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      バッハのトッカータの1曲に寄せて

 原初の沈黙が見つめる……闇黒の支配……
 ひとすじの閃光が、雲のぎざぎざの割れ目から
 差しこみ、世界の底、盲目の無をつかみ
 そこに空間をたちあげる、夜に光の孔を穿つ
 稜線と嶺々、斜面と竪坑
(たてあな)の現れる気配
 大気は薄く蒼くなり、地は密になってゆく。

 芽生えつつある胎児を創造の閃光はまっぷたつに
 引き裂いて、行動と戦争に駆りたてる:
 恐怖に輝いて燃えあがる世界:
 光の種子落つるところ、すべては変貌し
 統序され、豪華絢爛に彩られる
 生命には讃美を、創造主には光と勝利を。

 それでも大いなる衝動は、神にむかって回帰の弧を描く
 すべての被造物に装
(そな)わる父への衝迫
 それは喜びとなり苦となり言葉となり絵となり歌となり
 世界また世界に丸みを与え、壮大な天井画を描きあげるのだ
 それは本能、それは精神、それは闘いと幸福、それは愛。



 


 題名は、「トッカータの1曲に寄せて(Zu einer Toccata ...)」と、不定冠詞がついてるのに‥‥

 天にも届くようなゴシック伽藍の天井のてっぺんから、まっくらな身廊に一條の光が差しこんでくるような出だし:―――ああ、あの曲だな、とバッハの好きな人ならすぐにわかってしまうでしょうねw

 バッハの作曲した「トッカータ」と名の付く曲はたくさんありますが、きょうはもう最初からネタバレですね。曲があんまり有名すぎて、はずかしいくらいですが(ヘッセともあろうものが、よりにもよってこんなのを!)、ともかくまずは聞いてやることにしませう:



 

J・S・バッハ、トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
ヘルト・ファン・フーフ/オルガン
ハッセルト・ステファヌス教会


 


 ヘルト・ファン・フーフ(1994-)は、オランダの若手オルガニスト兼ピアニスト、2010年16歳でデビュー、2018年夏にハーグ王立音楽院を卒業するまで、聖堂演奏、海外公演のほか、多くの CD,DVD, また Youtube動画を公開しているので、すでに世界中にファンがいることでしょう。ギトンもその一人です。⇒:ヘルト・ファン・フーフ【公式HP】

 ずいぶん若いオルガニストですねって?‥いえいえ、そんなことはありません。この曲、バッハが作曲したのは 19歳の時だそうです。これ聴きながら、あのカップクのいいオジサンの肖像画をイメージしないようにw



 さて、ここでこのまま BWV565 のロック・ヴァージョンやらポップ・ヴァージョンやらに流れこんでしまうと、もうそういうありきたりになってしまいますから、ここは締めて、バッハの他のトッカータを聴いてからにしたいと思います。

 いやはや有名すぎるんですよ… このチャララ~♪はw



 というわけで、英語版ウィキの「バッハ作品一覧」に「トッカータ」で検索をかけてみると、‥17件ヒットしました。そのうち、偽作1件とバッハの作曲かどうか疑わしいもの1件、編曲2件を除き、ユーチューブで見つかった2件を加えて、合計15件が、たぶんバッハ作曲「トッカータ」のすべてではないかと:



●BWV538 トッカータとフーガ、ニ短調 「ドーリア風」 オルガン用。  538 1712–1717 Toccata and Fugue ("Dorian") D minor Organ

 BWV540 トッカータとフーガ、ヘ長調 オルガン用。 540 c.1712–1717? Toccata and Fugue F major Organ

 BWV541 トッカータとフーガ、ト長調 オルガン用。 541 528/3 c.1712–1717? Toccata and Fugue (Trio BWV 528/3 e. v. as possible middle movement) G major Organ

 BWV564 トッカータ、アダージオとフーガ、ハ長調 オルガン用。 564 bef. c.1712 Toccata, Adagio and Fugue C major Organ

●BWV565 トッカータとフーガ、ニ短調 オルガン用。 565 c.1704? Toccata and Fugue D minor Organ

 BWV566(初期稿) トッカータとフーガ、ハ長調 オルガン用。 566 1700–1750 Prelude and Fugue (earliest manuscripts: C major; /1 as Toccata in BGA) E major C major Organ

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●BWV830 トッカータ、ホ短調(鍵盤楽器のためのパルティータ6番第1曲;アンナ・マグダレーナの音楽帖第2冊) チェンバロ用。 830 8. 1725–1730 Notebook A. M. Bach (1725) No. 2 = Partita No. 6 from Clavier-Übung I E minor Keyboard 6 Partitas para clave BWV 825-830. Partita para clave Nº 6 en mi menor, BWV 830 (in E minor/mi mineur/e-Moll) 1. Toccata Partita n. 6 in E Minor BWV 830

 BWV910 トッカータ、嬰ヘ短調 チェンバロ/オルガン用。 910 1707–1713 Toccata F♯ minor Kb (or) Org

 BWV911 トッカータ、ハ短調 チェンバロ/オルガン用。 911 1707–1713 Toccata C minor Kb (or) Org

●BWV912 トッカータ、ニ長調 チェンバロ/オルガン用。 912 1707–1713 Toccata D major Kb (or) Org 912a 1704–1707 Toccata D major Kb (or) Org

 BWV913 トッカータ、ニ短調 チェンバロ/オルガン用。 913 1707–1709 Toccata D minor Kb (or) Org 913a Toccata D minor Kb (or) Org

 BWV914 トッカータ、ホ短調 チェンバロ/オルガン用。 914 1707–1709 Toccata E minor Kb (or) Org

 BWV915 トッカータ、ト短調 チェンバロ/オルガン用。 915 1707–1709 Toccata G minor Kb (or) Org

●BWV916 トッカータ、ト長調 チェンバロ/オルガン用。 916 1707–1713 Toccata G major Kb (or) Org

 BWV923/951 トッカータとフーガ、ロ短調 チェンバロ用。 923 8. c.1723? Prelude B minor Keyboard 951 8. 1714–1717 Fugue on a theme by Albinoni B minor Keyboard 951a 8. 1714–1717 Fugue on a theme by Albinoni (early version) B minor Keyboard



 「BWV」は、「バッハ作品番号」の略。音楽の種類ごとにまとまって並んでいて、500番台のあたりはパイプオルガンの曲。800-900番台あたりは、キーボード用。バッハの時代のキーボードと言えば、主にチェンバロです。



 

J・S・バッハ、トッカータとフーガ ニ短調 「ドーリア風」BWV538
トン・コープマン/オルガン
ハンブルク・聖ヤコビ主教会,シュニットガー・オルガン(1689-1693年建造)


 


 「ドーリア風」というニックネームが付いているのは、バッハの書いた古い記譜法の楽譜を、後世の人が読みまちがえて、ドーリア音階だと思ったので付いた名だそうです。いまでは、ドーリア音階ではなく、ふつうのドレミファソラシドの音階だとわかっているんですが、ニックネームがあるのは便利なので、そのままになってるとのこと。「トッカータとフーガ ニ短調」ってだけじゃ、565の「チャララ~♪」とおんなじですからね。とにかく、バッハの曲はたくさんあって、ややこしいw

 しかし、有名な、いわばシンフォニックな 565番とは対照的に、最初から最後まで同じメロディーを数限りなく繰り返しているだけなのに、ちっとも飽きさせない、それどころか、どこまでもどこまでもぐんぐんと引っぱってゆくこの力は、いったい何なんでしょうね?‥



 さて、↓次は、「アンナ・マグダレーナのための音楽帖」に載っている「トッカータ」。アンナ・マグダレーナは、バッハの後妻さんだそうで、若いアンナのチェンバロ練習用にと、バッハが書いたノートなんだそうです。

 練習用のノートが、全部新しく作曲した曲で、しかもそれが後世に残る名曲ばかりなんですから、すごいですよねw でも、「音楽帖」の作品は、やっぱり、比較的弾きやすい、かわいらしい小品が多いんですね。ピアノのおけいこで、練習したことがある方もいらっしゃるでしょう。

 チェンバロ用の曲ですが、ピアノの演奏で聴いてみたいと思います:



 

J・S・バッハ、トッカータ ホ短調 (パルティータ6番) BWV830
ウラジミル・アシュケナージ/ピアノ


 


 アシュケナージは、「のだめカンタービレ」の音楽を監修してから、クラシック圏以外でも広く知られるようになりましたが、‥‥どういうわけか、日本の“クラシック通”の人たちは、昔からアシュケナージに評価が高くないんですよね。。。 でも、彼の演奏も指揮も、ギトンは好きですよ。

 誤解をおそれずに言えば、アシュケナージは、分りやすいんですよ。はじめて聞く曲でも、マエストロ・アシュケナージが弾くと、メロディーがすんなり耳に入ってきます。旋律の音符を強く弾けば聞こえるだろうってような‥‥そういう簡単なもんではないんですよ。分りやすいからって、決してイージー・リスニングではありません。音楽の本質を、しっかりとつかまえて、伝えてくれていると思います。

 もともとバロックが好きで、クラシックはあんまり聴いたことがなかったギトンでしたが、マエストロのお陰で、ひととおりの曲には耳が慣れてきました。

 

 

 

 




 


 さて、「トッカータ」とひとくちに言っても、じつにさまざまな曲があります。よく知られたトッカータは、「チャララ~♪」みたいなのですが、そればかりではないんですね。対位法がどうたらこうたら… むずかしい定義はあるようですが、もっぱら耳で聞くファンとしては、楽譜を読んで研究するよりも、まずはいろんなのを聴いてみることにしたいと思います。

 BWVの 910番から 916番までは、「7つのトッカータ」と呼ばれて、チェンバロ用のトッカータが並んでいます。全部聴いている余裕はないので、2曲だけ選んでみます:



 

J・S・バッハ、トッカータ ニ長調 BWV912
グスタフ・レオンハルト/チェンバロ
クリスティアン・ツェル・チェンバロ(1728年製作)
ハンブルク音楽工芸博物館


 


 このチェンバロも古いですね。バッハの時代に作られた古楽器です。博物館に陳列してあるのを、弾いてしまうんですから、演奏者の技術もすばらしいし、それを演奏させる館の考え方も見上げたものです。たいせつに飾って、保存して、徐々に朽ち果てて行かせるだけでは意味がない...

 レオンハルトは、比較的穏当で標準的な演奏だと言われる古楽器奏者ですが‥、それにしても、ユーチューブに出てる動画を集めて比べていくと、どういうわけか、レオンハルトと、↑さきほどのコープマンの2人の演奏ばかりになってしまいました。カール・リヒターとか、ほかの著名奏者のもあったんですが、細部で比較すると、結局この2人になってしまいます。

 まぁ、自分の好みが出てしまうのは、しかたないですね。

 ↓つぎの 916番は、いままでのとはちょっと違うタッチの小品ですが、コープマンの演奏の迫力をお聞きください。こんな小品にも、バッハの魂は宿っているんだなあと、あらためて感銘してしまいます。。。



 

J・S・バッハ、トッカータ ト長調 BWV916 から 1.プレスト
トン・コープマン/チェンバロ


 


 さて、お待ちかね(待ちかねてるのは、おまえだけだろうって?w)。チャララ~♪ のロック・ヴァージョンを聴いてみたいと思います。

 なにせ、曲が有名すぎるんで、ロック・ヴァージョンも、雨後のタケノコのようにわんさと出ております。しかし、どれもこれも(失礼!!)シャチホコばった原曲をさらにシャチホコばらせて、眉間にシワ寄せて弾いてる感じで、ギトンはどーも気にいらないのでありますw

 しかし、↓これは一聴の価値がある! 見れば、視聴回数 283万回と、申し分ない人気ですなあ。。。

 演奏している面々の、肩ひじ張らずに音楽に没入してゆく至福の表情をご覧あれ。



 

J・S・バッハ、トッカータとフーガ ニ短調 BWV565(ロック・ヴァージョン)
シンフォニティ(セゴヴィア,2014年 ライブ)


 


 「シンフォニティ」は、「世界初のエレキギター・シンフォニック・オーケストラ(la primera orquesta sinfónica de guitarras eléctricas del mundo)」と銘打ったスペインのバンド。⇒:【公式HP】

 ただ気になるのは、ホームページの「Novedades」に出てるライブが 2013年と 14年ばかりなこと。いまはもう解散してしまったんでしょうか?... スペイン語が読めないので、詳細はわかりません。



 もひとつ聴いておきましょう↓。クラシック奏者顔負けのヴァイオリン名人、ギャレットのライブから:



 

J・S・バッハ、トッカータとフーガ ニ短調 BWV565(ロック・ヴァージョン)
ダヴィット・ギャレット/ヴァイオリン
ロック・シンフォニーズ・ツアー 2013年,ベルリン


 


 ヴァイオリン+エレキギター+管弦楽という、これ以上はないごちゃ混ぜw しかも、超絶技巧を誇るギャレットのヴァイオリンは、まるでシューマンかチャイコフスキーのコンチェルトのよう。もう、バロックだかクラシックだかロックだか分からない。。。 ほんとに、音楽に垣根はないと納得させてくれる一品です。



 ところで、ヘッセの詩のほうが、どこかへ行ってしまいましたw なので、関連するヘッセ作品をもう一つ↓。くだくだと解説するよりも、これを読んで、ギトンの解釈を感じていただければと思います。




      1944年10月

 これでもかというように雨がたたきつけ
 泣き声を上げて大地に身を投げる
 川がごぼごぼと道にあふれ出し
 氾濫した湖に流れこんでゆく
 さっきまでは鏡のようだったのに。

 いつだったか楽しい日々があり
 幸せな世界のように思われたのは
 みな夢だったのだ。灰色の髪をして
 ぼくらは秋に立ちつくす:戦争を
 身に受け、苦しみ、そして戦争を憎む。

 金ぴかをすっかり剥ぎとられた世界
 笑っていたのはいつだったか
 葉を落とした枝の格子のむこうから
 死のように苦い冬が見つめている
 夜が手をひらいてぼくらを襲う。




 

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