【続々報】 今般の韓国総選挙で当選した脱北の北朝鮮元外交官・太永浩議員(野党保守系)が見解を表明しました⇒:「北、何かおかしい…元山汽車は欺瞞戦略の可能性」(中央日報)。
氏は、「推測が飛びかうばかりで、誰も確かなことは言えない状況」だが、「今の北朝鮮状況は『特異動向』がないどころか、非常に『異例的な点』が多い」として、「▼金委員長の太陽節不参加▼海外メディアの健康不安説報道にも公式反応がない▼海外の北朝鮮公館も関連の質問に対応しない▼崔竜海氏,朴奉珠氏ら北朝鮮主要人物にも動向がない」などを“異変”に挙げました。とくに、以前なら海外の北朝鮮公館は「『ばかなことを言うな』と一蹴したが」、今は、記者の問い合わせが集中しているのに「対応さえしていないのが異様だ」と指摘しています。
また、金与正へ継承される場合には、従来型の権力「垂直下向」でなく「北朝鮮の歴史上初めての『水平移動』」になるとして評価しています。
CNN報道から1週間たった現時点で、①確実な情報は無い、しかし②北朝鮮政権内に「異変」が起きているのは確実、という2点に、トップ・ウォッチャーの見解は一致してきたようです。
これに対して、韓国政府は、統一部長官が「金正恩は正常に国務運営をしている」と国会に報告(⇒:中央日報)するなど、「死亡」「重篤」疑惑の否定を繰り返していますが、妥当な推定とは思われません。かえって、“代替わり”後の北との関係悪化を恐れて鎮静化にやっきになっている印象を強めるだけでなく、「正常」を裏づける内部情報は韓国の情報機関もキャッチしていないことを示しています。
なお、私の見解は 【4】↓に。
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昨日の記事につづいて、金正恩の「重篤説」「健康説」について、この間の重要な情報をまとめてみた。そのうえで、昨日の記事では両論併記とした現状評価について、現時点での自説を述べてみたい。
【1】 北朝鮮の報道
北朝鮮のメディアはすべて国営なので、公式見解ということになるが、この間(4月12日以来)金正恩については、何事もないかのように日常的な動静報道を続けている。動静といっても、本人がどこかに姿を現わしたという報道も、誰かと面会したという報道も、執務のようすを伝える報道も無く、メッセージをどこどこに送ったという報道のみである。
最新のニュースは↓これ。韓国の聯合通信社が北のラジオを傍受して伝えている。この記事は英語でもネット配信されているが簡略化されているので、原記事を全文翻訳↓しておこう。
「“金正恩,三池淵(サムジヨン)市労働者に感謝”…北朝鮮,健康異常説には反応せず (2020.4.26.06:45)
連日 動静報道のみ続く
(ソウル=聯合ニュース)リュ・ミナ記者=北朝鮮の金正恩国務委員長が三池淵市の建設に参与した労働者たちに感謝を伝えたと朝鮮中央放送が26日報道した。
日常的な動静水準の報道だが、健康異常説がささやかれる金国務委員長が、この1週間、公開席上に姿を現わしていない状況が続いており注目される。
国内向けラジオ媒体である中央放送はこの日の報道で、“金正恩同志におかれては三池淵市の再開発を誠心誠意支援した労働者たちと勤労者たちに感謝をお送りになった”と伝えた。
三池淵は金正恩一家の“白頭山血統”を象徴する白頭山を行政区域とする“革命聖地”であるが、金委員長が執権したあと‘経済発展の’都市として大々的な開発が進行している場所だ。昨年末に郡から市へ昇格している。
金委員長の‘感謝’に“労働者たちと勤労者たちは、党の信頼と期待を片時も忘れず社会主義強国建設に誠実に貢献してゆく燃えあがる熱意に沸いている”と放送は伝えた。
金委員長は、さる 11日平壌の労働党中央委本部庁舎において党政治局会議を主催するようすが、翌日朝鮮中央通信等で報道されたあと、2週間近く姿を現わしていない。
金〔日成〕主席の誕生日である・さる 15日の錦繍山太陽宮殿参拝までも省略されたため、‘健康異常説’が国内外で増幅されているが、北朝鮮メディアは依然として直接的な反応を見せていない。
きょう午前現在までの北朝鮮メディアの報道を見るかぎり、人民軍創建88周年記念日(4・25)であった昨日も、金委員長はとくに対外活動をしなかったと推定される。」
このほか、「金正恩氏がロシア共産党のジュガーノフ党首から、ロシア訪問1周年を祝う祝電を受け取った」と、朝鮮中央通信が伝えている(Sputnik(日本語))。「労働新聞は 23日、金正恩氏がシリアのアサド大統領に書簡を送ったと報じた。北朝鮮の国営メディアは20-21日、金正恩氏がキューバの国家首班に誕生日の祝電を送ったニュースなどを報じた」(朝鮮日報)
いずれの「動静」も、本人がいなくても他人が代ってできるような儀礼的な通信なのだ。本人の「健康」あるいは「意識があること」の証拠には、ならないのではないか?
しかし、独裁国家である北朝鮮で、独裁者本人の指示や同意がないのに、部下の者が勝手に本人の名前で「祝電」や「感謝」のメッセージを送るなどということができるのだろうか?
できるようなのだ。脱北した北朝鮮・元外交官・太永浩氏[現・韓国国会議員]によると(『三階書記室の暗号』文藝春秋・刊)、金正日が 2011年12月に死亡する前の時期に、そのような事態が起きている。
北朝鮮では、政府のあらゆる部署の決定は、独裁者(「首領さま」)の決裁を受けなければならず、「首領さま」の“官房”である「三階建て秘書室」に、「……としたいと考えますが、いかがでしょうか」という照会文書を送らなければならない。ところが、金正日死去の数か月前から、照会文書に回答が来なくなってしまった。
そこで、やむをえず、「……としたいと考え、実施しております」という文書を送るようにした、と言うのだ。
つまり、北朝鮮という国家では、国家元首に支障があった時に、ほかの国家のように正式に「代行者」を立てるのではなく、トップ不在のままで各部署が勝手に政務を続けてゆく、ということになる。
したがって、「首領さま」に故障が起きて何もできなくなっても、各部署はこの時の経験があるので、通常業務には支障がないはずなのだ。まして、儀礼的なメッセージなどは、まったく支障なく出されていると推定できる。
そうすると、こうした儀礼的通信の報道ばかりが続いても、それは、本人が健康である証拠にならないばかりか、かえって、本人に故障があるから、形式的な活動ばかり伝えられるのではないか?―――との疑惑を誘うことになる。
4月25日は北朝鮮の建軍記念日だったが、金正恩は記念行事の場に姿を現わさなかった:
「北朝鮮国営メディアの朝鮮中央通信と朝鮮中央テレビ、朝鮮中央放送、労働新聞などは25日、人民革命軍創建88周年記念日関連報道に集中した。金委員長の公開活動と関連した内容は一切報道していない。
この日北朝鮮メディアは金日成主席が率いた満州抗日遊撃隊である人民革命軍が1932年4月25日に組織されたことを強調し、『革命武力』宣伝にだけ集中する様相だった。
1978年から北朝鮮は毎年4月25日を人民軍創建日に定めている。金正恩委員長の執権後は、正規人民軍が実際に創設された 1948年2月8日を建軍節として公式化している。」
昨日の記事の【続報】でリンクした李相哲氏は、25日の建軍記念日に姿を現わさなかったら、「重篤」「死亡」等の説が裏付けられると言っていた。
たしかに、4月25日は、金日成が日本植民地下でパルチザン部隊を結成した(と言われている※)日なので、北朝鮮の「建国神話」イデオロギーでは重要な日だ。それだから盛大に祝賀行事が行なわれたのだが、金正恩は、出席していない。
しかし、欠席には“身体の故障”以外の理由も考えられる。というのは、金正恩は、執権後、「建軍節」を 4月25日から、独立後の正規軍創建日である 2月8日に移しているからだ。若い指導者は、伝統的な“金王朝”イデオロギーからの脱皮をめざしているようなのだ。すでに正式の「建軍節」ではなくなった 4月25日に金正恩が出席しなかったからといって、彼が出席できない「重篤」状態にあると決めつけることはできないだろう。
むしろ、健康であってもあえて出席しない、“イデオロギー離れ”の兆候と見ることもできる。
もっとも、それにしても、国を挙げて祝っているパルチザン記念日には祝電も送らず、記念日でも何でもない三池淵の労働者に「感謝のメッセージ」―――というのは、いったいどういうことだろうか? 金正恩が健康だとしても、政治行動がピンボケてきている‥‥空気が読めなくなっている感じがする。イデオロギー政治の主流から外れてきた、と言ってもよい。
※【註】金日成の植民地時代の行動については、「抗日英雄」という北朝鮮の正統イデオロギー神話に疑問を投げかける研究者も多い。たとえば、徐大粛『朝鮮共産主義運動史』によると、「金日成」というのは、抗日義兵~パルチザン闘争で複数の指導者が名乗った偽名で、少なくとも3人のパルチザン指導者が使用していることが確認できる。現・金日成(独立後に「金日成」と名乗った人物)は、日本敗戦後平壌に進駐したソ連軍のなかから出てきたが、あまりにも若く、パルチザンが知っているどの「金日成」でもなかったので、人々は驚いたという。つまり、金正恩の祖父は、「金日成」になりすましたソ連の赤軍将校だったかもしれないのだ。
【2】 中国からの情報
昨日の記事の【続報】でリンクした李相哲氏がユーチューブで語っていたように、中国では、金正恩「重篤」説が広まっているようだ。
中国政府も党も、公式には何もコメントしていないが、ただ、党・中央対外連絡部の高官に率いられた「医療チーム」が平壌に派遣されたことを、ロイター通信に対して認めている。ただし、「医療チーム」の目的については、ロイターにも公式の回答は無い。
中国要人の非公式な談話のレベルで、李相哲氏が聴き取った内容によれば、「医療チーム」は心臓・心血管と脳の専門医からなっており、金正恩が心臓(または心血管)の「手術」を受けたあと重篤状態になり、北朝鮮医師団の手におえないために、医療的助言のために 4月19日に派遣された。しかし、平壌に到着して以後、医療団と中国側の連絡が途絶えている。と言う。
中国からの情報は、内容が具体的で信ぴょう性がありそうに思える。しかし、注意しなければならないのは、これはあくまでも間接情報であり噂話だということだ。「医療チーム」派遣に携わった人から直接聞いたわけではない。あくまでも、中国の政府・党関係者のあいだに、そういう噂が広まっているということだ。
しかも、“平壌に到着して以後、医療団との連絡が途絶えている”ことからすると、じっさいに現地に行って確認した金正恩の容態については、中国では誰も把握していない。金正恩の「重篤」(また「生存」)は、あくまで派遣前の状況からする推定にすぎないことになる。
ただ、派遣から1週間たっても「医療チーム」が北朝鮮に滞在しているということは、治療活動が続いているという推測をうながす。
あくまで間接情報だが、中国からの情報では「重篤」説に根拠があると言える。
【3】 アメリカ偵察機・衛星による動静確認
CNNが最初の金正恩「重篤説」を報道した前後から、米軍は何度か偵察機を飛ばして北朝鮮の動向を探っている。そのうち一度は、元山にある金正恩の別荘付近で、本人が散歩している姿が目撃されたという。⇒:24日付『東亜日報』→TBSニュース
しかし、この情報は非常に疑問だ。偵察機のカメラからの解像度は 30cm だという。しかもそれは、50km まで対象物に近づいた場合だ。金正恩の顔を確認できる映像が写せたとは思えない。
しかも、金正恩は、先代の金正日と同様に、ソックリさんの“影武者”を持っているという情報もある。
さいきん『38ノース』が衛星写真の分析から、元山の「別荘」直近の駅に金正恩の専用列車が停まっているのを確認した。
「【ワシントン時事】米国の北朝鮮分析サイト『38ノース』は25日、最新の人工衛星画像に基づき、少なくとも21日以降、北朝鮮東部・元山の駅で、金正恩朝鮮労働党委員長専用とみられる列車が停車しているのを確認したと発表した。
38ノースは『列車の存在は、正恩氏の居場所や健康状態を明らかにするものではない』とした上で、『(元山滞在説の)説得力は増す』と指摘した。」
ほかのニュース・ソース(⇒:ハンギョレ新聞)によると、列車が確認されたのは 21日と 23日に撮影された衛星写真で、15日の写真には見られないという。‥そうすると、専用列車は、16-21日に元山に来て、そのまま動いていないようだ。金正恩は、「重篤説」等が心臓の「手術」を受けたと主張する 12-15日よりあと、21日以前に元山に来て、そのまま元山に滞在していると見てよいのではないか。
コロナから疎開するためなのか、治療ないし術後療養のためなのかは、わからないが。
【4】 私の見解―――重篤か、“意欲喪失”引きこもりか?
李相哲氏が新しい動画をアップした⇒::李相哲TV 4.26.
李相哲氏は「脳死説」に傾いているようだが、前回よりもずっと言い方が慎重になっている。
新しいニュースは、北朝鮮が、中国・沈陽から平壌行きの国際列車を4月28日から5月20日まで停止するとの情報が入ってきたこと。李相哲氏によれば、列車の停止は、金正恩から後継者への権力移譲に伴う北朝鮮国内の混乱を回避するため、戒厳令的な抑圧を行なうためだという。(もちろん、氏は「推定」と断って述べている)
しかし、この解釈には疑問がある。中朝国境はコロナのために封鎖されたと聞いていたからだ。封鎖は解除されているのだろうか? むしろ、国際列車が定期的に走っているというほうが「異変」ではないか。
ともかく、李相哲氏は、28日までに北朝鮮は「重大発表」――金正恩の「死亡」?「脳死」?――を行なうと予想している。発表後、ただちに国境を封鎖するということらしい。〔【追記】 はたして 29日朝の現時点までに「重大発表」は無かった。〕
大いに疑問だ。金正恩「死亡」の「発表」があったとしても、北朝鮮でただちに混乱が起きるとは思えないからだ。金正日死亡の際にも、混乱は無かったし、(ふだんから抑圧はひどいが)戒厳令のような布告もなかった。
北朝鮮の指導者の“代替わり”は、どのように行われるのか? 前記の太永浩氏によると(『三階書記室の暗号』)、金正日→金正恩の場合には、新指導者への忠誠の“刷り込み”教育が、すべての職場単位で行われた。新指導者を讃える踊りや歌の練習が毎日行なわれ、数か月かかったという。金正恩が新しい「首領」として姿を現わしたのは、“刷り込み”教育が完了したあとだった。
独裁は「抑圧」でも「弾圧」でもない。人々の生活の隅々にまでわたる教育と監視と訓練なのだ。これは北朝鮮に限ったことではなく、ナチスもスターリンも同じだ。
その“刷り込み”教育が、1ヵ月で済むはずはない。もし“代替わり”があるとしたら、数か月以上の移行期間が必要だろう。しかも、今回は前触れもなく突然の“代替わり”で、まだ準備も何もできていない。
さて、以上を総合して、唯一はっきりと言えることは、北朝鮮国外の誰も、確たる情報はつかんでいない―――ということではないだろうか?
「手術」があったのかどうかさえ、信頼に足る根拠があるわけではない。あったという根拠も、なかったという根拠もない。
構図としては、どちらかといえば中国政府筋は非公式に「重篤」「脳死」説、韓国と米国の政府は、「健在」説‥‥ということのようだ。(26日夜の『聯合ニュース』[韓国語]は、韓国大統領府の高官と与党議員が、各々実名で、金正恩「重篤」を強く否定したと伝えている)
さらに情報のソースに遡って見てゆくと、「重篤」~「脳死」説はすべて、中国での“噂”が震源ではないかという見当がつく。(だからフェイクだと言うわけではない)
「手術があった」という情報も、元をたどれば、20日のCNNニュースの情報で、「米政府当局者の話」として流されている。直後にトランプは、何も聞いていないと言って否定している。この「米政府当局者」も、中国の政府関係者から聞いたのではないか?
そうすると、「手術」もふくめて、中国での“噂話”が震源になって「重篤」説が広まっていると考えてよさそうだ。情報の流れを見ると、そういうことになる。
しかし、中国が「代表団」ないし「医療チーム」を送ったのは事実と考えてよいだろう。中国政府が公式に認めたわけではないが、ロイターが3人の中国政府関係者から確認を得ている。ただ、「医療チーム」の派遣目的(金正恩かコロナか)、構成(心臓・脳の専門医なのか?)、人数規模については、いまだ五里霧中だ。
他方で、確たる根拠がないのは「健在説」も同じだ。金正恩の動静は疑惑の材料に満ちている。
少し前の話になるが、昨年末に金正恩が行なった談話は、長大な演説だったが抽象的で内容に乏しく、精神論に終始していた。その後のミサイル実験も、シンガポール会談以前の大胆さは見る影もなく、トランプの顔色をうかがって、大目に見てもらえる範囲でやっているように見える。
最近の「異変」動向も、金日成の誕生日に参拝に出向かないとか、パルチザン結成の記念日にノータッチとか、大げさに言えば、“公式イデオロギー”からの逸脱(経済優先の方向へ)を思わせるものばかりだ。(27日に新たに入った「動静」ニュースは、元山葛麻リゾートの労働者に「感謝メッセージ」⇒「三池淵」以上に開放経済志向だ)
このコロナ禍の渦中に、大衆を激励することもなく、別荘に引きこもっているというのも、カリスマの金正恩らしくない。
もし金正恩の身体に支障がなく健康だったとしても、指導力ないし指導者意欲の低下―――のような「異変」は、起きているのではないだろうか?
そこで、確たる情報のないなかであえて憶測をしてみると、金正恩が心血管ステント術のような簡単な施術を受けた可能性はある。そして、中国医師団の援助のもとで治療中であろう。そのかいあって、やや意識が戻っているのではないか? 身体は動かないが「感謝メッセージ」の指示はできる状態ではないか? そして、自らの信念とする経済開放政策に望みをつないで、弱々しいメッセージを発信しているのではないか?