一昨日、昨日とかなり雨降り。

日曜日も雨の予報だったので。

起きたのは9時過ぎ。


外見ると雨は止み。晴れ間も。

10時頃に所々、水が浮いてるグランドで1時間半位、ランニング。

日差しと湿気でシャツは絞れば汗が。雑巾のよう。

今年も暑さを乗り越えられるかなぁ。
パシフィックネイションズ、最終戦。

トンガ代表対日本代表。

来年のラグビーワールドカップニュージーランド大会では同じプールA同士。

立ち上がりからトゥプアイレイ選手が攻め込むがダウンボールが暴れトンガがアタックして先制トライ。

更にニコラスがハイタックルに近いタックル受け、試合開始早々に交代。

小林さん、村上さん曰く。
「今日の日本代表は疲れているのか動きが鈍い」。

しかし、悪いなりにも凌ぐ。スクラム、ラインアウトでは有利に立ち。

凌ぐ。

前半は10対6とトンガ代表リードで終了。

しかし、よくやってる。

後半に入り、ペナルティゴールを互いに決め。ついていく日本。

そしてラックのボールを畠山が持ち込み逆転。

しかし、トンガ代表もゴールラインまで攻め込まれたボールを奪いキック。

ワンバウンドしたボールが追い掛けてきたトンガの選手の方に跳ねてそのままキャッチして逆転トライ。

一本ずつペナルティゴールを決め。

23対19でトンガリードで迎えた後半37分。

ここから日本代表が主導権を握っていたセットプレーの応酬。

モールを押し込みペナルティ取った所でラインアウトからまたモール。

何度となくペナルティをもらい攻め続け。

トンガのフロントローの選手がモールコラプシングでシンビンになった所でスクラム選択。

時間はとっくに越え。切れれば負け。

そんな中でスクラムを押し込み。

またペナルティの連続。

そしてついにスクラムが潰れた所で、トライを阻害したという事で認定トライ。

ゴールも決め26対23で日本代表が劇的な逆転勝利。

パシフィックネイションズで待望の2勝目。

優勝はフィジーですが、サモア対フィジー戦の結果で日本とサモアどちらが2位か決定。

色々な意見はありますが、僕個人としては、常に体調が完全という訳ではないし。

その中で耐え凌ぎ、持てる力の中で勝負できる部分で勝負してトンガ代表に勝てたというのは素晴らしかったと思います。

ラグビー日本代表の皆様、お疲れ様でした。
昼間は仕事で。

プロ野球ニュースで太平洋クラブライオンズの頃のユニフォームを着たライオンズの選手達。

このユニフォームはまだ野球を知らない頃。帽子は見覚えある。

恐らく、野球を初めてしたのは小学二年。
クラスの友達に誘われ。バットの握りは、逆に握ってた。
メンバーの中の友達の一人が左投げでその子のグラブ借りたので左で投げていた。帽子の記憶はその頃のものたろう。

グラブを買って貰って野球に関心持ったのは小学三年。
太平洋クラブライオンズの最終年。
この時のユニフォームは、赤紫っぽい色のユニフォーム。
平和台球場で土井選手が巻き込むようにして打ってカーンという乾いた音が響きレフトスタンドにホームランを打ったのを覚えている。

小学四年の時にクラウンライターライオンズに変わり。

背番号21のシャツを毎日着ていたような。

そして小学五年のシーズン終了してライオンズが福岡を去った。

福岡のニュースでは、西鉄ライオンズの頃からの映像が流れ、「太平洋、クラウンと名前が変わる。その度に俺たちは、戸惑うばかり。返せ、返せライオンズを返せ」と言う歌が流れていた。

身売りは経験しててもライオンズが福岡を去るなんて小学生なので考えてもなくて。

それから埼玉に西武ライオンズが誕生。

でも、福岡で試合してもビジターでしか来てくれないのは寂しかった。

福岡ダイエーホークスが誕生。

初めこそホークスファンとライオンズファンと二分していた観客も。

大半がホークスファンに。

それでも九州はライオンズと思い。

九州でライオンズファンなんてと周りにはかなり言われたが。

ライオンズが九州を去ったのではなくてファンがライオンズを守れなかったのだと思う。

今では考えられないが、観衆50名とかの日もあった。
それでも当時前後期制で上位争いしてた時は観衆はかなり増えかなり盛り上がった。最後は失速したが。

みんなライオンズは福岡にずっといると思っていたんだと思います。

でも、宮崎の南郷キャンプでライオンズのホームのユニフォーム見た時は嬉しかった。

伊東監督の時にオープン戦でしたが、熊本でライオンズがホームチームとして試合してくれた時はとても嬉しかった。

涌井投手がルーキーで先発。ホークスに勝利。

ライオンズこそ九州の盟主なんて一人思った。

昔のユニフォーム姿見るだけでタイムスリップする。
小学三年から今までライオンズとはずっと一緒だった。

パリーグのお荷物球団と言われ弱かった。
でも、憧れのチームで選手達だった。

初めてライオンズのレプリカユニフォームに袖を通した時は。

イチロー選手がメジャーに入団した時のように。

ジャーンと鏡に映る姿を見て。

一般のおじさんも天才打者も憧れの前では同じだというのが面白い。