザ」層は、ふんだんな資金力と人脈で、あらゆるリソースを動員できる地位にいる点では圧倒的に有利です。しかし、ことがらの流れる向きは、必ずしも彼らに有利ではない。「資本主義的世界経済」の解体を成り行きに任せれば、「中核 」地域の特権は目減りし、「 周辺」地域の取り分は多くなるはずです。ただ、いずれかの安定した状態(均衡)に達するまでには、相当の紆余曲折があるだろうことも、まちがえありません。
ここで、もうひとつ言っておきたいのは、局地紛争や地域内戦争はともかく、「世界戦争」は今後決して起きない、ということです。なぜなら、「核」があるからです。ウォーラーステインもふくめて、近未来予測をする知識人は、恐ろしい世界戦争が起きると言って大衆を驚かせる人が多いのですが、これは誤解を招くし、根拠のある推論でもありません。
このことは、このブログで先日、「朝鮮戦争」についてまとめた際にも述べました〔⇒:朝鮮戦争からウクライナ戦争まで〕。米ソが核兵器を持って以来、列強諸国が相互の戦争をいかに細心に避けてきたか、戦後史のどこかを紐解いてみればわかることです。
こちらはひみつの一次創作⇒:
ギトンの秘密部屋!