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       オルガン演奏 (承前)

 しかし今もなお、天井の格子梁(リブ)を貫いて漏れた音楽は
 天の囁きとなって息づいている。
 夢見るように口許に微笑をただよわせ
 しだいに柔らかな音栓
(ストップ)に変えながら
 年老いた楽師は音の柱廊の唐草模様に、
 段をなしたフーガの小径
(こみち)に踏み込んでゆく
 その手足が紡ぎ出す金銀の糸は細くなり
 いよいよ繊細に生垣を編み、
 夢のようにふんわりした音の織物
 大胆な装飾文様が絡み合う。
 いよいよ密に、いよいよ甘く
 音の列が互いを求め合い縺れるように
 そらの梯子を駆け上がり、天頂で
 至福の飛翔をやめようとはしない
 夕焼け雲のように消えてしまうまで。

 教区の会衆も、門弟も親方も、信者も友人も
 皆いなくなったことを、彼は気にかけない、
 せわしない若者たちはもはや定律
(きまり)など知らず
 音型の構成と意味は聴いてもほとんど解らない、
 かれらにとってオルガンのしらべは
 もう天上の記憶を呼び覚ますことも
 神の遺痕に気づかせることもない、
 もはや十人も、いや一人として、この音の穹窿に
 添えて聖なる精神のアーチを打ち建て
 この太古の秘儀の織物に生命を吹き込みうる
 会衆がいなくなったことさえ、彼には何事でもない。
 まわりでは街中で、また田園で、若い生が
 かれらの突撃の軌道を白熱させているのに、
 寺院の中で、演奏席にたったひとりで座り
 主宰しつづける幽霊のような老人
 (若者たちにとっては、半ば……半ばと言おう……物笑いの種だ)
 彼は聖化された記憶を紡ぐ
 ゴシックの装飾を神の意志でみたす
 音栓
(ストップ)をずらし響きの音をしだいに弱め
 フーガは、彼の耳だけが聞き取れる秘跡
 の境に歩み入ってゆく、もう彼以外の者には
 仄
(ほの)かな過去のささやき以外何も
 聞こえない、そそり立つ薄暗い石柱に
 パフをつけるように戯れる破れた緞帳の襞
(ひだ)
 の低いざわめきのほかには。

 いまもなお聖堂の中で、老いた奏者
(マイスター)
 弾いているのか、それとも、堂宇のなかに響く
 柔
(やわ)く仄かな音の絡まりは
 消え残った亡霊のまぼろし、異なる時から響く余韻
 の影にすぎないのか、誰にも解らない。
 それでもときどき、堂の中に佇
(たたず)んで耳を澄ます
 人がいる:扉をそおっと開け、放心したように
 その遥かな銀の音楽の流れに耳を傾ける
 その精神の唇から、晴れがましくも真摯な
 先祖の知恵の言葉を聴き取り
 胸に感動を抱いて立ち去る、
 旅友
(つれ)に出会い:そこのお寺の

 消えた蝋燭の匂いが漂う中で、心奪われる時間
 を過ごしたと、ささやくように報告する。
 こうして聖なる奔流が地下の暗闇を
 永遠に流れ続ける、地の底から
 ときたま輝くように水音が聴こえる;
 聞く者は、そこになにか秘密が司るのを感じ
 それが去って行くのを見、捉えたいと願い
 燃える郷愁を抱く。それは美しきものの予感。





 これで終りです。長かったですねえ‥‥。

 しかし、古めかしい言葉や表現が多いわりには、全体としてそれほど難しい内容ではなかったと思います。ヨーロッパのどこかの町へ行って、忘れられたような古い教会の広間に入ってみたら、がらんとした暗い身廊の中に、かすかな、音がしているのかどうかもよくわからないようなオルガンの響きがして、放心したようにそれに聴き入ってしまった‥‥という、それだけの体験を、連想も幻覚もまじえて敷衍して書いて行った詩―――と思えばいんじゃないでしょうか。

 前回のトップ画像に出した『ケルン大聖堂(Kölner Dom)』―――正式の教会名は知りませんが、単に「ケルンのドーム」と、どこでも呼びならわしています―――は、たしか17世紀だったかの“創建時”からずっと建築工事が断続的に続いているんだと、昔読んだドイツ語の教科書に書いてあった記憶があります。数年前までは、写真を撮ると必ず外壁の足場がいっしょに映っていました。前回出した最近の画像では、その足場がほとんどなくなっています。どうやら、21世紀を迎えてようやく、この巨大なゴシック建築も、完成に近づいているようです。。。 ドイツはもう、ここだけ見ればじゅうぶん。ロマンチック街道やら、ベルリンの菩提樹通りやら行く必要はない―――と、ケルンの駅から外に出たとたん、眼の前に、顔を90度上に向けなくてはならないほど高くそそり立ったこの聖堂を見た時に、思いました。

 この町に生まれ育った女流作家アンナ・ゼーガースが記すところでは、子供のころ、この聖堂の高い頂は、その高さと同じだけ深く、地中にも、この巨大な建築物が突き刺さっているように思われたそうです。じっさい、建築工事が長くかかったのは、聖堂の基礎の部分に地下水が沁み込んで基材を毀損していたせいなのだそうです。

 人類の事業は、こんなに息の永いものなのだ。歴史とは、そうしたものだ。まわりに住んでいる人が、表面上はすっかり変ってしまって、そのうち、ヨーロッパの外から来た移民の子孫ばかりになってしまったとしても、そんなことはたいしたことではないのだ‥‥この聖堂を見るたびに、そう思えるのです。


 というわけで、きょうは教会を中心としたオルガン音楽の歴史を、主に古いほうから、ごくサッと一瞥してみたいと思います。

 「現存するゴシック教会オルガンのリスト」←こちらの記事を見ると、ゴシックの教会にパイプオルガンが附設されるようになったのは、どうやら 14世紀ころだったようです。14世紀と言えば、コロンブスが大西洋を渡るよりも前、イタリアではルネサンスの初期ですが、アルプスの北側はまだ“中世”でした。そこで、14世紀のオルガン曲を最初に聴いてみたいと思います。


 

「サルタレッロ」から
エルンスト・シュトルツ/ポータブル・オルガン

 


 「サルタレッロ」は、大英博物館に保存されている 14世紀末~15世紀初めのイタリアの楽譜で、当時の聖俗の歌曲が集められているもの。「ポータブル・オルガン」は、中世に使われていた楽器を復元したもの。当時の絵画で、非常に詳細に描いたものがあるので、復元できるのです。

 古楽をはじめて聴く人には、ヨーロッパというより、インドかアラビアの音楽に聞こえるかもしれませんが、ヨーロッパでも、バロック以前はずっと、こういう和音(完全4度,完全5度)と節回しの音楽がふつうだったんです。

 ↓つぎは 16世紀スペインの作曲家カベゾン。楽器も、16世紀末にドイツで作られた「クラヴィ・オルガン」です。貴族の館で使われていたんでしょうね、ふんだんに装飾を盛りつけた贅沢なオルガン、人力でフイゴを動かして空気を送っています。


 

アントニオ・デ・カベゾン「パヴァーナ・コン・ス・グロザ」
フアン・デ・ラ・ルビア/クラヴィ・オルガン
バルセロナ音楽博物館

 


 ↓つぎも、16世紀末~17世紀初めのオランダの作曲家スウェーリンクの曲で、弾いているオルガンは、当時作られたままのものです。エサイアス・コメニウスは、16世紀~17世紀初めのドイツのオルガン製作者。

 ここまでが、いわば“教会オルガンの前史”ってことになります。


 

ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク「バッロ・デル・クランドゥカ」
トン・コープマン/コメニウス・オルガン

 

 

 

 




 


 ↓フレスコバルディは、16世紀末~17世紀前半イタリアの作曲家兼オルガニスト。ここらへんから本格的なオルガン音楽になります。「ラ・フォリア」は、ルネサンス時代のラテン・ヨーロッパで流行っていたメロディーですが、フレスコバルディはその旋律をかなり変形しているようです。

 オルガンのほうも、↓この動画で見るように、この時代になると、多数の音栓(ストップ)のついた本格的な教会パイプオルガンが建造されました。


 

ジローラモ・フレスコバルディ「ラ・フォリアのアリアによるパルティータ」
クリストフ・ビュルセンス/オルガン
ブラジウス・ブレムザー・オルガン(1675年建造)
ベルギー、アンヴェルス、エルゼンフェルト聖母教会

 


 ↓つぎは、南ドイツのパッヘルベル(1653-1706)。前に、有名な「カノン」を聴いていただきましたが、教会音楽も作曲しています。音の重なりがだんだん複雑になって、バッハに近づいて行くのがわかるでしょう。

 

ヨハン・パッヘルベル「前奏曲 ニ長調」
ホス・マテルス/オルガン
キリスト改革派教会
オランダ、ビュンスホーテ

 


 ブクステフーデ(1637-1707)は、パッヘルベルと同じ時代に北ドイツで活動したオルガニスト。ハンザ都市リューベックで、聖母マリア教会のオルガニストを務めていました。


「3段鍵盤、54ストップを備える聖母マリア教会の大オルガンは銘器の誉れ高く、同教会のオルガニストは北ドイツの音楽家にとって最も重要な地位の1つとされていた。

      
〔…〕

 1705年11月にアルンシュタットから訪問したヨハン・ゼバスティアン・バッハも、情熱的なブクステフーデのオルガン演奏に強く魅了され、無断で休暇を延長してリューベックに滞在した」
(wiki:ディートリヒ・ブクステフーデ)


 当時、バッハは、中部ドイツの田舎町アルンシュタットのオルガン奏者を勤めていました。アルンシュタットは、チューリンゲン森のへり、地図で見ると、もうチェコとの国境に近いドイツの端っこで、僻地と言ってよい場所なんですね。田舎町のオルガニストでは報酬も少なく、馬車に乗るお金のないバッハは、アルンシュタットからリューベックまでの約400kmの道のりを、歩いて行ったと言われています。

 バッハは、4週間だけ休暇をもらって、ブクステフーデのところへ出かけて行ったんですが、なんと3ヶ月も滞在していました。その間、若いバッハの才能を見込んだブクステフーデに、もうそんな田舎町へ戻るのはやめて、ここで私の後任にならないかと、さかんに誘われていたそうです。

 ところが、ブクステフーデには、30歳になる娘―――バッハより 10歳以上年上―――がいて、この人との結婚が後任の条件だったんですねw さすがのバッハも、この結婚には踏み切れず、結局アルンシュタットに戻ったんですが、戻ってみると、教会の聖職者会議は、もうカンカン! しかも、戻ったバッハは、ブクステフーデの音楽にすっかり影響されていて、“前衛的な、おかしな音を出している”と、この点でも、保守的な聖職者の怒りを買ったそうです。

 もっとも、当時すでにバッハの名声は広がりつつありましたから、これを機に、近くのミュールハウゼンに、今までより少し良い条件で転職することができました。

 ブクステフーデの影響を受けたバッハのどこが“前衛的”だったのかというと、おそらく、当時としては冒険的ともいえる多彩な和音の使用ではないかと思います。前に聴いていただいた「トッカータとフーガ 二短調」――あの♬チャララ~が、その代表でしょう。


 

ディーテリヒ・ブクステフーデ「トッカータ ヘ長調」BuxWV 157
ルードヴィヒ・オレル(12歳)/オルガン
ヴィルデ・シュニットガー・オルガン (1599,1682年建造)
ドイツ、ヘルツォーゲンラウフ、聖マグダレーナ教会

 


 12歳で、これだけ弾けたらすごいですが、弾いてるオルガンは古いものではありません。なんども登場しているヘルト・ファン・フーフもそうですが、現代の若いオルガニストが使うオルガンは、みな最近製作された楽器のようです。

 どうしてかというと、古いオルガンは、弾くのに並大抵でないテクニックを要するんじゃないかと思います。エレクトーンのような電気じかけはありません。テコの原理だけで、力づくで弾かないとならないわけです。鍵盤のタッチが重いだけでなく、押してから音が出るまでに時間がかかる‥タイミングがずれる場合もあります。

 そういうわけで、古い歴史的なオルガンを超高速で弾く人は、‥‥あれはもう神わざじゃないかと思います。その神わざのひとり、トン・コープマンのブクステフーデを聴いてみましょう↓


 

ディーテリヒ・ブクステフーデ「今我が魂は主を讃える」BuxWV 212
トン・コープマン/オルガン
ゲルケ・ヘルプスト・オルガン (1680-1683年建造)
ドイツ、バーゼドウ

 


 ブクステフーデと言ったら、重厚かつ華々しい曲ばかりなのかというと‥‥なかには↓こういうのもあるので、ちょっとビックリします。

 

ディーテリヒ・ブクステフーデ「フーガ」BuxWV 174
トン・コープマン/オルガン
コープマン氏書斎のオルガン

 


 鳩時計みたいな音でしたねw これは、オランダのテレビ番組の録画らしいです。インタビューアーとの会話もオランダ語らしくて、‥何をしゃべってるかわからないのは残念です。


 さて、このあとはバッハの時代になるんですが‥、バッハはもうずいぶん聴いていただいたので、きょうはちょっと目先を変えて、フランスに行ってみたいと思います。

 フランスの地中海岸、コート・ダジュールと言えば、マルセイユ、ニースといった観光地が並んでいますが、その近く、サン=マクシマン=ラ=サント=ボームという町に、14世紀の古い聖堂と 18世紀のオルガンがあります。

 ↓ダカンはフランスのオルガニストですが、「カッコウ」などの、わかりやすいキーボード曲で有名です。ドイツで重厚なオルガン音楽が全盛だった時代に、フランスでは、比較的簡明な、わかりやすい曲が行われていたんですね。↓題名からすると、クリスマスの曲らしいです。


 

ルイ=クロード・ダカン「ノエルⅧ」
ピエール・バルドン/オルガン
イスナール・オルガン (1772年建造)
サン=マクシマン=ラ=サント=ボーム教会、サン・マリー=マドレーヌ聖堂

 


 ↓さいごに、20世紀のオルガン曲を聴いてみましょう。ヘッセは、20世紀のオルガニストについて、時代の流れを無視した超然たる隠者のように書いていましたけれども、じっさいにはヘッセの時代に、けっこう現代的――同時代的なオルガン曲も、作られていたんですね。これなどは、ドビュッシーやベルリオーズを連想する幻想味あふれる小品です。

 

ユジェーヌ・ジグー「トッカータ ロ短調」
アルトゥロ・バルバ・セヴィリャーノ/オルガン
メルクリン・シュッツェ・オルガン (1857年建造)
スペイン、サンタ・マリア・デ・ムルシア大聖堂


 

 

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